第六話

「...」


やっぱり、消えているようには見えるよな。


「あの、お弁当。もう食べられないのかな」


握り締める手にある、赤い手袋。それを身に付けた、世界でたった一人の...アオが、屋上にやって来た。


「今日はきれいな夜空だね。なに見てたの?」


「星だよ。羊さんの居たっていう、オレンジ色の」


「...でも、羊さんは」


「うん。でも、俺さ。助けてもらったじゃん」


「うん。たしかにそうだけど。神様は、君はまだ『家がなくなった訳じゃないから助かる』って、そう言ってた。だから、もう家がない羊さんは」


「...そうかも、知れないけど。なんとなく、何となくの話なんだけどさ。俺、まだ生きてる気がするんだ。今助けないと、後悔することになりそうで」


「そっか。じゃ、行こう」


「いいのか?」


「うん。幸い、僕たちにはまだ時間がある。だったら、良いことに時間を使おう」


「うん」


手を繋ぎ、星々の間へと繰り出す。俺は羊さんの家へは行ったことがない。アオが友達になったことで、あの弁当生活は始まったからだ。俺たちは、惑星時計の周回軌道の近くへと歩みを進める。


「ここの道を歩いて。それから、あっちの緑色の星に移って...あっ!ワオ!久しぶりだね!今日は惑星時計の整備?」


見上げる目線の先には、巨大な歯車に向き合う、革のジャケットを着た灰色の狼が、何やらカン、カン、と音を立てて作業しているようだ。


「あっ、ああ。うん。アオ、久しぶりだね」


「うん。じゃあ、僕たちは出かけるから。じゃあね」


アオは笑顔で手を振って、それからまた手を繋いだ。


「...あの、狼は?」


「ワオだよ。この時計を作ったぬいぐるみの一人」


「そう、なのか。凄いな。惑星時計って、みんなに時間を伝えてるんだろ?...いいな」


「ん?」


「だって。アオは沢山友達を作れる」


「うん。最近思い出したんだ。葵ちゃんとの繋がりが、強くなったからかな?あの子は、よく僕に言ってた。私には友達がいないから、たくさんの友達が欲しいって。だからかな。そう考えると、僕たちは、ご主人様の願いそのものと言っても、良いのかもしれない」


「願い、そのものか。実はさ、俺も思い出したことがあってね。」


歩みを止め、アオに目線を合わせる。


「俺の主人は、たくさんの人が家に遊びに来ても、分け隔てなく接する人だった。けど、たしか一度だけ、こぼしたことがあった」


「...なんて、言ったの?」


「本当はもっと、葵と一緒に居たいって」


「そう、なんだ」


「うん。その気持ちは俺も同じだ。だから素直に言うことにする。俺、ちょっと...妬いちゃうな。君に友達が沢山いると」


アオは、すこし困った顔をして、それから照れて鼻をかいた。


「うん。それは、僕も嬉しいかも」


「...ま、俺もさ、ちょっとわかった気がするんだ。」


「ん?そうなんだ。何だろう」


「友達を、君が作る理由だよ。あの手袋屋さんとか、お弁当とか。何かさ...君が友達を作ってくれていたお陰で、楽しかったんだなって思った」


「そう!それは良かった」


「うん。だからこそ俺は、これからもずっと君のそばに居たい。さ、行こうか!僕らの友達の魂を、呼び戻しに」


「そうだね。さい、行こうか」


そして、さらに星を四つほど渡る。惑星時計は四時間の時の経過を刻み、気まぐれな天気でずぶ濡れになった体をぷるぷると振って水を落とし、オレンジ色の羊の惑星へと降り立つ。


「傘をさしてても濡れるもんだね、やっぱり」


「今日は特に天気、酷かったな。でも、一緒に傘に入るの、なんか良かった」


「相合傘、だったかな。確か、そんなだった」


かつては、レンガの家があった場所には、なんの痕跡もなかった。少なくとも、望遠鏡で見ていた、あのときは。


「...ん?...あっ!アオ、見て!これ!」


「えっ。...ああっ!」


そこには、僅かに粒子を放ちながら消えている、レンガの欠片。


「まだ、完全には消えていない。ってことは、まだなんとかなる可能性があるのか」


「よし、じゃあ後は家に帰って寝るだけ!神様に打診を...んっ」


アオの目が、とろんとしている。


「眠くなってきた...」


「アオ?まだ昼だぞ。家に帰って、布団、で...ん...」


俺も、眠たくなってきた。


「歩きすぎた、か...」


そして、身を寄せあったまま眠ってしまった...と思った、その直後。


「!!!」


目を覚ました俺の目の前には、俺にとっては二度目の。そして、アオにとっては三度目の景色が広がっていて、そこには、あからさまにほっぺたを膨らませた、神様が居た。





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