008 お皿の表情
物音に気付いて目が覚める。
サンディーが料理をしているのだろう。
板窓が開いており、光と一緒に朝の新鮮な空気が流れ込んでくる。
もう、壁の隙間から射す光はない。
その光で目が覚めるから……だとか、空気の通り道だから……だとか、無理矢理良い所を見つけ出し、欠点から目を逸らし続ける日々は、もう過去の話だ。
ベッドも広くなった。
これなら三人どころか四、五人乗っても平気だろう。
それでも部屋が狭くなったという実感はない。
代わりに、ほとんど何も入っていなかった大きな棚が無くなったからだろう。そのついでに家具の配置も見直され、空間の無駄が無くなったのも大きい。
棚は解体され、壁の穴を塞いだり、ベッドを拡張したりなど、様々なものに再利用された。
これはもちろん、メイプルとサンディーの仕業……いや、お陰だ。
サンディーは大工仕事もできるようで、どこかから道具を借りてきたと思ったら、なんだか色々と家を改造し始めた。
家の事は任せた……と言った手前、不安に思いつつも見守るしかなかったが、仕方がないと諦めていたことが日に日に解決していくのは、驚きであり、楽しくもあった。
あのボロ家が、気付けば普通の家になっていた。それでいて、快適で使いやすくなり、くつろげる空間になったような気がする。
ベッドが広くなっても、メイプルは俺の腕を枕にするのを止める気は無いようだ。そっと頭の下から腕を抜いて
畑は順調だった。
鳥よけの覆いも効果があるようで、その確認と、雑草の駆除、土の状態の確認、あまりに乾いているようなら水を撒くことも必要だが手間はほとんどかからない。
陶器のほうは、お皿作りに挑戦している。
中央が膨らんだ板に、丸く伸ばした円盤状の粘土を乗せ、高台を取り付ける。少しでも失敗するとなかなか修正が難しく、また最初から作り直しとなるが、ろくろを使わない分ひとりでも作業ができる。
いつかは楕円や四角の皿も作れたら……と思ったりもするが、これは煉瓦を作る予行練習のようなものだけに、今後も続けるかどうかは分からない。
そろそろ数も揃って来るので、それがある程度乾いたら、またあの地獄の薪投入が始まるだろう。
次はサンディーもいるし、ぶっ倒れるようなことはない……と思いたい。
徐々に食欲をそそるいい匂いが漂ってきた。そろそろ朝食が出来上がる頃だろうか。
メイプルを起こさないようにそっとベッドから降り、少し遅くなったが薪と水の補充を行うことにした。
陶器小屋は、メイプルの実験場にもなっていた。
焼くのに失敗した破片を使って何やらやっているが、詳しくは分からない。
それを横目に見ながら、俺は皿作りの続きをしていた。
出来上がったお皿を乾燥させるため、小屋の窓や入り口を全開にしている。
吹き抜ける風が、少し生ぬるい……
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「うゎお?」
思わぬ方向から突然話しかけられ、皿になる予定だった物が大きく歪む。
とはいえ、このような事には慣れているので、素早く土台から剥がして他の粘土に混ぜ込む。
「ここに来るなんて珍しいな、サンディー、どうした?」
買い物のついでに寄ったのだろう。手に持つ籠からパンが頭を出している。
何か困り事かと思ったのだが、そういうわけではなさそうだ。
作業の邪魔をして申し訳ないといった様子で「いきなり来て、ごめんね」と謝ってはいるが、別にサンディーなら自由に来てもらっても構わないと思っている。
そう伝えると、少しほっとした様子で、話し始めた。
「買い物の途中でちょっと聞いたんだけど、ついさっき……って、ちょっと前か。村の近くで
「そっか……わざわざありがとう。でも、この時期に出てくるって珍しいな。もっと寒くなってからなら分かるんだけど……」
「そっか。じゃあ、村の中までは入ってこないのかもね」
「そうだといいんだけど……襲われないように気を付けないとね」
用事はそれだけだからと帰ろうとするサンディーを、せっかくここまで来たんだからと引き止める。
「そうだ。サンディーも、やってみる?」
「えっ? 私が?」
「もしもの時、手伝ってもらえたら嬉しいし、サンディーなら手先が器用だからできるって思うんだけど。あーそれに、失敗しても何度でもやり直せるから、遊びのつもりで、何を作ってもいいよ」
ろくろを使ってもいいし、お皿の台座ならまだいくつも残っている。
それこそ、食器じゃなくて置物とかでも構わない。
「じゃあ、ちょっとだけ……」
少しは興味があったのだろう。
俺の真似をしてお皿を作ってみるようだ。
できるだけ手順が分かり易いように、ゆっくりと作業を進めていく……
これで分かった事だが、サンディーは取り立てて器用というわけではなさそうだった。……いや、これでは誤解が生まれるかも知れない。
詳しく言えば、正確さはそれほどでもないが、修正力が高い……と言えばいいのだろうか。ひとつひとつの作業は正確ではないのだが、仕上がってみれば整っているように見え、立派なお皿になっていた。
恐らく……だが、十枚作れば十枚とも違った形になるものの、全て素敵なお皿になるだろう……と思う。そういう類の器用さを持っていた。
「一回で成功するなんて、すごいな」
「これ……楽しいかも。お兄ちゃん、もうちょっと作ってもいい?」
「ああ、もちろん。そのほうが俺も助かるよ」
この後、サンディーはお皿ばかり十二枚作り上げ、俺よりも早く作れるようになっていた。
形は俺のほうが整っている……と、思うのだが、それが無愛想に思えるほど、彼女が作ったお皿は表情が豊かなように思えた。
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