砂の中の金

 パパは不思議な人だった。砂に落ちた磁石が砂鉄を引き寄せるように人を惹きつけて、いつの間にかパパの周りに人が集まっている。

 馬鹿みたいに明るいかと思えば、反抗期の子供みたいに偏屈で、寛容なようで支配的。王様のようにその場の空気を支配した次の瞬間には、下僕のように卑屈にもなる。その危ういアンバランスさに誰も彼もが魅了され、子供時代を過ごした家には常にたくさんの人があふれていた。


 パパが色んなお店を経営していたこともあって、我が家にはたくさんの人が出入りした。夜ごと集まる大人たちは、小さなあたしを代わる代わる膝に乗せ、美人なママにそっくりだとか、将来美人になるだとか、寄ってたかってあたしを褒めて甘やかした。

 宗教や哲学、政治、芸術、ちょっと子供にはどうかと思う艶っぽい話。芸術家や政治家の卵、商売人の跡取りなどが、お酒や珈琲を飲みながらありとあらゆる議論を交わし、夢を語り合っていた。くだらない世間話に明け暮れ、ただ飲んで騒ぐ夜もある。夜も更けると、あたしは半分夢の中でそれを聞きながら、ママの膝で眠るのが日課だった。


 そんなある日、パパが連れて来たスオウさんと出会った。しばらく我が家に滞在することになったスオウさんは、捻くれたことばかり言う痩せた青年だった。裕福な家で育ったけど、家を飛び出して売れない絵を描いていた彼は、バーで偶然知り合ったパパに誘われるままうちに転がり込んできた。

 今までそういう人は何人かいたけど、あたしは一目で彼を気に入って、ずっと後をついて回った。だってすごく綺麗な目をしていたし、あたしの好きな絵本に出て来る素敵で皮肉な狂った帽子屋みたいに見えた。

 最初のうちは戸惑って素っ気ない素振りのスオウさんは、その実あたしを邪険に扱うことはなかった。恩人の娘を邪険に出来ないのもあったのかもしれないけどさ。


 離れの一室を与えられた彼はそこで絵を描いた。時々ぶらりと出かけては、甘い香りをまとって帰ってくることもあった。あたしはアトリエ兼居室に入り浸り、勝手気ままに振舞っていた。パパもママもあたしに甘かったから、やんわり注意されることはあっても出入りを禁止されることはなかった。

 

 絵のモデルを頼まれるようになったのは少し経ってから。普段何にも興味がないような顔をしているのに、対象物としてあたしを見る目にゾクゾクした。

 彼の目があたしの輪郭を辿り、体の奥まで見透かすような視線で、自分でも気づかなかった深淵を覗き込む。服を着ているのに丸裸にされるような、幼いあたしでも無感覚ではいられないような冷徹で熱い眼差し。

 ポーズの指示をされる時以外は、彼から体に触れたことは一度もなかった。あたしは彼が望むままの姿勢を取りながら、ただの”もの”でもいいと思った。

 むしろ”もの”であることが誇らしい気がした。熱量のない目で女性を抱くであろう彼が、絵としてあたしを見る時だけはその瞳を暗く光らせる。優越と背徳に酔いしれる瞬間がこの上もなくあたしの内側を濡らす。


 黒い瞳。あたしの深淵。アリスのように深い穴に落ちて、今も出られない。でも堕ちた先に彼がいるなら、それでいいと思う。

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