第31話

 アオマは普段、蒼馬や紅音の事を『蒼の字』『魔傀儡』と呼ぶのだが、何か大事な話をするときは名前を呼ぶ。


 アオマはこの事をただの癖みたいなモノだと言う。




『やめろ!やめるんだ蒼馬、取り返しがつかなくなるぞ!』


 アオマは内側から蒼馬の凶行を止めようとしていた。


 クソッ、という声と共に影が蒼馬に迫る。


 意識を取り戻した大鎌を持った少年が蒼馬に仕掛けてきた。


 紅音の時のように7つの鎌の影が伸びてくるが、蒼馬の影に近い方の足に力を入れるとその影がUターンして少年の体に突き刺さる。


『龍脈を通じて呪因を乗っ取った?!それも初見の呪因具を!!』


トウ?!」


 少女は少年の名前らしき言葉を口にすると、ワンピースを脱ぎ捨てて紅音の拘束から脱出する。


 同時に大柄な男が突進してくるが蒼馬はそれを見もせずに紙一重でかわし、男の腹部に拳を見舞う。


 ワンピースを脱ぎ捨て下着姿になった少女は刀と呼んだ少年のもとに駆けつけ、傷の具合を見ると指先に火を灯すと傷口にそれを入れていく。


「痛いけど我慢して」


 そう言って治療を続ける少女。


 大柄な男が蒼馬に両手の平を向けると、


「最大火力だ!」


 と叫ぶが、男の足元から火柱が上がる。


練夜レンヤ!」


 今度は大柄な男に駆け寄る少女だったが次の瞬間、腹部から出血して倒れる。


 どちらも蒼馬の仕業で男の炎術を乗っ取り暴発させ、纏を部分的に拡張させ少女の腹部を貫いたのだ。


 蒼馬の殺意は夏穂とその背後からもてあそぶ御堂に向けられていた。


 彼の仲間を一掃し明確に敵意を向ける蒼馬。


 御堂の表情が真剣なものになる。


 蒼馬は何も言わすに殺意だけを向けながら御堂に攻撃を仕掛ける。


 咄嗟に刀の形状の呪因具を取り出す御堂だったが体が上手く動かせない。


 蒼馬が周囲の龍脈を通じて御堂の身体に干渉する事で自由を奪う。


 殴りかかる蒼馬の拳を鞘に納めたままの刀で受けるが、まるでそれをすり抜けるかのように打撃が貫通する。


「随分と器用な戦い方をするんだね」


 口調は変わらないがあきらかに焦りを感じさせる御堂。


 無言で反対側の拳を打ち込む蒼馬。


 今度は防御できずにまともにくらい、御堂は両ひざをつく。


「やめて!」


 呪力で無理やり身体を動かした夏穂が2人の間に割って入る。


「お姉ちゃん!」


 躊躇いなく夏穂ごと御堂を貫かんと最大の威力の拳を振りおろす蒼馬の耳に瞳の悲痛な叫びが入ってくる。




 怒りで何も分からなくなっていた。


 瞳の事で怒っていたはずなのに最終的に自分が一番彼女を悲しませてしまった。


 本当に駄目な奴なんだ、僕は……。




 我に返った蒼馬。


 内側からアオマが、背後から紅音が彼を抑え込んでいた。


「マスター……」


『ようやく正気に戻ったか』


 少し離れた位置で御堂を庇うように覆いかぶさる夏穂の姿。


『あの娘、器の方の……、か』


 一人で納得するアオマ。


 真実を知る紅音も2人の関係を察する。


 そして蒼馬の暴走を止めたもう一人の人物が口を開く。


「その若さで感情のままに命を殺めるなど、後悔しか残らんぞ、少年」


 言葉の主は走馬刀使いの呪因師、今は鉄と名乗る人物。


 彼は走馬刀を地面に突き刺し辺りの龍脈に干渉して蒼馬の動きを制限して見せた。


「彼が一瞬早くマスターの動きを止めてくれたおかげで私が間に合いました」


青葉アオバ、しっかりしろ。死ぬんじやねぇ!」


 ボロボロの体を引きずりながら大柄な男が少女に近づき抱きかかえる。


 アオマが内側から蒼馬の暴走を制御してくれていたため、死なない程度には手加減できていたのだが、仲間と自身の治療で対価を消耗しきった少女はグッタリとしたままだ。


 蒼馬に憎悪の視線を向け何か言おうとするのを大鎌使いの少年が止める。


「やめろよみっともない。殺ろうとした以上、殺られて文句を言うのは筋が通らねぇだろ」


「まだ死んでないってば……」


 弱々しい声で応える少女。


「おまえ、気がついてたのか」


「しゃべんのもしんどいんだからさぁ、もうチョットだけグッタリさせて……」


「朝のあと五分みたいに言うなっての。死なない程度にグッタリしてな」


 少女にそう言って少年は蒼馬達の方を向く。


「で、どうするよ。続けるのか?」


 その言葉を聞いて青葉を抱えた練夜に緊張感が走る。


 はっきり言ってまともに戦える状態ではない上に、向こうはあの魔傀儡を温存しているようなものだ。


 絶対に勝ち目は無い。


「もし戦闘継続なら俺が殿しんがりやるから、あんたはそのバカ連れて逃げてくれ」


「ふざけんな!おまえ一人置いてくぐらいなら……」


「そんな状態でどうするっての。青葉は論外、夏穂も行動不能だ。御堂は絶対に殿なんてやらないだろうし、消去法で俺しかいないでしょ。まぁ、なんとか上手くやってみるけど駄目だったら青葉のバカ頼むわ」


 緊張感の無い調子で覚悟を決めた少年に何も言えない練夜と何かを言おうとする青葉。


『いいや、今日はこれでお開きだ。こっちも色々と消耗してるんでな』




 テラス会から、離れていくバンが1台。



 御堂達が乗るその車はアジトに向かっていた。


 練夜のダメージが大きいため鉄が代わりにハンドルを握る車内。


 3列目、動けなくなった夏穂と両手で顔を覆う刀の姿があった。


「別に恥ずかしがる事じゃねぇだろ」


 2列目で青葉にひざ枕しながら練夜が言う。


「いや、ほっといてくれ。散々、覚悟きめてますムーブカマしてからのアレは恥ずかしすぎんだろ。最後なんてとっとと帰れと言わんばかりに追い払われたし」


 そんな刀に対して青葉がシート越しに話しかける。


「いいじゃん、みんな生きてたんだし。とっとと帰ってめし食って寝よ」


 刀はため息をつく。


 みんな生きていたのは実力じゃなくって敵のおめこぼしだ。


 こちらの殲滅を優先してたら全滅……。いや、御堂だけは生き残りそうだな。


 とにかくこうして皆で帰る事は無かった。


 そんな中、前の席からイビキが聞こえてくる。


「忘れてたな、コイツのイビキと寝相……」


「そうだった……。こら、そんな格好で足を上げるんじゃ……、いでっ!」


 2列目が地獄の様相を呈してきたのを察し、刀は寝たふりを決めこむ。




「あはは、後ろが騒がしいね」


 助手席に座る御堂がいつもの調子で言う。


「運転の代行の分も払うから後で請求してね」


「いらん、俺を迎えに来る義務は無かったはずだ」


「まぁ、もしかしたら外練の復活とか観れるかなぁ、とか思っちゃったりして」


「あわよくば外練を横取り、の間違いだろ」


「あはは、そうとも言うかも」


 鉄はため息をつく。


 鉄の立場は御堂に雇われテラス会に強力するというものだった。


 その際に例の因果獣が封じられた刀をもたらしていた。


 あの刀で奪った人の命はそのまま封じられていた因果獣の糧となる。


 御堂はこれで中の因果獣を育てて佐渡の器にする事を提案した。


 具体的に言うと呪因師としてそこそこの実力のある教団天岩戸の残党、現テラス会の会員を餌にすれば効率が良いと言う話だ。


 もちろん笹上 総次はこれに反対し外練獲得のための作戦をたてた。


「半分も会員を犠牲にすればリスクをおかさずに佐渡 修吾様を復活させられたのにね」


「やはりお前とは合わんな……」


 誰に言うでもなく鉄は呟く。

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