第29話

「とにかく、その人をこっちにひきわたしてもらおうか。嫌だと言うなら力ずくで……」


「良いですよ。お持ち帰り下さい」


 強引に仕切り直したワンピースの少女に紅音はにこやかに応える。


 えっ?と戸惑う少女に、


「その方に用はありませんのでお持ち帰りいただいて結構ですよ」


 と、満面の笑みで言う。


 じゃあ、と言ってのびていた男を担いで車の後部座席に座らせ、自分も反対側の席に座ろうとしたところを大柄な男に無言で頭をはたかれる。


「馬鹿かお前は。このまま撤収したって跡をつけられるに決まっているだろう」


「やべーな。こいつの馬鹿がバレた」


 少年も呆れた様子で言う。


「なにさ!みんなしてバカにして!」


 そのみんなに敵と味方が混在している事が問題なのだ。




 少女が白いワンピースなのに対して男性陣2人は長袖の上着に長ズボン。


 ただし、少年は長袖の肘のあたりまで、大柄な男は肩までまくり上げている。


 半袖かタンクトップでも着とけばいいのにと思う紅音は安定の制服姿。


 ワンピースの少女が言う。


「お人形さん、それしか服持ってないの?」


「そんなわけないでしょ。何着もありますよ」


 そう言って自分の制服の胸のあたりをつまんで見せる。


「いや……、制服以外もってないのかなぁって……」


 しばしの間、


「特に支障はありませんから」


「無いんだね……」


「支障はありませんから」


 先程より強い口調で返してこの話題を終わらせる。




 見た目で判断するのは良くないのだが、ぱっと見大柄な男は肉弾戦主体の前衛型。


 先程の質量のある火炎弾を撃った少女は後衛型か。


 少年の方は分からないが前衛2人、後衛1人がバランスを考えると良い組み合わせなのだが。


 個々の能力は先程の男には及ばなそうだが、チームワーク次第でその強さが足し算にも掛け算にも割り算にもなるのが集団戦だ。


 横並びの3人の中で最初に動いたのは白いワンピースの少女だった。


 例の呪因、質量のある火炎弾に警戒する紅音。


 これに関してまず思いつくのが溶岩のような高熱を宿した物質だ。


 物質と火炎(熱)という2つの性質を持つ難易度の高い部類の呪因を使う少女。


 呪因に警戒する紅音だが少女の行動は予想外のものだった。


 少女は紅音に飛び蹴りを仕掛けてきたのだ。


 呪因主体で戦う呪因師は距離をとって立ち回るものなのだが彼女は違うのか?


 しかしこの飛び蹴りを見ても肉弾戦が特に優れているわけでもない。


 そもそも魔傀儡である紅音に身体能力で渡り合える者自体非常に稀だ。


 紅音は軽く蹴りをさばくと呪因に気をつけながら反撃の拳を打ちこむ。


 予想通り少女は拳を受けた腹部に纒を集中させたのを見てさらに力を加え、ダメージを通そうとする。


 しかし大柄な男が予想外のスピードで突っ込んで来るのが見え、紅音は後方に退くしりぞく


 男は両手両足から炎のような呪力を噴出して高機動を生みだしているようだ。


 おそらくあの手足での打撃にも噴出の威力が加わるのだろう。


 少年の方にも眼をやると自分の影から死神が持つような大鎌を取り出していた。


 大柄な男は少女を紅音から引き剥がす様に少年の方に放り投げる。


 少女と入れ代わるように少年が前に出る。


 どうやら少女の飛び蹴りは彼等にとっても予想外の行動だったらしい。


「この馬鹿、なんでお前が前に出るんだ」


「たのむからこれ以上、馬鹿さらさないでよ」


 男と少年が少女に言う。


 やはり最初に睨んだ通り少女は後衛型の様だ。


 先程の攻防で戦闘不能にできていれば、と少し後悔する紅音。


 大柄な男は確かに速く、突破力もあり油断はできないのだが何分動きが直線的なので読みやすい。


 次に男が突っ込んで来たところにカウンターを決めるつもりでいた紅音。


 しかし予想通り突っ込んで来た男の真後ろに付いてくる少年に気づく。


 まだ距離がある段階で少年が鎌を振るうと鎌の影が伸びるのが見えた。


 ギリギリ間に合うか。


 紅音は男の突進を紙一重でかわしながら右フックを顔面にお見舞いする。


 その殴った勢いにステップをプラスして男と共に殴り飛ばした方向に跳んで影との接触を回避する。


「初見で見切られてるし……」


 紅音の対応に少年がボヤく。


「あーっもう、ねらいが定まんない。ちょっと、じっとしててよ!」


 少女が炎の弓矢を構えているのだが、味方二人が邪魔でうまく狙えないようだ。


「バカ言うな。って、それ真っ直ぐにしか飛ばないやつじゃねぇか。俺達越しに狙えるヤツ使えよ!」


 どうやら例の呪因は曲げたり誘導したりはできないようだ。


 それなら仲間2人を盾にするように立ち回ればいい事になる。


 あの少女が癇癪をおこしたりしなければ……。


 少年が鎌を地面に突き刺すとその影が7つに増える。


 大柄な男は倒れており、殴った感触からもしばらく戦線復帰は無い。


 少年の方もそれを察した上での影7つと考えると、多分向こうからしたらここが正念場なのだろう。


 紅音のデータベースには大鎌の呪因具の情報が入っておりその内のいくつかが該当した。


 しかし、全ての呪因具の情報を持っていると過信するのも危険なのだが本来、別の形状の呪因具を改造している可能性もある訳で、やはり攻撃を受けずに対処するのが正解だと紅音は判断していた。


 伸びてくる影めがけて爪弾を撃ち込み、同時に反対側の手で手刀をつくって振りぬく。


 爪弾を食らった鎌の影は完全に動きを止め、焦るまもなく飛んできた手刀の斬撃を受ける。


 倒れる少年の視界に入ってきたものは、何かに縛られもがく少女の姿だった。


 少女を拘束していたのは紅音が伸ばした髪の毛で、爪弾、手刀と同時に仕掛けていたものだ。


 とりあえずテラス会の裏で動いていた人物達を捕らえることができた。


 そう思っていた紅音の動きが止まる。


「体が動かない?!これは拘束術。それもかなり強力な!!」


 見れば紅音の足元に魔法陣のようなものが現れ、紅音の動きを封じていた。


「やれやれ、キレイに全滅しちゃったね」


 紅音の中の蒼馬の魂が反応する。


「この声は……」


「まぁ希代の魔傀儡師、海凪 鈴音ウミナギ スズネの最高傑作が相手じゃしょうがないかな」


 いつの間にか少女達が乗ってきた車の影に

佇む少年。


御堂 要ミドウ カナメ……」


 紅音は噛み締めるようにその名を口にする。

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