016 妖精の一撃

 勇ましいというよりは、可憐といった印象だが、戦装束なのは間違いない。

 とはいえ、さすがに剣が大きすぎる。これでは抜くだけでもひと苦労だろう。


「その姿……シアは戦えるのか?」

「シアはハル兄を困らせる……あっきら…せつ? やっつける」


 見た目よりも幼い言葉遣いだが、自分が何を言っているのかは理解しているようで、表情は真剣そのものだ。


「それは頼もしいが、そんな大きな剣、扱えるのか?」

「……?」


 何を言ってるの? ……とでも言いたそうに俺を見つめると、シアは剣の柄を握って無造作に引き抜いた。

 どうやら鞘に細工がされているようで、どんな仕組みか分からないが、鞘の横に切れ込みが現れ、シアでもちゃんと抜けるようになっていた。

 そりゃそうだ。折角の武器も使えなければ意味がない。

 でも驚くべきは、ここからだった。

 小さな身体に不釣り合いな、明らかに重そうで、明らかに取り回しが難しそうな剣を、シアは両手で、時には片手で……全身を使って踊るようにしながら見事に操り、最後は流れるような動きで鞘に収め、優雅に一礼した。


「すごいな……。疑って悪かった、シア」


 褒められて嬉しかったのか、シアはどうだとばかりに胸を張り、ふんすと鼻息を吹く。その姿も、すごく微笑ましい。

 なんてことをやっていると、目の前に本物の妖精……ではなく、風精霊フィーリアが翔んできた。


「なに和んでるのよ! ハルキ、見てたわよ。アンタ、よくそんなもので召喚できたわね。しかもまた人間の女の子って、何をどうやったらそうなるのよ!」

「フィーリア、ちょっと落ち着け。声がでかい」


 まさか見られていたとは思わなかった。ということは……

 振り返ると、やっぱりフェルミンさんの姿もあった。

 家を出る時は爆睡していたようだったが、寝たふりでもしていたのだろうか。

 何も見てないよ……とでも言いたげに、よそ見をしているが、そんなことで誤魔化されたりはしない。


「おー、妖精さん……?」

「妖精さんに似てるけど、この子は風精霊……風の精霊さんだ。フィーリアって名前のすっごくいい精霊さんだから、仲良くしてあげような」

「うん。シア、精霊さんと仲良くする。フィーリア、よろしく」


 なんだか、このままでは収拾がつかなそうだったので、まずはシアに風精霊フィーリアのことを紹介してあげた。

 続いて、風精霊フィーリアへの説明だが……


「それで、フィーリア。言っておくけど、召喚できて驚いてるのは俺も一緒だからな。なんでって言われても、俺にもさっぱり分からない」

「なによそれ。それに召喚するなら、もっと真面目にやりなさいよ。座ったまま、そんなものでって、ふざけているようにしか見えないわよ」

「それなんだけど……、たぶん俺は、真剣にやったら失敗するんだろうな。考えてみたら三人とも、気が緩んだ時に成功した……と思うし」

「そんなの聞いた事がないし、意味が分からないんだけど……」


 ひと際大きな破壊音と悲鳴が上がる。また灰黒猪キングボアが柵に体当たりでもしたのだろう。だが、今までとは様子が違った。

 慌てて物陰から飛び出すと、灰黒猪キングボアと目が合った。

 柵の一部が砕け、その外に立って身震いしていた。


 俺の願いで呼び出されたのなら、シアは俺の戦う力なのだろう。

 だからといって、こんな小さな身体であの巨体に立ち向かえるのだろうか。

 とはいえ、緊急事態だ。


「シア、あの獣、倒せるか?」

「任せて」


 聞くだけ聞いてみたのだが……

 迷うことなく即答すると、シアは勢いよく走り出す。

 速度が乗ってきたところで大きく飛び上がると、身体を縦に回転させながら空中で剣を抜き、迫って来る巨体に怯むことなくその脳天に叩き付けた。

 ものすごい打撃音が響き、灰黒猪キングボアがフラフラと彷徨い歩く。


 ……たった一撃だった。

 軽やかに着地したシアが背中に剣を戻すと、ズズーンと地響きを立てて巨体が倒れた。


 数年に渡って村人たちを苦しめてきた害獣が、こんな一瞬で、こんなにあっさりと大地に倒れ伏した。

 恐らく灰黒猪キングボアは、己の身に何が起こったのか分からなかっただろう。それは村人たちも同じだった。

 放牧場の中は松明で照らし出されていたが、その周りとなると明かりも少ない。それに、実際に目撃した者でも、我が目を疑っているのだろう。

 時が止まったかのような静寂の中、シアがこちらへ戻って来る。


「ハル兄、終わった」

「よし、よくやった。すごいぞ、シア」


 どこか得意げなシアの頭を優しく撫でてやると、すごく幸せそうな表情を浮かべて身体を寄せてきた。

 徐々にざわめきが広がる中、ひとりの男が灰黒猪キングボアに恐る恐る近付いていく。

 みんなに見守られながら、最初はおっかなびっくり突っついていたのだが、途中からは激しくなり、最後はパンパン叩いても動かないのを確認して「我々の勝利だ!」と叫んだ。

 その直後、大歓声が沸き起こった。




 たとえ害獣でも、倒してしまえば村の貴重な食料であり資源だ。

 解体は専門家に任せ、そっとこの場を離れようとしたのだが……

 暗闇に紛れれば気付かれないだろうかと少しだけ期待したのだが、やはり見ていた人がいたようで、すぐにシアの存在がバレてしまった。

 当然のように質問攻めにされたが、話せることなどほとんどない。


「もう一人の妹ですよ。ほんと、やんちゃに育ってしまって、将来が心配ですよ」


 苦し紛れに、こんな事を言ってしまったが、これを「やんちゃ」のひと言で片付けてしまうのはどうかと、自分でも思う。だが、あんま危ないことさせたらダメだぞ……なんて言葉を頂いてしまった。

 灰黒猪キングボアが倒れたのは、飛び込んだ少女の当たり所が悪かったのだろう……ぐらいに思っているのかも知れない。少なくともシアの実力だとは思っていないようだ。


 ようやく解放された時には、空が白み始めていた。

 シアと二人で家に戻ると、サンディーと風精霊フィーリアが出迎えてくれた。

 メイプルは相変わらずなのはいいが、なぜかフェルミンさんも寝ていた。……いや、寝たふりをしているだけかも知れないが、放っておくことにする。

 

「待ってたわよ。じゃあ、とりあえず契約よね。さっさとやっちゃいなさい」

「そうだな……。シア、召喚の印、どこにあるか分かるか?」


 必要とはいえ、俺が身体の隅々まで眺めまわすのは、さすがにどうかと思う。

 自分でどこにあるのか分からないものなのか? ……と思いつつ、シアを手伝うよう、サンディとフィーリアにお願いした。


「あったよ、お兄ちゃん。こんなところに……」


 かろうじて鎧は外さなくてもよかったが、これはまた、何者かの悪意かと疑いたくなるような場所だ。


「シア、今日は本当に助かったよ。俺も強くなれるよう頑張るけど、これからも、その強さでみんなを護ってあげて欲しい」

「うん、任せて。シア、ハル兄もみんなも護る」

「頼りにしてるよ、シア。じゃあ、召喚印を……」


 どうぞとばかりに左のふとももを差し出してくるシアの前で、俺は座り込んで覗き込む。ももの上のほう、付け根付近に顔を寄せると、印に素早く唇を当てた。


「うわ……、これってやっぱり犯罪っぽいわね」


 やっぱりってことは、メイプルやサンディーの時も、そう思っていたのだろう。

 わざわざ風精霊フィーリアに言われるまでもない。そんなことは自分でも分かっている。だから、できるだけ事務的に済ませようと思っていたのに、わざわざ言葉にされたら余計に意識してしまう。

 召喚印の光が収まったのを確認して立ち上がり、お疲れ様の意味を込めて、シアの頭を優しく撫でてあげた。

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