第四話

「ここは。いったいどこなのでしょう...?ううっ、寒い」


「そこかい?そこは、京都。京都駅だ」


「えっ、あっ、はぁあ!?貴方、誰ですか!」


「僕かい?神様だよ。あいにくだけど僕は今すねているんだ。ほら、その辺のガラスでも見てみなよ」


早朝、曇天。まだ、薄暗く人通りの少ない街。地下街へ通ずる階段に、狐は顔を向けていた。


「これは!人間の姿になっているではないか」


黒い髪の毛に、青い着物。端正な顔立ちの、20代前半のような容姿。


「それが...君の人間としての仮の姿。いいかい?端的に説明する。君は消えかけていた。それを見かねたとある二人がどうしてもと頼んできてね。これは特別だからね?早いところ君のご主人を探して、記憶を繋ぎ止めてもらいな」


「おっ、お待ち下さい!私が主人と別れて以降、もうだいぶ時間が経って...」


「なんとかなるさ。だって、僕は神様だから」


「理由が理由になっておりません!あと肌寒いんですよこの格好!なんとか...」


あっ。


今、神様と名乗った何者かは私の心との会話を切ってきた。


「しかし、人間の世界...出かけることは少なかったが、私の心の奥底の記憶と、合致しているような、していないような」


ぐるりと見渡すと、周囲には、無数の高く大きい建物。そして、ひときわ目を引くのが、何やら赤と白で構成された、のっぽな建造物。


「あれは、たしかタワーとか言ったか...?とにかく、高いところに登って周囲の様子を伺わねば...ん」


「あわわわわわわわわわわ!!どこ!!?私のコンタクトどこ!!??もーー!!急がなきゃなのにぃ!!」


なにやら厚着をした女性が一人。肩辺りまで伸びた髪の毛は整えられているように見えて、後ろが一ヶ所跳ねている。どうやら、何かを捜しまわっている様子。


「コン...タクト?」


私の足下には、透明な、丸い。小さな何かが、ごく僅かな輝きを放っていた。


「これか?...あの」


「ああはい!なんでしょうか!」


「お探しのものは、これでしょうか」


女性は急ぎの用事があるとのことで私に声をかけられたことに苛立ちを隠せない様子だったが、私の手元を見て表情が変わる。


「あぁっっ!!私のコンタクトーー!!ありがとうございます、これで電車に間に合う!ではでは!!ありがとうございましたー!!」


そう言って女性は、大階段をかけ上がって、何処かへ去っていった。


「あっ...」


道とか、聞けば良かったかな。私は後悔したが、とにかく、主人を探さないことには始まらない。


「しかし、人間社会のルールは、いったいどんなものだったかな」


とりあえず、歩いてみるか。とにかく今は、あの周囲を見渡せそうなタワーに...


「ストォォォォッップ!!」


また、脳内に声。


「うわっ、びっくりさせないでくださいよ。神様ですよね?まだ私、色々と納得してないんですけど」


「危なっかしいことをするね!まあ、何も言わずに送り出した僕が悪いのか...うーん...あっ。あのね。人間社会のルールだよね」


「聞いてたんですか?」


「当然。神様だからね。えーっとね、とにかく!目の前のあの赤と青に交互に光る奴。信号って言うんだけど、あれが赤いときは渡ったらダメ!車に轢かれて危ないからね」


「車に、轢かれて、危ないから...」


その時、脳内に、大昔の記憶の断片のようなものが流れてくる。私を抱いていたご主人様も、似たようなことを言われていたような。


「ああ。そうだった」


「あああと、タワー。昇りたいんだっけ」


「ええ、そうですが...」


「タワーを登るにはお金が要るからね。お小遣いをあげよう」


すると、どこからともなく、二枚の紙が出現。


「これは?...これも、何か見覚えがあるような」


「それは、お金。千円と千円で、二千円。端的に言えば、この世界であらゆる食べ物や楽しみと交換できる、いわば万能チケットみたいなものさ。ジャンジャンばら蒔くのはいろんな意味でマズイからそれで頑張って」


「は、はぁ。ありがとうございます」


成る程。私は、赤と青に光るもの...信号に気を付けながら道を渡った。そして、まだそこが空いてすら居ないことを理解する。


「仕方ない。どこか明るいところへ」


光を求めて周囲をさ迷うと、まだ暗い街中で光を放つ場所があった。とにかく、中に入ってみる。


「らっしゃいませー」


と、店員が迎えてくれる。店の奥に歩みを進めると、そこに見覚えのあるものが。


「おお。ここが、メリ様がよく持ってきてくれていた、『コンビニ弁当』が売ってあるところか」


私はワクワクしながら、店の中を歩き回った。


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