015 もっと俺に戦う力があれば

 どれぐらい眠っていたのだろうか。

 心身ともに睡眠不足を訴えかけてきている。

 いつもならば夜明けまでぐっすり眠っているのに、今日は珍しくまだ暗い時間、それもかなり早い時間に目覚めてしまったようだ。


 その原因には心当たりがあったが、それとは別の要因があるようだった。

 原因は、俺の腕を枕にしているメイプル……ではなく、その向こうで不思議そうにこちらを見つめているサンディーでもない。さらにその向こう、広いベッドの半分ほどを占拠し、豪快に眠っているフェルミンさん……のことだったが、どうも彼女が原因で目覚めたわけではなさそうだ。

 人差し指を立てて口元へと寄せ、声や音を立てないようにとサンディーに合図を出すと、メイプルの頭の下に枕を差し込んで、そっとベッドから降りた。


 目覚めた要因は、外だった。

 できるだけ音を立てないよう、そっと板窓に隙間を作って外の様子を窺う。

 星明りの中、丁度タイミング良く、すぐ近くを狩りにでも出かけるような物々しい格好をした筋骨隆々な男が通りがかったのを見かけ、声をかける。


「マーチンさん、どうしたんですか?」

「キングが出た。ハルキも手伝え」


 元々口数の少ない人だったが、それでも十分に伝わった。

 ここ数年、この地の農民を苦しめ続けている害獣の王、巨大イノシシワイルドボアである灰黒猪キングボアが現れたのだ。


 よそ者の俺としては、こういう時こそ活躍したいところだが、残念ながらここには武器が無かった。

 とはいえ、このまま二度寝を決め込むわけにはいかないだろう。

 そんなことを考えながら、フェルミンさんを見る。

 どういうわけか、村長の家が気に入らないと言って、この家に転がり込んで来ていた。

 どう考えても村長の家の客間のほうが快適なはずだが、本当に何を考えているのか分からない人だ。


「ちょっと行ってくるけど、明日も大変だろうから、俺のことは気にせずしっかり休んでおいてくれ」


 起きてきたサンディーにそう言いつつ、手早く着替えを済ませ、武器になりそうなものを探す。

 使えそうなのはクワぐらいだろうか。ウィル爺さんから譲り受けた物で、もはや相棒のような存在だ。

 すやすやと眠るメイプルの様子をもう一度確認すると、無いよりはマシだろうと、そのクワを担いで家を出た。




 どこをどう迷い込んだのか、それとも村人たちに追い込まれたのか……

 灰黒猪キングボアは、馬の放牧場の中にいた。

 この場所は、もともとは別の用途に使われていたらしく、放牧するには狭いものの強固な柵で囲われていた。

 すでに入り口は閉じられ、これで安心かと思われたのだが、そうではなかった。


 高い柵はそう簡単に飛び越えられないとしても、等間隔に打ち付けられた分厚い板が所々大きく損傷しており、そう長くは持ちそうになかった。

 よく見れば、強引に板の隙間をこじ開けようとした痕や、柵の近くに地面を掘ったような跡もある。

 それにすでに一戦を交えたのだろう。いくつもの矢がそこかしこに刺さり、転がっている。


「ここで仕留めちまわねぇと、また被害が出んぞ!」

「我らの手で、キングを倒すぞ!」


 必勝を期して、腕に覚えのある者たちが、入り口の隙間から中へと入っていく。もちろん俺も、それに続く。

 これを見れば、どれだけ平和な村なのかが分かるだろう。

 もちろん剣や槍を持つ者もいるが、半数以上は、クワや鎌などの農具や、鉈やピッケルなどの土木用品を構えている。


 結果から言えば、散々たるものだった。まさに完敗だ。

 攻撃する時間より、直撃を避けて逃げ惑う時間のほうが圧倒的に多かった。

 それに、俺のクワは早々に先が折れ、ただのこん棒と化していた。

 筋骨隆々のマーチンさんもお手上げのようで、死者を出さないようにしながら、全員で逃げ戻るのが精一杯だった。




 学院では召喚術が専門だったとはいえ、ひと通り武術も学んでいた。だというのに、無様にも何もできなかった。

 それどころか、一生の宝物にしようと思っていたクワまで失った。

 まだみんな頑張っているというのに、離れた物陰でひとりガックリと項垂れる。


 もっと俺に戦う力があればな……と、樽に腰掛けたまま、折れたクワの柄で地面に召喚陣を描いていく。

 まさか……と思った。折れた柄の先で地面をなぞると、杖を使った時と同じような淡い光の線が現れた。

 驚きながらも楽しくなり、そのまま一気に描き上げる。


「いや、まさか……」


 いくらなんでも、これで召喚が成功するはずはないだろう……と思いつつ、かなり適当に聖句を唱える。


「我らに害なす悪鬼羅刹を打ち倒すべく、我が呼びかけに応えよ! 召喚サモン!」


 なんだかんだ思いつつも、少しは期待していたのだろう。

 何も起こらないことに落胆しつつ、満点の星空を見上げる。だが……

 しばらく経ってから召喚陣が光り、小さな影が浮かび上がった。


「えっ?! ……子供?」


 長い空色の髪に茶色の瞳。見るからに子供で、年の頃は十を少し超えたぐらいだろうか。透き通るような白い肌で、妖精にも似た神秘さと愛らしさを備えていた。

 夢でも見ているのかと疑ってしまう光景だったが、またしても相手が何もまとっていないことに気付いて、慌てて目を逸らす。


「あなたがシアのおにい?」

「……そうみたいだよ。俺の名前はハルキ。ハルキ・ウォーレン」

「ハルキ……、ハルキ……」


 名前を何かの呪文のように繰り返す少女。

 ついその姿をまともに見てしまい、慌てて顔ごと逸らす。


「うん、覚えた。シアは、グレイシア。ハル兄を助けにきた」

「助けに? えっと、グレイシア召喚された人間……だよね?」

「も? ん~、シアはハル兄の妹だよ。ハル兄も、シアのことはシアって呼んで欲しい」

「分かったよ、シア。……いろいろ聞きたい事があるけど、その前にその格好をどうにかしないと」


 シアは自分の姿に気付いたようだが、全く気にする様子はない。

 しばらく不思議そうにしていたが、何かに気付いたようで……


「ハル兄、準備するね」


 次の瞬間、シアの身体は鎧に覆われていた。

 無骨な全身金属甲冑などではなく、革と薄衣が主体の軽装鎧で、それもまたどこか妖精っぽい雰囲気を醸し出している。ただ……

 残念ながら、彼女が背負っていたのは羽根ではなく、身長を超える長大な剣だった。

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