006 疲労の末に
「お疲れ様です。お兄さま。あとは自然と温度が下がるのを待つだけです」
「メイプルもお疲れ。じゃあ、ちょっと畑のほうを見てから帰るよ」
「はい。ですけど、あまり無理をなさらないで下さいね」
「少し見てくるだけ。それが終わったらゆっくり休ませてもらうよ」
小さな窯とはいえ、中には五十個ほどの作品が焼かれている。
本当にちゃんと作れるのかを試すだけのつもりだったのだが、一つ焼くのも、窯一杯に詰めて焼くのも手間はあまり変わらない……と言われたので、どうせなら出来るだけ多く作ろうと頑張った。
まあ、それも大変だったのだが、今日の薪入れは本当に疲れた。
畑のほうは四面に分け、そのうち二面に
休ませている畑以外から雑草を取り除き、水を撒き、苗の様子を見るのが日課になっている。
以前は何が成功するのか分からなかったので、できるだけ多くの種類を植えていたのだが、今回は二種類だけなので、お陰で考えることが減って随分と楽になった。
すぐに日が傾き始め、家へと帰ることにしたのだが……
「……やばっ」
さすがに無理をし過ぎたか、なんだか目眩がする。
それでも何とかボロ家に戻り、夕食の準備をしようと思ったものの、立っているのも辛くなって、椅子に座って少し休むことにした。
そんな状態でも召喚陣は描けるようで……
「我が手足の代わりとなりて、家事・雑用の一切を担うべく、我が呼びかけに応えよ……
たしか、この様な聖句を唱えた気がするのだが、記憶はここで途絶えていた。
…………ヤバイ、どうやら意識が飛んでいたようだ。
いつもの天井が見え、ベッドで寝ていたのだと分かった。
だが、作業着姿のままだ。
ベッドに倒れ込んで力尽きたのかと思ったが、夕食を作らないと……と思っていたことは覚えていた。
時間は……分からないが、部屋のランタンに明かりが入っている。
メイプルだろう。それならお腹を空かせて待っているのでは? ……と心配になったのだが、さっきから何やらいい匂いが漂ってきていることに気付く。
まだ身体は怠かったが、ゆっくりと起き上がり、炊事場に向かう。……といっても、すぐそこだ。
「悪い、メイプル。待ちきれなくて、自分で作ってるのか?」
大きく欠伸をし、目に浮かんだ涙を拭って……そして、目の前の光景に思考が止まった。
最初に目に飛び込んできたのは見事なお尻だった。それだけではない。背中も大胆に開いていて、極端に布地が少なく………
布地というか、それはエプロンだった。
メイプルのために用意したのだが、今のところ一度も使われたことがなかった。
それを何故か、見知らぬ女性が身に着けていた。……エプロンだけを。
「あっ、お兄ちゃん、起きた? すっごく疲れてたみたいだから、ベッドで寝かせてあげたけど、少しは休めた?」
「ああ、キミが……ありがとう。…………で、キミはだれ?」
年の頃は俺と同じか少し下だろうか。金髪を白い布──たぶん、その辺にあった布巾だと思う──で包み、青色っぽい瞳で優し気に見つめてくる。
身にまとっているのはエプロンだけで、こぼれ落ちそうな胸が揺れていた。
「……ってか、なんで人の家で、そんな姿を?!」
そう尋ねると、意識が途切れる前の記憶が、徐々に蘇ってきた。
それに、お兄ちゃんと呼ばれた時から、そんな予感がしていた。
「まさか、召喚を……?」
「うん、そうだよ。お兄ちゃんってば、私を呼んでおいてすぐに寝ちゃったから、すっごくビックリしたんだよ?」
メイプルを召喚した後、俺にも召喚できるようになったのかと何度が試したのだが、学院にいた頃と変わらず全く発動しなかった。
だから、あんな奇跡は二度と起こらないものだと諦めていたのだが……
普段は全く成功しないのに、あんなに消耗した状態で成功するとは思わなかった。そもそも、ちゃんと召喚術が使えていたことに驚いた。
「お兄ちゃんの家事や雑用のお手伝いをするために来たアレキサンドライトよ。ちょっと長いから、サンディーって呼んでね」
「ああ、俺はハルキ・ウォーレンだ。これからよろしくな。サンディー」
嬉しそうにニッコリ微笑んだサンディーは、料理中なのを思い出して、鍋に向かう。そうなると、自然とこちらに背中を向けるようになり……
背後でバタンと扉の開く音が聞こえた。
「ただいま戻りました。すみません、お兄さま、少し遅くなりました。……!!」
メイプルが、こちらを見て驚いている。
目を大きく見開いて、何かを言いたそうに口をパクパクさせ……猛然とこちらへと近付いてきた。
「いや、違う! 彼女は……」
家に帰ったら、兄が見知らぬ女性を連れ込んでいたとなれば、気分がいいわけがない。しかも、半裸で料理をしているのだ。何事かと問い詰めたくもなるだろう。
だがメイプルは、そのまま俺の横を通り過ぎ……
「ちょっとサンディーさん。なんて格好をしてるんですか?!」
メイプルの矛先は、直接彼女へと向かった。
メイプルには、サンディーが俺の召喚体だと分かっているらしい。
そういえば、そのような事を学院で教わった気がする。
それならばと、後は二人に任せて、再びベッドで横になる。
料理がひと通り終わった後、メイプルが自分の服を貸そうとしたのだが、当然ながら全くサイズが合わず、着る事すらできなかった。
仕方なく俺の服を貸してやったが、かなり胸が苦しそうだ。
「食材とか勝手に使っちゃったけど、いいよね? ちゃんと美味しくできたと思うから許してね」
「好きに使ってくれていいよ。俺たちの現状はメイプルから聞いてくれ。家計がどれだけ苦しいのかも、な」
ちなみに、サンディーの料理は、驚くほど美味かった。
俺もそれなりに自信はあったが、焦げや多少皮が残っているのも隠し味のうちだと思っていた自分が恥ずかしくなる。
彼女の料理はそんな次元ではなかった。
できればこれからも、彼女に料理を作ってもらいたいと、真剣に思った。
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