007 買い物とは?
壁の隙間から差し込む光を感じ、薄っすらと目を開ける。
よくこんな状況で……と自分でも思うが、ぐっすりと眠れたようだ。
さすがにこのベッドで三人は窮屈だったが、とりあえず何とかなった。
メイプルは相変わらず俺の腕を枕にしていたので、俺が使っていた枕とそっと入れ替える。
痺れが収まるまで今日の作業について考えよう……と思ったのだが、その前に……
寝ぼけて手のひらに柔らかい感触が……なんて過ちは起こさないが、「なんて格好をしてるんだ?」と心の中で呟き、薄手の頼りない毛布をサンディーの身体に掛けてやる。
窮屈なのは分かるが、服の前を全開にされたら目に薬……いや、目に毒だ。
昨夜は仕方なく俺の服を着てもらったが、今日にでも仕立て屋に行くとしよう。
早朝に畑仕事を終わらせて仕立て屋に行き、寸法合わせをしてもらっている間に陶器小屋に行って……いや、小物や食器も必要か。
それに、枕もだが、寝る場所もどうにかする必要があるだろう。さすがに、ずっとこのままというわけにはいかない。
なんだか、忙しい一日になりそうだ。
サンディーに買い物を任せてもいいが、まだこの村の事が分かってないだろうし、さすがに一人で行かせるのは可哀想だ。
ようやく手の痺れが抜けてきたので起きよう……と思ったら、サンディーが身じろぎをして目を覚ました。
「お兄ちゃん、おはよう。すぐに朝食の準備をするから、お兄ちゃんはもう少しゆっくりしてていいよ」
そう言って起き上がると、服装を正しながら炊事場のほうへと歩いて行った。
そう言われても、のんびりしてはいられない。
起き上がって手早く着替え、火熾ししているサンディーの後ろを通り、裏口から外へ出る。
どれだけ必要になるのか分からないけど、三人になったことだし、小屋から薪を多めに運び込み、水も多めに汲んでおく。
「ありがとう、お兄ちゃん。それで私、これから何をすればいいのかな?」
「その事なんだけど、サンディーは何が得意? 料理はお願いしたいなって思ってるけど、他に何かやりたいこととかあったら教えてくれるかな」
「得意? 針仕事とか編み物かな。家事はひと通りできると思う。それに、こう見えて結構チカラがあるから、水汲みでも薪割りでも、言ってもらえたら何でもするよ?」
「それじゃ……まずは家の事をしてもらって様子を見てみようか。困ったことがあったり苦手なことがあったら、その時に何か考えるってことで」
「うん、分かった。私、がんばるね」
「あー、うん。でも無理をする必要はないからな。何かあったら、俺やメイプルを頼るといいよ」
まだ会ったばかりなので勝手な印象なのだが、サンディーは真面目で頑張り屋さんな印象がする。だから、あまり気負い過ぎないように、気を付けてやったほうが良さそうだ。
「あっ、そうだ。今日はサンディーの服や食器を買いに行くから」
「えっ? いいの?」
「もちろん。ないと不便だろ? あーでも、畑の様子を見てからだから……」
朝食の匂いに釣られて起きてきたメイプルも含め、改めて相談をする。
「買い物でしたら、私もついていきますよ。任せて下さい。お兄さまのお役に立って見せますから」
そんなわけで、メイプルも同行することになった。
マーリーさんの所へ行ったら間違いなく質問攻めにされるだろう。だから、今のうちに口裏合わせをしておいたほうが良さそうだ。
実家のことはワケがあって話せないが、たくさんの兄弟がいて、かなり自由にさせてもらっていた。
だけど、ワガママを貫いて学院に入った挙句、退学になった俺は家から勘当され、それを兄弟たちが心配していた。
メイプルは俺の四つ下──十四歳の妹で、すごく頭のいい子だけに、どこかで俺の噂を聞きつけ、居所を突き止めたんだろう。
サンディーは俺の二つ下──十六歳の妹で、俺が倒れたとメイプルから聞いて、心配になってやってきた。
……ということにする。
所々に辛い真実が混ざっているが、それだけに信憑性も増すだろう。
そりゃまあ驚くだろうし、興味津々になるのも仕方がない。
師匠のウィル爺さんと仕立て屋のマーリーさんに、予想通り質問攻めにされてしまったが、あの内容に沿った説明をして、なんとか納得してもらった。
マーリーさんに「ハルキ、本当に妹さんたちに愛されてるのね」なんて事を言われたが、否定するのも変なので、曖昧な笑顔を浮かべながら「こんな俺には勿体ない、よくできた妹たちで……ホント助かるよ」と言っておいた。
メイプルもいるのならと買い物は二人に任せ、俺は陶器小屋で窯出しをする。
メイプルの言う通りに動いただけなので俺の手柄ではないのだが、それでも崩れたりヒビが入ったりしたものが四つだけというのは、凄い事だと思う。
ちなみに、最初に成型した七つのコップは無事だった。
あとは、これに薬を塗ってもう一度焼くらしいが、それはまた後日になる。
それらを棚に並べていき、後片付けを済ませると、再び仕立て屋へと向かう。
思ったよりも遅くなってしまったが、遅すぎるということはないだろう。
昼食の時間に家へと戻ったのだが、入れ違いになったのか、新しい食器と一緒に、出来上った料理と書き置きが置いてあった。そこにも、少し時間が掛かるような事が書かれていた。
なので、慌てずのんびりと向かった。
店に入ると、マーリーさんは満面の笑顔で迎えてくれた。
それだけではない。
服装がいつもと違って、すごく華やかになっていた。
「マーリーさん、なんだかお洒落だけど、どうしたの?」
「ハルキ、お願いがあるんだけど……。妹さんを私に頂戴っ!」
「えっ? ……ちょっと、いきなり、なに?」
聞かなくても何となく分かったが、マーリーさんの服を改変したのは二人の仕業だった。メイプルが考案し、サンディーが実行したらしい。
布で作った花の種類も増えているし、野菜や動物を模した手のひらサイズのぬいぐるみも並んでいる。
そういえば店内の内装も、なんとなく可愛さが増しているように思える。
そこへ、奥の部屋から二人が出てきた。……ぬいぐるみを抱えて。
「ハルキお兄さま、迎えに来て下さったのですね」
「あっ、お兄ちゃん! どう? この服、似合ってるかな?」
メイプルの時に改変したデザインに、フライパンとフライ返しの刺繍やリボンが加わっていた。
とはいえ、決して飾り立て過ぎず、ちょっとしたワンポイントを足した程度なのだが、それでも雰囲気が変わって見える。
メイプルの服には本の刺繍とリボンが加わっていた。サンディーが黄色で、メイプルが緑色だ。
元が同じデザインの服だけに……サイズが違うので間違う事はないだろうが、それでもこうしておけば分かり易い。
「うん、それなら苦しくなさそうだし、凄く似合ってるよ。メイプルの刺繍も」
「お兄ちゃんの服にも、よかったら刺繍入れてあげよっか?」
この流れだと、俺の服にはクワや野菜が刺繍されそうだ。さすがにそれで出歩く勇気はないので、丁重に辞退させて頂く。
全ての用事が終わったらしいので、服の入った包みを受け取って店を出る。
マーリーさんも一緒に店を出て、名残惜しそうに「絶対にまた来てね」と念押しをして見送ってくれた。
針仕事ができるとはサンディー自身から聞いていたが、どうやら彼女も相当に気に入られたようだ。
「お兄さま、預かっていた財布をお返ししますね」
……?!
受け取った財布がやけに重い。なんなら、渡した時よりも重いような気がする。
慌てて中身を確かめる。
「やっぱり、増えてるよな……?」
「刺繍の仕方を教えたお礼と、さっきの花とぬいぐるみの代金ですよ。お店で売るらしいです」
「そ…そうか……」
なんで買い物をしにきて、お金が増えるんだ?!
そう心の中で絶叫しつつ、今朝、メイプルが言っていた「お役に立つ」って、こういう意味だったのかと苦笑した。
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