第二語 狐のお話
煙突から煙が立ち上るケーキのような色合いの家で、狐はぼんやりと手袋を編んでいた。
「...」
暖炉にくべられた火はとっくのとうに消えているが、魂の世界に存在する彼らには、鑑賞する以外に意味のない代物だ。
「...」
その目は、虚ろだった。店を開いてから久々に、消えてしまう運命にあるぬいぐるみを見たからだ。
「...」
手元には、赤い毛糸の手袋が縫い終えられ、置かれている。
「...はぁ...」
俯きながら立ち上がり、狐はおもむろに自らの手を眺めた。
「いずれ、私も」
外は、その時は嵐が吹いていた。が、次の一瞬、急に晴れやかになる。そして。
コン、コン、コン。
コンコン。
音質の異なるノックのリズムが、違う高さから聞こえてくる。
「おや。お客様ですか。...少々お待ちを」
狐は、着崩してややはだけていた着物を羽織り直し、扉を開ける。目線を下げ、そしてそこにいるウサギの姿を見て、普段は見開くことのない両の目をはっきりと開くこととなった。
「あっ、貴方は!」
「もう来れないとか言ってたけど、また来ました」
「お連れ様は?」
「アオ。この前言った、一緒に住んでる...」
「アオです。よろしくお願いします」
ペコリ。アオがお辞儀をしたので、コンもそれに追従する。
「こっ、これはご丁寧に。しかし、ハクさん、貴方は確か...」
「うん。一度消えた。けど、命を助けてもらったんだ」
「それは、驚きです。...手袋を、お買い求めですか?」
「はい。ハクと揃えたくて来ました。お願いできますか」
「もちろん。さあ、中へ」
二人はびしょ濡れになった傘を傘立てに立て掛け、濡れた体を拭く。二人の前にはケーキが出され、紅茶が出された。
「成る程。アオ様の手のサイズに合うものは色々とありますが...お連れ様と同じ糸でお作りしましょうか」
「ええ。ぜひお願いします」
「では、寸法を。...」
ウサギがかつて訪れた時のように、時間が進んでいく。ただ、前回とは明確に違うのが、空気の暖かさだった。
それはもちろん、今さっきつけ直した暖炉の火のお陰ではない。
二人は、楽しそうだった。
「...」
そこから背を向けるように、狐は手袋を縫う。その足から漏れ出る光を、着物の端で隠しながら...
「あれ。キツネさん...えっと、お名前は」
「コンです」
「コンさん。あなたもまさか」
アオの瞳が揺れ、それを見たハクもまた息を飲む。
「ばれてしまいましたか」
足首の一部分が宇宙に溶けているような状態に成っているのを、コンは晒す。
「もってあと二週間、といったところでしょうか。貴方が消えてしまう運命にあるのを知った時から、私もどこか、不安で。ですが...」
コンは、完成した手袋をアオに渡しながら告げる。
「いつか来ることなのだからと、心づもりをしていたつもりでした。ですが」
アオは、手袋をそっと、その両の手で包みながらコンと目を合わせる。
「消えるのは怖い。どうか」
コンは、頭を下げる。
「ハク様が戻ってこれた理由を教えて下さい」
「そんな、頭を上げてください。元からそのつもりです」
「...本当ですか、ありがたい」
アオはその手袋を嵌め、手のひらをコンに見せる。
「こんなステキな手袋、二つも貰いましたから。恩返しさせてください」
「はい!」
そして二人は、同じ手袋で帰路につく。
そして、同じ布団に入り、ぴったりくっついた。
「君の仮説じゃあ、夢の中で会えるんだよね。神さまとは」
「うん。涙が枯れて、深い眠りに入ったその時に、君と同じ姿をした神様が...」
二人は、手を繋ぐ。
「一緒に見ようよ。」
うわ。うわうわ。
「そうだね。コンさんを、失いたくない」
...だよねぇ。
そして。
考えに考えた。
あーあ。一度、1つ例を作ったらこれだよ。
やっぱり、魂を助けるなんて、やめた方がよかったのだろうか。
「...」
揺れるブランコが、心地良い。が、どれだけ漕いでも心が休まらないので、空中に放り出す。
「仕方ない。呼ぶか」
寝ている二人を、自らの部屋に呼び出す。
二人はまだ、手を繋いだまま寝ている。
「困ったことになったな...」
寝息を聞きながら、僕は気を揉み続けた。
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