第30話
「あの男と貴方が関わりあるかどうかは疑寄りの半信半疑でしたが、跡をつけて見るものですね」
「疑よりって言うのは間違ってもないかなぁ。この件に関わっているのは僕達だけじゃないないからねぇ。彼にしてもここまでフォローする義理でもないし」
なんともつかみ所の無い言葉が返ってきた。
しかし彼自身この場所に現れている以上、無関係ではないはず。
とりあえずこの拘束呪因は解こうと思えば解けるレベル。
スキを見て取り押さえるか。
紅音が考えを巡らせている中、林を抜けてくる人の気配がした。
「マスター?!」
林を抜けてきたのは蒼馬と瞳だった。
先の戦いで負傷した双羽と奏美、そして現場を指揮するため脇坂と縁は残った中、紅音が交戦していることに気づいた蒼馬(とアオマ)が援護に向かい瞳がそれを追いかける形となった。
「御堂……くん」
「やあ、深崎くん。元気だった?あー、僕のことは要って呼んでって言ったじゃん。僕も蒼馬って呼ぶからさぁ」
「ちょっと、よくもそんな口聞けたもんね。彼に何をしたか忘れたわけじゃないでしょ!」
瞳が2人のやり取りに割って入る。
「深崎くんも何であんな奴を君づけで呼んでるの。貴方の家族や友人の仇なんでしょ?」
瞳の言葉に応えない蒼馬。
アオマと紅音も何も言わない。
蒼馬が生まれたときからその中に居たアオマと蒼馬の魂の一部を持つ紅音は知っていたのだ。
あの事件さえ無ければ御堂 要という少年は、蒼馬にとって一番の親友であり唯一、心を許せる人物だったと。
龍瞳 瞳は心の機微が分からないような鈍感な人間ではないし自分の価値観を押しつけるような視野の狭い人間でもない。
蒼馬の態度から資料などでは伝わらない、彼と御堂の関係があると察しそれ以上は言わなかった。
瞳は御堂の方を向くと、
「御堂 要、あなたのした事は呪因管理局員として看過できません。大人しく拘束されるか力ずくで拘束されるか選びなさい!」
「えっ、なに、蒼馬の彼女?隅に置けないなぁ」
速攻で否定したかったがそれだと蒼馬を傷つけるのではと気づかい、
「違います、マスターの彼女なんかじゃありません。だいたい、たまたま事件で一緒に行動しただけで過ごした時間も短いし大して会話もしてないし全然マスターのタイプじゃないですし……」
「先に質問したのは私です。まず私の質問に答えなさい」
蒼馬を気づかった言葉の前に一切瞳を気づかわない紅音の発言が割り込んでくる。
「そもそももう一人のメガネの方のほうが親しげに話しかけてきますし……。いえ、あの方は距離感がおかしいところがありますから別に親しいわけではありませんし……」
「紅音さん、ストップストップ。今重要なのはそこじゃないから」
紅音の言葉のフレンドリーファイアが続く中、蒼馬がそれを制止する。
「ははっ、面白いねぇ。まるで嫉妬してるみたい」
『小僧、いい加減にしろ。これ以上話を引っかき回すな』
見かねたアオマが入れ代わる。
その言葉を聞いてふざけた様な態度だった御堂が真剣な表情になる。
「やあ、はじめまして。伝説の三凶の一人、呉林 蒼摩さん」
『単刀直入に言う。パンドラの箱を渡してお縄につけ』
「そうしたいのはヤマヤマなんですが何分色々と先約がありまして」
『大人しく従う気はないと?』
「結論から言わせていただくとそうなりますね」
『力ずくでの拘束がご所望らしいぞ』
そう言って戦闘態勢に入るアオマと瞳。
紅音も拘束されながらも足元の魔法陣を右足で踏み抜き破壊すると御堂に飛びかかる。
しかし御堂と紅音の間に、突如巨大な影が2つ現れ彼女の接近を阻む。
よく見るとそれは猛禽類の翼を生やした巨大な虎とコウモリの羽を生やした巨大な獅子だった。
「因果獣?!それも2体!!」
驚く瞳だったがその横でアオマが何やら険しい表情をしている事に気づかなかった。
「こいつ等は私が抑えます。御堂を」
そう言って紅音は2匹に対し爪弾を連射する。
因果獣達の体に埋った爪は、種から草木が芽吹くように、蔦のよう伸びて因果獣に絡みつき動きを止める。
「御堂!」
彼の名前を叫びながら駆け寄る瞳の前に立ちはだかる人影。
「させない!」
人影は足で地面を叩くとそれがせり上がり、波のようになって瞳を飲み込もうとする。
咄嗟に瞳も同じ様な呪因を使い地面の波を作り出すと相手のそれと相殺させる。
「今の呪因……!おねえちゃん?!」
割って入ったのは瞳の姉、
『龍瞳の娘?!いったいどうやってだまくらかしたんだ。このプレイボーイめ』
「イヤだなぁ、僕の誠実さに惚れ込んで彼女の方から力を貸してくれてるんですよ」
男2人のやり取りを横目に瞳が叫ぶ。
「お姉ちゃん、どうしてそんな奴に味方するの?そいつが何をしてきたのか知らないわけじゃないでしょ!」
「瞳、教えたはずよ。管理局員として現場に立ったなら例え何があっても、誰が相手でも容赦はするなと。今がその時よ。例え貴女にその気が無くとも私は
そう言うと夏穂は一瞬で瞳との距離を詰め、掌底を彼女の腹部に打ち込む。
苦痛を訴える間もなく倒れる瞳に蒼馬が駆け寄る。
纏のおかげでかろうじて息はある。
しかし最悪、死んでもいいぐらいの覚悟で撃った一撃なのだろう。
咄嗟に裏巡りを使って可能な限り彼女の受けたダメージを修復する。
(裏巡りを使った他者の治療法。基本は一通り教えたがここまでやれるのか)
アオマは手を貸さずに蒼馬の成長を見届けた。
『ここまで回復すれば大丈夫だ。気を抜くなよ蒼の字……?蒼馬!どうした!!』
瞳を治療した蒼馬がゆっくりと立ち上がり夏穂の方を見る。
その目はいつものどこかオドオドして、それでいて優しげな蒼馬の目ではなかった。
怒りとも悲しみともとれるその目は夏穂に向けられる。
「なにか……、何か理由があってこんな事を……。龍瞳さん……、死んでたかもしれないのに……」
「だから何?相手が何であろうと戦うなら覚悟を決めなさい。それができないならここから去るべきなのよ」
「覚悟……?覚悟があれば何をしても良いんですか?龍瞳さん……、妹さんに……、家族にこんな事をして……」
「何をしても良いとは思はないわ。それでも私はこの道を曲げる気はない。それを含めての覚悟よ」
夏穂には目の前の弱々しい少年が場違いに見えた。
『やめろ!蒼馬!!』
不思議な光景だった。
夏穂に襲いかかる蒼馬の口からそれをやめろアオマが言う。
蒼馬は夏穂の頭部を掴みそのまま地面に叩きつける。
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