志那竹のアルバイト 後編

「近頃はエコロジカルな思想に則って、使い捨ての袋やペットボトルを避け、その代わりにマイバッグやマイボトルなどを使用し、資源を有効活用しようとする人が増えてきました。その中にはマイ箸というものもあります。ところが、割り箸は買い物をすれば頼まなくても付いてくるもの。マイ箸を持っているので割り箸は要らないが、店側の厚意を無下にすることもできず、結果割り箸がどんどん家にたまっていくことになります。そんなお困り事を解決するための割り箸回収業者なのです」


 此方も中々理に適った言い分だ。

 私自身割り箸が付いてくる商品を余り買わないのでそのような事案が発生しているというのは想像できないが、その割り箸回収業者というビジネスは、一定の需要が望めそうに思える。


「それで。私の担当は割り箸を切る工程でした。これがかなり難しい仕事でした。まず、割り箸はそもそも木です。なので、普通の包丁ではまず切れません。そこで専用のカッターナイフを用いるのですが、これがまた切りにくい」


 小娘は左手で菜箸を操りながら、右手で包丁をゆらゆら揺らして私の方へ見せびらかしてきおった。危なっかしい上に行儀が悪い。

 して、此奴の「割り箸が刃物では切りにくい」というのも別段間違いではない話だ。幼少期の工作にて身に覚えがある。だが、


「割り箸にはカッターナイフを使うのか。木材ならば電動のこぎりを使った方が仕事の効率が良くはないか?」


「割り箸の切断にカッターナイフを使用する」というのは疑問が生じると考えたのだろう。そこまでは悪くなかった。悪くなかったが、そのフォローを見誤ったな。

 安易に「特別な何某」と称するのは粗雑な法螺の定番だ。

 なにか特別なものと位置付けておけば、詳しい説明を省くことができようが、それは裏を返せば、説明もなく大雑把な括りであることを意味している。

 だからこそ、より合理的で理に適った論を突き付けられてしまえば、たちどころに弱体化してしまうのだ。


「そう! そうなんですよ!」

「は?」


「本当は電動のこぎりを使った方が効率はいいんですよ。けれど、人数分の電動のこぎりなんて高価でとても用意できないって言われて。だからカッターナイフでちまちまと切り分ける羽目になったんですよ」


 またしても逆手に取られてしまった。

「合理的で理に適った論」と言ったが、それはこのぱっつん娘の騙る虚構世界でも同様だった。

 私はこの虚構世界を破壊すべく斯様な論を振りかざした筈だったが、何時の間にか、その論すらも虚構世界に組み込まれてしまっていたのだ。


 まさか、このぱっつん娘、私の行動を読んでいたのか?

私の攻撃を見越して、或いは、私がそう攻撃してくるよう誘導して、話を展開したのか?


 若し、仮に、よしんば、万が一、そうであったとしたら、これは先に味わった屈辱など比べ物にはまるでならない。


これは恐怖だ。


私の思考が全てこのぱっつん娘の手の内にある。これを恐れずして何を恐れようか。


「あ、でも稀に折れた割り箸が混ざっていることがあって。それのささくれを取るのにはカッターナイフは最適でした。こういう細かい作業は電動のこぎりでは恐らく難しかったでしょうね。何事も適材適所というやつです。ははは」


 お前もう喋るな。



 @@@@@



「ハイハイハイ、お待たせしました。私特製・スペシャルランチです。どうぞお召し上がりください」

「む。もう出来上がったか」


 そういえば今日はこの娘が私に感謝の料理を振る舞ってくれるという催しであった。

出来上がるまでの暇つぶしとして付き合ってやった御託の弄し合いにここまで憔悴するとは。食事前の運動にしてはやけにハードすぎやしないだろうか。


 娘が卓上に料理の盛られた皿を置く。まだ湯気が立ち上っており、緑黄色野菜が肉の脂と胡麻の油で艶めいて、その色をさらに鮮やかに映えさせていた。


「肉が入っていて旨そうだ」

「肉が主役みたいなものですから」


 旨そう、とは言ったが実際その味はきちんと旨かった。空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだが、その魔法の調味料を振りかける必要もなく美味な一品であった。


「なかなかどうして、やるじゃあないか」

「ありがとうございます」


 この会話を最後にして、あとは黙々と箸を動かすのみだった。気付けば皿の底が既に見えてきていた。


 といったところで、口腔内に違和感を覚えた。


 具体的には、歯茎に若干の痛みを感じた。

 断じておくが、私はまだそんな歳ではない。

 毎日食後には必ず歯を磨いているし、虫歯だって生まれてこの方一本も患ったことはない。

 加えて、この痛みはそれとは異なる種類の痛みだった。チクリとする、まるで魚の小骨が刺さったときのような。


 しかし、妙な話だ。今私が食しているのは紛れもなく肉料理。鳥獣の骨など、ましてや魚の骨など混ざっている筈はなかろう。よく分からないまま口の中のそれを取り出してみる。


 爪楊枝だった。


「おい。なんだ、これは」

「爪楊枝ですね」


 楊枝を摘まむ親指と人差し指に力を込めた。


「なんで料理に爪楊枝なんかが入っているんだ。何かの嫌がらせか」


 小娘は惚けた表情で私が摘まんでいる楊枝をひょいと取り上げた。


「ありゃりゃ、生焼けでしたか。すみません。けれど、生でも毒はないので安心してください」

 そう言って、目の前のぱっつん娘は爪楊枝を口に入れ、ぽりぽりと子気味良い音を立てながら咀嚼した。


「うん。やっぱり良いところのモノはシャキシャキ感が違いますね」


 啞然とする私を前に、娘は「また発見」と言って皿から爪楊枝を見つけ、食べた。



 私の目は卓上の青椒肉絲に釘付けになるしかなかった。


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