第三話

「お願いだって!約束したんだって!」


「知ってるさ!見てるんだもの、僕は神様なんだから!でも、何度も言った通り君たちを助けたのは特別で...」


「でもでも、キツネさんが消えるのは嫌なんだよぅ!なんとか頼むよ!」


「俺もっ、俺からも頼む!助けてもらった身の上でこんなことを言うのもアレだけどさぁ」


なぜ、こんなことになったのか。


話しは、一時間ほど前にさかのぼる。


アオと一緒に寝ていた俺が目覚めると、そこは惑星時計を遠くに見据える、地面があるようなないような、不思議な空間だった。そしてそこには、なんと驚き。全く俺と同じ姿をした、神様がいて。そして...


すごくふてくされた顔をしていた。


「やぁ。久しぶり。とはいっても、そんなに時間は経ってないか...」


「貴方が、神様?それにしても、何で俺と同じ姿形を」


「僕は決まった形を持たないんだよ。故に、そこのネコくんにとって一番わかりやすい姿に化けた。で、君たちと合うのは二回目だし、そのまま同じ姿になってる。と、前置きはここまで。君たち、厄介な約束事をつけてくれたね」


「えっ、それって...」


「あのキツネくんのことだよ。ネコくん。君には既に伝えたと思うけど、君を助けたのは特別な措置なんだよ?そう何度も構ってやれない。」


「それは、どうして?」


ふぅ。目の前の俺...もとい神様はため息をついて、星が煌めく空間を歩き回る。上下左右が曖昧なこの空間では、その体は無秩序に浮かぶ風船のように体の向きが変化していて、今は、足の裏が見えている。


「えっ、ねぇアオ。俺、下からみたらあんな感じなの」


「うん」


「なんだろう。なんか、...恥ずかしい」


「んっ、ゴホン!本題に戻ってもいいかな」


「「あっ、ハイ」」


神様は咳払いをして、体をふわりと回転させてこちらに向いてくる。しかし、上下は逆さまだ。


「本来、ここパッチワールド...と、君たちが呼ぶ世界は、現世界に存在するぬいぐるみたちの魂によって構成されている。ほんらい、モノに染み付いた人間の魂の欠片である君たちは非常に不安定ですぐ消えたり、あるいは崩壊し、元の形を失う。それを長期保存するために作られたのが、この空間だ」


「長期保存...って、どういうこと?」


アオは、目にはてなを浮かべる。うん。俺も、わからん。目の前の神は、歩き回りながら解説を続ける。


「この空間はいわば、冷蔵庫のようなものだ。本来、すぐ寿命を迎える者たちを長く保存できる。そもそも、この世界のシステムそのものが、本来あり得ない延命措置といっても過言ではない。にも関わらず、その魂を、現実世界への干渉を伴ってより生きる期間を伸ばすというのは、本来やってはいけないことなんだ」


「えっ...?」


おいおい。じゃあこの神様、やってはいけないことをやっちゃったってことなのか?


「えっ、じゃあなんで俺を...」


「ああ。そこのネコ君には言ったね。魂の欠片である君たちは、本来そこまで情緒は育たない。けれど君たちは自分達の記憶を持ち寄ってこの世界を築いた。そんな中、君たちは最終的に愛し合い、相方の消滅を嘆く程までに成長した。僕は、神様として君たちを見守っている。なんだか...居てもたっても居られなくなってね」


なんか、すごく良いこと言った!みたいな雰囲気醸し出してるけども。


「えっ。それはほんとに、甦らせてもらってありがたい話なんですけど。神様、あんた、やっちゃいけないことをやっちゃったんだよな...?」


ピタッ。露骨に、神様の動きが止まる。


「そ...」


体が震えてる。あっ、やべ。怒らせちゃったかな?


「そうだよぉぉおおおお~~!!」


「「えぇええええぇえええ??!!??泣いてる!!??」」


思わず、俺たちはハモってしまった。振り返った神様の顔は一瞬にして、さっきまでのどことなくミステリアスというか、威厳のあるというか、そういう状態から一瞬にしてグズグズに変わっていた。


「だっでぇ~~!!ホントは皆が消えちゃうのが寂しくっでぇ~~!!!でも過干渉はダメだっていわれででぇ~~!!!」


ええ。泣いてて、何て言ってるかよくわからないけど。


「おっ、おう。なんかよくわかんないけど、泣き止んでくれよ」


「そうだよ!わかってると思うけど僕たち、キツネさんの記憶も留めて欲しくて。時間がないんだよ、キツネさんも消えちゃう...」


「うっ...うぅ...」


神様は背中をひくつかせながらもなんとか泣き止み、どこからともなくハンカチやらティッシュやらを取り出してグズグズになった顔を拭き、キリッとしてこちらに向き直った。


「それは、ダメだ」


目が赤いしほっぺた腫れてるしで、まるで様になっていない。


「うぅ、無理なお願いだとはわかってるよ。でも、キツネさんは、僕らに手袋をくれたんだ」


「うっ...」


めっちゃ、怯んでるじゃん。


「でっ、でもこれを許したらなし崩し的にみんなのこと見なくちゃいけなくなるじゃん...」


わかってたなら、なんでしちゃったかなぁ。いや、俺、甦らせて貰ったけどね?めっちゃ、恩義は感じてるけどね?


「そこをなんとか!」


アオもアオで、引き下がらないな。まあ、それは俺も同じ気持ちだが。


「俺からも頼むよ!」


「うぅっ...ダメなものはダメー!!」


「そこをなんとか!」


そして、その押し合い圧し合いの問答は平行線になり。で、今って訳だ。もう、話は一時間ほど続いていた。そして。


「わかった...わかったから!特別だからね!」


「「やったぁ~!!」」


神様が折れる形で、決着がついた。同情するぜ、神様。


「うぅ...なんとかしておくから、君たちはおとなしくしといてね」


「わかりました。ありがとう、神様!」


「はいはい。じゃあ、覚醒の時間まで寝てなよ!はいお休み」


「うっ...うぅん...」


そう神様からはいい、マントを翻して何処かヘ去っていく。そして、俺は急激な睡魔に襲われた。見ればアオも、先程までパッチリだったまぶたが一気に落ちている。やっぱり、こんな芸当ができるってのは、マジで神様ではあるらしい。


「アオ...」


一気に眠気が来たのが若干怖かったので、再び手を繋ぐ。


「む...」


言葉を言うことすらままならなくなっていたアオは手を繋いだまま、こてん、と倒れる。それに続いて俺も眠り、気が付いたら...俺たちはまた、自室のベッドにいた。

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