秋【追熟】
7 遠足
柔らかな秋の光が、黄色く色づいた梨畑に降り注いでいた。
紅葉する梨畑の横を、ゴロゴロと軽快にルネの引く荷車が走る。その上にクロードは乗っていた。膝に抱えたバスケットからは、熟した梨の甘い香りがしている。
「おやお二人さん、お出かけかい?」
声にクロードが振り向くと、飲み仲間のアランが畑にいるのが見えた。
「うん、あの丘でピクニックをするんだ」
道の向こう、村の近くにある丘を指し示す。梨の収穫作業も一段落したので、二人で少し遠出してみることにしたのだ。
ピクニック、ときょとんとした顔で繰り返したアランは吹き出すように豪快に笑い、それから二人に手を振ってきた。
「そいつはいいな、楽しんできなよ」
「ありがとう!」
荷車の上から手を振り返し、畑作業に戻るアランが遠ざかっていくのを見る。
アランの姿が畑の作物と区別がつかなくなった頃、クロードは荷車のハンドルを握るルネに声をかけた。
「……笑われてしまったな。一度こうやってピクニックというやつに行ってみたいと思ってたんだが……男二人でやるのはおかしいことなのか?」
屋外で食事をすることに兄が価値を見出すわけもなく、母も父もそれを尊重していた。誘ってくれるような友人もなかったし、足を悪くしてからは野山に行くこともなかった。
「そんなことないさ」
振り返ったルネの顔には、汗一つない。そのまま何か思案するように首を傾げた。
「……ピクニック、したことないのか?」
「ないな」
「そうか、じゃあ今日は存分にはじめてのピクニックを味わってくれ。外で淹れる紅茶は最高だぞ。気に入ったら何度でも連れてってやる」
「それは楽しみだ」
クロードは答えた。ルネがそこまでいうのだから、きっと今日は素敵な一日になるに違いない。
荷車は村から出て、丘の上につながる坂を上りはじめた。それは丘というよりも小さな山に近く、突然隆起した地面の横にジグザグとつづら折りになった道が刻まれていた。
「見た目より、だいぶ急なんだな」
荷車は村から出て、丘の上につながる坂を上りはじめた。ズルズルと荷車の中でずり落ちたクロードは、慌てて絵の具の入った木箱やスケッチブック、キャンバスを押さえる。
台車に乗せていってやる、とルネに言われたときは若干不本意だったが、申し出を受けて正解だった。クロードの足ではきっとこの坂は登り切れない。
「気をつけろよ、落とすと下まで転がっていくぞ。拾いに戻るの大変なんだからな」
荷車の側面にへばりつくようにしがみついたクロードの雰囲気を察したのか、ルネのからかうような声が聞こえた。
「落としたことがある口振りだな」
「子供のころ、な。よく親がピクニックに連れていってくれたんだ。こうやって、俺たち兄弟を荷車に乗せてな」
「素敵な思い出だな」
「……そうだな」
しみじみとした声で言うルネに、クロードはルネの子供時代を思った。大きな今のルネからは、兄弟で荷車に乗れるほど小さかった頃のことなんて想像もつかない。
「そういやルネ、来週誕生日なんだってな。どうして教えてくれなかったんだ」
いつになく饒舌にクロードはルネに喋りかけた。ルネの誕生日は、一昨日あたりアランにこっそりと教えてもらったのだ。
「いや……別に、もうそういう歳でもねえし」
「何だ、何歳になるんだ」
「二十五だけど……」
「同い年だな」
クロードがそう言った瞬間、ぎょっとしたようにルネが振り向いた。がたりと荷車が跳ね、クロードは転がり落ちそうになる。
「年下だと思ってたんだろ。いいんだ、よく間違えられるし」
「ああ、その……ごめん」
何歳くらいだと思われていたのだろうか。気にはなったが、気まずそうなルネの背中に聞くことは躊躇われた。
「閉じこもったまま狭い世界で絵ばっかり描いてきたから、いつまでも幼いままなんだよ」
「い、いやクロード……そういうことでは」
「でもな、代わりに新鮮な気持ちで君とこうやって出かけられる。いいだろう?」
はは、とクロードは笑った。ルネと一緒ならどこにだって行ける気がして、とにかく愉快で仕方なかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます