014 報告書騒動

 フェルミンさんは、この町に滞在すると決めた。

 弟子となった俺に召喚術を教えるためだ。

 それはとてもありがたいのだが、なんというか……とにかく大変だった。


 まずは村長への挨拶と、滞在許可をもらうところから始めたのだが、フェルミンさんは「こんなのは~、いつものことだから、一人でも大丈夫~」とか言っていたのに、挨拶もそこそこに高価な宝石を渡し、行動の自由を認めさせ、面倒事の全てを押し付けたらしい。

 もちろん村長は、こっそり自分のものにしようって人ではないから、村人に経緯を説明し、換金して村の為につかうと宣言した。

 そんなわけだから、村人たちは、フェルミンさんがどんな奇行に走っても注意できない環境が出来上がってしまった。

 その分、知り合いである俺に抗議……というか、苦情が集まるようになったのだが、話を聞いていて本当に申し訳ない気持ちで一杯になった。


 一番多かったのは、忙しいところに現れて作業の邪魔をされた事だ。秘伝の技を聞き出そうとしたり、勝手に作物を食べられた、なんてものもあった。止水堰を勝手に開いた件はさすがに反省しているようだが、懲りた様子はない。

 これも宮廷召喚術士の仕事だと言われたら、強引にでも止めさせる……なんてこともできない。

 

 今日も朝から「ちょっと聞いてくれ」と、被害者たちに呼び止められた。

 俺だけならともかく、メイプルやサンディーにも苦情が寄せられたようで、朝の作業は何もできず、昼になった頃には、三人ともぐったりとしていた。

 こうなると、感情の矛先は風精霊フィーリアに向けるしかない。


「頼む、フィーリア。フェルミンさんをどうにかしてくれ。このままだと、俺たちまで、この村にいられなくなる」

「あはは……もう少しだけ我慢してあげて。報告書さえできれば落ち着くから」


 巡回の仕事──報告書さえ作ってしまえば残りの時間を自由に過ごせる。その時間を使って俺を召喚術士に育て上げようって話だが……

 その前に村を追い出されたら意味がないし、その後始末も大変だ。

 それを聞いて「まあ、そうなんだけどね……」と風精霊フィーリアも苦笑する。


「なんかもう、ハルキのことで舞い上がっちゃって、早く仕事を終わらせたくて仕方がないって感じよね」

「舞い上がるって……」

「だってマスター、ハルキに悪い事をしたってずっと落ち込んでたからね。でも、アンタは元気そうだし、召喚術も捨てたわけじゃなかったし……」


 もし元気に見えるのなら、それはこの村の人たちと、妹たちのおかげだろう。それに……


「退学は俺の自業自得だから、フェルミンさんのせいじゃないよ」

「まっ、悪いのは学院なんだけどね。……でもやっぱりホッとしたんでしょ。それに嬉しかったんだと思う。嫌われてたらどうしようって思ってたのに、全然そんなことがなくて、しかも弟子になって召喚術士になるって言ってもらえたんだから」

「まあ、それもこっちの都合だけどね」

「いいのよ、それで。……まっでも召喚術士なら、人間の召喚体に出会ったら、マスターじゃなくても舞い上がるわよね」

「あはは……」


 最後のひと言で、いい話が台無しになってしまった。だが……

 これはたぶん、互いに相手を意識し過ぎて、変によそよそしくならないようにという、風精霊フィーリアなりの気遣いなのだろう……ということにしておく。


 これでハッキリと分かったことがある。

 それは、風精霊フィーリアに頼んでも、フェルミンさんは止まらないってことだ。

 畑作業など、絶対に必要なこと以外の手を止めて、三人……いや、風精霊フィーリアを入れて四人で、しばらく全力でフェルミンさんの事後処理をすることに決めた。




 苦情を聞いている間に、フェルミンさんの姿を見失ってしまった。


 物は試しにと、自分の内面──精神世界アストラルに感じるメイプルに向かって、合流しようと呼びかける。

 何となく、了解の意志を感じて、しばらくその場で待つ。

 上達すれば心の中で会話ができるようになるらしいが、俺がその域に達するのはまだまだ先のようだ。ちなみにメイプルとサンディーは、簡単なやりとりなら仮契約の時から出来ていたらしい。


「お待たせしました、ハルキお兄さま」

「ごめん、メイプル。いきなり呼び出して……」

「いいのですよ、お兄さま。上達すれば会話ができたり、互いの状態が分かったりするようになるのですから、もっとどんどん使っていきましょう」

「そうだね。えっと、それで……なんだけど、フェルミンさんを見失ったから、一緒に探してもらえるかな?」

「もちろん、お手伝いしますよ。途中で騒ぎを見かけたので、まずはそちらへ行ってみましょう」


 その騒ぎにフェルミンさんは関係がなかった。

 だけど、村人たちにとっては無視できないことだった。

 最近、イノシシワイルドボアの群れが話題に上っていたが、とうとうその親玉ともいうべき存在が目撃されたらしい。

 その体色から灰黒ハイクロと名付けられた巨大イノシシワイルドボアで、今ではキングボアと呼ばれて非常に恐れられている。

 村にまでやってくるかは分からないが、注意するに越したことはない。


 その後すぐ、無事にフェルミンさんは見つかった。

 どこで手に入れたのか、ミカンを食べながら休憩していた。

 そこで早速、灰黒猪キングボアを退治するよう頼んでみたのだが、これは村のみんなで解決する問題だから手伝えないと断られた。

 その様子も含めて報告しなければならないらしい。


 もしここで格好良く、フェルミンさんが灰黒猪キングボアを倒したら、村人たちの不満が一気に解消されると思ったのだが……。それに、昔に憧れたあの姿を、もう一度見れるかもと期待したのだが、すごく残念だ。

 本気で危なくなったら、助けてくれるらしいが、その本気は『村が壊滅するぐらいの危機』のことを指すので、たぶんフェルミンさんの出番はなさそうだ。


 その後も振り回されっぱなしのまま数日が過ぎたが、何とか最悪の事態を迎える前に、フェルミンさんの報告書が完成した。

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