013 契約の儀式

 徹底的に見て触り、調べまくったフェルミンさんは、満足した様子で大きく息を吐き出すと椅子に座り直した。

 野菜煮汁ベジスープのおかわりを頼もうと思ったが、サンディーもメイプルもムシロの上でくずおれていた。

 仕方なく自分で手鍋をかまどの火にかけ、程よく温まったところで、自分とフェルミンさんの分を木製カップに注ぎ込む。

 ここではお茶は高価なだけに、クズ野菜を煮出して塩や調味料で味を調えた野菜煮汁ベジスープが、その代わりになっている。


 驚いた~……と呟くフェルミンさんに、心の中で「こっちが、驚いたよ」とツッコミを入れる。


「フェルミンさん、それで何か分かりましたか?」

「ん~、そうだねぇ……。二人とも、どう見ても人間なんだけど……、でもちゃんと召喚の印があるのよね」

「召喚の印……ですか?」

「あれ? ハルキ知らない? アナタにも同じアザのような印があるはずだよ?」


 そう言うと、今度は俺の服を脱がしにかかる。

 それを何とか押し留め、自分で服をまくり上げた。


「アザだったら、これのことかな……」


 つい最近だが、色が薄くてあまり目立たないものの、胸の所に不思議なアザがあることに気付いた。

 親指の爪ほどの小さなものだが、何となく稲だが麦だかの実った姿に見えて、少し気になっていた。

 以前は間違いなく無かったし、つい最近……たぶん、メイプルを召喚した後だと思うので、時期は合う。


「あっ、そうそう、それそれ~。実った稲穂、豊穣の印だね~。ほらほら、二人にもちゃんと……」

「フェルミンさん?」


 何をする気だと思ったら、再び二人の服をはだけさせる。

 二人が悲鳴を上げる中、ほら、これこれ……と無邪気にフェルミンさんが指し示す。


 ……たしかに、分かり難かったが、同じようなアザがあった。

 サンディーは右胸の下、膨らみに隠れるような場所に、メイプルはお尻の上、尾てい骨のある辺りだった。


「でもハルキは、どうして契約を完了させてないの?」

「えっ? 契約の……完了?」

「そうだよ~。召喚したら、ちゃんとキスをして契約しなきゃダメだよ?」

「ちょっ、いま、なんて……? キス?」

「あら~、そんな事も教わってないの? これも学院の怠慢かな? それか……ハルキってあんまり授業を聞いてなかったりする?」

「授業は真剣に受けていた……つもりですけど……」


 じゃあ、学院の怠慢だね……っと、フェルミンさんは結論付け、いいから早く契約しちゃいなさいと迫って来る。


「まあでも、もしハルキが、どうしても気に入らないなら、契約しないで還すこともできるけど? そうする?」


 そんなこと……って、還す? ……還すこともできるのか?

 たぶん……だが、学院側は召喚の試しに合格した者だけに、その先に知識を与えているのだろう。だから、それに失敗した俺は……

 なんてことを考えていたら、二人が不安そうにこっちを見ていた。


「そ、そんな。絶対に還しませんよ!」

「だったら早く、キスをしちゃって~」


 なんだ、この状況は……

 お願いしますとばかりに前に並び、恥ずかしそうにキスを待つ妹たち。

 それを好奇の眼差しで見つめる、地味っ娘魔女姿の宮廷召喚術士と風精霊。

 非常にやり辛い……が、早く終わらせないと、互いに辛い。

 素早くメイプルのおでことサンディの頬に唇を当て、よし終わったと大きくを息を吐く。だが……

 なぜかフェルミンさんが、キャッと小さく悲鳴を上げ、手で顔を覆うようにして頬を赤く染めている。


 いや、あなたがやれって言ったんでしょ……と呆れたが、そうではなかった。


「え~っと、ごめんなさい。説明が足りなかったね……。契約は、ちゃんと聖句を唱えて、印にキスをしないとダメだよぉ?」


 そこまで言われて、そういえば学院でも、そういう儀式があったなと今さらながら思い出す。もっとも、俺は見ているだけだったが……

 だったらと、記憶を頼りに聖句を唱え始める。


「我が呼びかけに応え現れし存在よ、召喚術士ハルキ・ウォーレンが、契約の証を授け……」

「あー、ダメダメ。何その堅っ苦しい言葉は」


 呆れた様子で風精霊フィーリアに止められた。

 自分でも堅苦しいとは思うが、聖句ってこんなものだろうとも思う。


「学院の儀式って、こんな感じだったんだけど?」

「あのね、契約って二人にとって大切なことなのよ? なのに、誰かが考えた決まり文句って寂しいでしょ。こういうものは、ちゃんと自分の言葉で伝えなきゃ。そうね……」


 たぶん、真剣に考えてくれているのだろう。

 こちらが何も知らないと思って、デタラメを教えて面白がってたりするわけではない……と信じたい。

 信じたいが……


「それって、本当?」

「もちろん! 絆の強さに関わるんだから、しっかりやりなさいよ。それとも何? まだ不満なの? だったらもっとスゴイ方法を教えてあげましょうか?」

「わ……わかったわかった。やればいいんだろ?」


 観念した俺は、メイプルの前に進むと彼女の手を取ってひざまずき、顔を見上げる。


「メイプル。不甲斐ない俺の為にわざわざ来てくれてありがとう。いろいろと迷惑をかけると思うが、俺……いや、この兄の為に力を貸してくれるか?」

「は、はいっ、ハルキお兄さま。メイプルは全力でお兄さまのお役に立ってみせます!」

「ありがとう、メイプル。それじゃ、召喚の印をこちらに向けて……」


 心を殺せ。無心だ。無心になるんだ……と、近付くメイプルのお尻を見つめながら、自分に言い聞かせる。

 そっとズボンをずらし、見えた召喚印に近付き、軽く唇で触れる。


 その瞬間、何か体の中に温かいモノ……いや、心の中にだろうか。ともかく、何か凄い力が流れ込んでくるように感じた。

 時間にしたら一瞬なのかもしれないが、それが収まってもまだ身体の中に温かいものが残っている。

 気付けば目の前の召喚印が、白い光を放って輝いていたが、それも徐々に収まっていき、アザの形がくっきりと見えるようになった。


「これで、終わったのか?」

「お疲れ。まず一人目ね……って、ハルキ。アンタいつまで女の子のお尻を眺めてるのよ……」


 いや、そんなわけでは……と、慌ててメイプルのズボンを戻してやり、立ち上がる。

 なんだか、メイプルから、ほんの微かな羞恥と大きな喜びが流れてくるように感じられる。


「これで正式に精神経路(アストラルパス)が繋がったわ。でもその説明は後ね。随分と待ちわびているようだし、早くもう一人も終わらせてあげて」


 こういうものだと分かってしまえば簡単だった。

 風精霊フィーリアから受けた助言アドバイスは、相手の事を思い、誠心誠意を尽くしてお願いすること。相手がその気になればなるほど、絆は強く結ばれる……というものだった。

 それを胸に秘め、サンディーの前に立ち、彼女の目を正面から見つめる。


「サンディー。あの時、来てくれなかったら、大騒ぎになってたと思う。またいつ倒れるか分からない頼りない兄だけど、そうならないように、これからも頼らせてもらっていいか?」

「任せて! お兄ちゃんが全力を出せるように、私が面倒を見てあげるね!」

「頼んだよ、サンディー」


 片ヒザをついて、自分で服をまくり上げたサンディーの胸に顔を寄せる。

 よりによって、なんでこんな場所に……と思わないでもないが、無心になる事を心掛け、胸が持ち上げられて露わになった、少し汗で湿った召喚印に唇を当てる。


 再び、身体の中に温かいモノ──サンディーの存在が流れ込んでくる。

 召喚印の輝きが収まったのを確認してから、立ち上がる。


 意識をすれば、俺の中に二人の存在があるのを感じられるし、何となくだが二人の感情も分かるような気がする。


「おめでと~、ハルキ。これであなたも立派なご主人様よ」


 ご主人様と呼ばれるのはかなり抵抗があるが、フェルミンさんの祝福を受け「ありがとうございました」と、深々と頭を下げた。

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