第4話

「やっと見つけたわ。って貴方、こんな所で野宿するつもり?!」


 町の外にある林の中で木によりかかり身体を休める雷牙の前に、羅菜が現れる。


 うるさいのが来た、と言いたげな表情の雷牙。


 お構い無しに彼の隣に座る羅菜。


「泊まるところがないならお屋敷に行きましょうよ。貴方なら大歓迎よ?」


「いらぬお世話だ」


「雷牙君、どうしてそんなに可愛げのない事言うんですか?」


 どうやら彼女は姉のように自分を目上扱いする気はないようだ。


「俺はあの女に合うつもりは無い」


「なにそれ、反抗期? でもお母さんをあの女なんて言っちゃ駄目ですよ」


 そう言いながら手刀でコツンと雷牙の頭を叩く。


「いいから寝かせろ!」


 と言う雷牙の目を真っ直ぐに見てくる羅菜。


 雷牙はため息をついて自分達の事を話す。


「俺達は親に捨てられたり死なれたりした身寄りの無い孤児だった。互いに支え合って生きてきたがみんな本音では親に会いたいと願い、それでも会えずに死んでいった。なのに俺だけがあの人に会うなんてできない」


 その言葉を聞いた羅菜は雷牙が本当は母親に会いたがっている事に気づいた。


 横に座っている羅菜は身体を密着させて雷牙を抱きしめる。


「なっ?!」


「あははっ、情けない声。ならアタシがお姉ちゃんになってあげる。お母さんに甘えるのが駄目でもそれならいいでしょ? さぁ、お姉ちゃんにいっぱい甘えなさい」


「なんでそうなるんだ?!」


「ん〜、なんででしょうね〜」




 夜も更けた頃、毛布をかぶって眠る2人の周囲の草むらが音を立てる。


「あんなガキわざわざ始末する必要あるのか?」


「色々とこちらの手の内を知っているらしいし念には念をってヤツだ」


 そう言うと数本の炎の槍を出現させそれを毛布に向かって放つ。


 槍は毛布に刺さってそれを燃やしはじめるが、何のリオクションも無い。


「しまった、罠だ!」


「気づくのが遅いんですよ」


 槍を放った邪法師に肩車するように着地する羅菜。


 邪法師の頭部に精神攻撃の魔法を流し込み気絶させる。


「くそっ!」


 動揺するもう1人の邪法師。


「こっちだ!」


 そいつに向かって木の上から雷牙が斬りかかる。


 邪法師の男は持っていた剣でそれを受け止める。


 雷牙はそれを確認すると、がら空きの腹に蹴りを入れて転倒させる。


「下品な戦い方しやがって!」


「育ちが悪いもんでね」


 2人が言い合いをする最中、上空から無数の火炎弾が邪法師の男に降りそそぐ。


 雷牙が火炎弾の飛んできた方を見ると、沙羅ともう1人、魔界人の女性が夜空に羽ばたいていた。


 そして雷牙はその女性が誰なのかすぐに理解した。


「お姉ちゃん、それに燐火様まで」


 羅菜の言葉で確信する。


「羅菜、後ろ!」


 着地した沙羅が何かに気づいて叫ぶ。


 先程、羅菜が気絶させたはずの邪法師が短剣を片手に襲いかかって来てたのだ。


「そんな、あの魔法にかかったらまる一日意識が戻る事はないはずなのに?!」


 羅菜は咄嗟に手刀を作るとそれを青い炎包み込み、剣を形造かたちづくる。


 間一髪、邪法師の短剣を避けて炎の剣を突き刺す。


「しまった?!」


 雷牙は何が起こったのか理解した。


 貫かれた邪法師の傷口からドス黒い魂が炎の剣を伝って羅菜の全身を覆う。


「そこにいたのか、牙流怒!!」


 肉体を失った牙流怒は仲間の身体を間借まがりしていたのだ。


 羅菜の精神攻撃も本人の意識は気絶させたが、間借りしていた牙流怒の精神には影響をおよぼさなかった。


「羅菜……? なに、一体どうしたの?」


 魔界人として実力者である沙羅は羅菜の異常に気づいた。


「沙羅、近づいては駄目よ。あの子、邪法師に身体を乗っ取られている」


 静かに燐火が言う。


 こうなる可能性は考慮していたが、実際魔界人の身体を乗っ取っているのを目の当たりにするのはショックが大きい。


 この邪法が拡散されれば邪法師達が魔界人の力を手に入れることになるからだ。


「これが魔界人の身体か……、しかも女の。実に上手くいったな」


 笑いながら牙流怒は言う。


 同じ顔なのに、ついさっきまで自分を慰めようとしていた彼女の笑顔とは似ても似つかない醜悪さがある。


「気をつけろ、こいつが使うのは呪縛転生と言う邪心転生の強化版だ。自分を殺めた者にしか取り憑けないという制約はあるが、その条件さえ満たせば邪封師や魔界人にも取り憑けるようだ」


 絶句する沙羅、牙流怒を睨みつける燐火。


「どうした、来ないのか? ならこちらから行くぞ!」


 そう言って左手から大きな火炎弾を放つ。


 咄嗟にその場から離れて回避する一同。


 その中で翼を広げて舞い上がる燐火に向かい右手から黒い散弾をばら撒く。


「母さん!」


 咄嗟に母を呼ぶ雷牙。


「大丈夫よ」


 そう優しく応える燐火は左手をかざすと、そこに魔力の障壁を作り出して散弾を防ぐ。


 ひと安心する雷牙。


 しかしこの敵は邪法師の力と魔界人の力の両方が使えるようだ。


 そんな中、沙羅が翼を羽ばたかせて高速で牙流怒に迫る。


 両手を掴んで腹に膝蹴りを食らわす。


 のけぞる牙流怒の顔面に、コンパクトに反対側の足を振り抜いてキックで追い打ちをかける。


 妹が相手なのに一切の容赦が感じられない。


 しかし、今の雷牙にはこれが正しい対処なのが分かる。


 あのとき、自分が本気で紅狼と戦っていれば誰か1人ぐらいは助かっていたかもしれない。


「やってくれたなぁ!」


 そう言うと牙流怒は全身に炎の様な魔力を纏う。


「そんな、羅菜の限界を超えた魔力だわ。他人の身体だと思って……」


 焦る沙羅に牙流怒が反撃を開始する。


 拳打、蹴り、全ての攻撃のスピードと威力が上がり、沙羅が押されていく。


「沙羅、どいて!」


 燐火が紫色の光弾を放つとそれは牙流怒に命中する直前にぜ、紫の軌跡が牙流怒を縛りあげる。


 一瞬の時間稼ぎ。


 燐火と沙羅は魔力を集め、何か大技で牙流怒を戦闘不能にするつもりのようだ。


 しかし牙流怒の魔力がさらに高まると、燐火の拘束を引きちぎり、両手から黒い火炎弾を放つ。


「なに?!」


「アレを引きちぎった?!」


 驚く2人。


 そして最大の攻撃体制にはいっていたため防御が遅れた。


 だが、黒い火炎弾は2人には届かなかった。


「雷牙?!」


「雷牙様……」


 牙流怒と2人の間に割って入った雷牙が障壁術でその攻撃を受けたのだった。


 しかし、並外れた威力を持つその攻撃を受けてタダではすまなかった。


 ボロボロの身体で立っているのもやっと、といった状態だ。


「俺がやる」


 そう言っていかづちのような速さで牙流怒に迫るが、限界以上の魔力で強化された牙流怒はそれを回避し、出した足につまづき倒れる雷牙。


「雷牙!」


 咄嗟に彼に駆け寄ろうとする燐火を沙羅が止める。


 牙流怒が先程と同じ黒い火炎弾の準備をしているからだ。


 しかし、牙流怒の意識が燐火達に向いた瞬間、雷牙は羅菜の尻尾を引っ張り出して噛みついた。


「ひっ?!」


 と、力無い悲鳴を上げて地面に倒れる牙流怒。


「魔界人の身体を乗っ取るなら一番気をつけなきゃな」


「なんだ? いったい何をしたんだ?!」


 どうやら牙流怒は魔界人の尻尾について知らなかったようだ。


 そして雷牙はズボンのポケットから1枚の紙切れを出して語る。


「華がおむすびに入れておいてくれたんだ。俺用の呪縛転生封印術。まだ未完成だったけど、アイツは自分の身に起こることを予想していたんだ」


 雷牙の腕に雷撃が宿る。


「まて、待ってくれ取引をしよう。いい話がある」


「お前を封じた後にゆっくり聞くさ」


破邪雷獄陣はじゃらいごくじん


 雷が牙流怒の周囲を囲み魔法陣を描くと中心に収束していく。


 ドス黒い魂が抜けだし黒い結晶となって地面に落ちる。


「封印完了」


 雷牙は静かに呟く。




「俺だけが母さんに甘えるわけにはいかない」


 羅菜に話したのと同じ事を燐火に告げる。


「うん、分かった。そういう真面目なところは本当にお父さん似ね。でもお願い、一度でいいから大きくなった貴方を抱きしめさせて」


 そう言って両手を広げる燐火。


 戸惑う雷牙の背後にそっと忍び寄る羅菜。


 それを見てみぬふりする沙羅。


 羅菜が雷牙の背中を押そうとしたとき、別の何かがその背を押した。


 前のめりに倒れそうになる雷牙を燐火が抱きしめる。


 限界だった。


「何度も……、何度も夢に見て、夢だと気づいて、何度も……」


 ポロポロと涙がこぼれ落ちる。


「私だって貴方の事を片時も忘れた事はないわ」


 気丈に振る舞っていた燐火も泣き崩れる。


 2人の姿を見てもらい泣きする羅菜。


 しかし沙羅はどこか冷静だった。


「やはりなんとしてでも雷牙様には魔界に残っていただかないと」


 強い意志を込めてそう呟く。

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魔界の母とうざメイド @suzukichi444

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