第22話

 呪因施設の調査を専門のチームに任せて、脇坂達は仁井家に急行する事になった。


「ちょっと、何で蒼馬さん達が一緒なんですか?これは管理局員のお仕事ですよ!」


 来たときと同じようにミニバンの2列目を選挙する蒼馬(アオマ)と紅音に文句を言うのは龍宮 双羽だ。


『顔見知りのいないあの場所に置いて行かれても困る。まぁ、邪魔はしねぇから安心してお仕事に励め』


 アオマが返すと、


「私はマスターから離れるつもりはありませんので」


 と、紅音が続く。


「邪魔をしない、じゃなくって手伝うぐらいはしてください。働かざるもの乗るべからずです」


『働きならさっきしたろう。お前の一生分ぐらい』


 双羽の反撃をカウンターで返すアオマ。


 ぐぬぬぬっ、となる双羽にさらに追い打ちをかける。


『まぁ、気が向いたらチョッカイを出してやるよ』


 むきー!!っという双羽の絶叫が車内に響きわたる。


「挑発し過ぎです。龍宮さんもそのテンションじゃついた頃にはヘトヘトですよ」


 両耳をふさいだ紅音が呆れた様子で二人をたしなめる。


「龍宮うるさい」


 同じく両耳をふさいだ縁が注意する。


 瞳は何も言わなかったが、本心は双羽と同じだった。


 以前、蒼馬に言ったとおり彼女は彼が呪因絡みの事件に首を突っ込むことを良くは思ってなかった。


 ただ、泉田小班の事も気がかりな彼女は出発時、その事で揉めて時間を浪費するのを嫌い、あえて黙認したのだった。


 脇坂は泉田兄弟が最初に駆けつけられるタイミングで事がおこった事を危惧していた。


「できるだけ急いでくれ」


 ハンドルを握る奏美にそう伝えると。


「わかっています。泉田小班が早まらなければいいのですけど」


 ここで言う早まるとは増援を待たずに調査に入る事で奏美も罠の可能性を考えていた。


『仁井家に封印されている因果獣っていうと……』


外練ゲレンですね。わかっているだけで25人の呪因師と2000人以上の一般人を捕食したといわれていますね。復活した際の危険度はA以上。最低でも県本部案件ですね」


 記憶をたどるアオマの横でスラスラと情報を口にする紅音。


「アオマおじいちゃんは無理しなくてもいいんですよ」


 先程のお返しとばかり煽る双羽。


『うるさい大娘。このクラスの因果獣はあちこちに封印されているから思い出すのが大変なんだ』


「二人ともチョット黙って……」


 また争いがはじまるかと思いきや、紅音が真剣な表情でそれを制止する。


「戦場は一つ、4対1です。離れた所にもう一人。これは戦場から離れていってますね」


「状況が分かるのか?!」


 4対1の4というのは泉田小班の人数と合う。


 自分の考えすぎだったか?


 脇坂がそんな事を考えているとアオマが口を開く。


『たしかに4対1プラス1だな』


 アオマも遠くの戦場の状況が分かるようだ。


 「またまたお姉様のマネして」と茶化そうとする双羽だったが次のアオマの言葉で表情が変わる。


『4対1の1の方は水術の使い手だな。まぁまぁの使い手だ。4の方は炎獣使い、槍使い、もう一人はおそらく炎術士なんだろうがまともに炎で勝負するタイプじゃねぇな。最後の一人はこの戦場で一番の手練だな……。ん、こいつ面白いモン持ってるな。逃げてる女は……、呪符を使うのか』


 アオマの言葉を聞いて車内の管理局員達が青ざめる。


 脇坂の危惧したとおり泉田小班は非常に危機的な状況にあるようだ。


 突然、紅音がミニバンのドアを開けて外に飛び出す。


『行くのか?』


「はい、かなり危険な状況のようですので」


 ミニバンと並走する紅音とアオマがそうやり取りをすると、紅音は速度を上げ一気にミニバンを引き離す。


 紅音の背中をポカンとしながら見送る脇坂の後ろでアオマが呟く。


『この水術師、腕は悪くはないんだが自分の戦術を崩されるとテンパるな』


 光二の方か。


 もし生き残っているのが兄の光一ならば4対1でもしのぎきれる可能性はあった。


 いや、光二はおそらく呪符を使う女こと安曇 里穂を逃がすために体を張っているのだろう。


 何とかこの二人だけでも助けたいと脇坂は願った。


『あぁ、敵にも考えるより決断しろとか言われてる』


 やっぱり光二だ。


 脇坂は確信した。




 仁井家、駐車スペースを前に里穂は足止めをされていた。


 炎の蛇に囲まれ、必死に呪符で応戦していた。


 自分と光二が戦っていたときは一度に2〜3体しか炎獣を出してこなかったが、この蛇は倒した分も入れると20体以上はいる。


 サイズの小さい炎獣ならばたくさん出せるのか、それともあえて数を抑えていたのか。


 考えを巡らせる里穂の足元から突然モグラの炎獣が現れた。


 とっさに手に持った呪符から逆手方向に光の刃を伸ばし対処する。


 が、モグラの飛び出してきた穴から出てきた炎の蛇が里穂の右足に絡みつく。


 思わず声をあげる里穂。


 炎の蛇は火傷を残して消滅したが機動力を奪われた里穂は応戦虚しく両腕を焼かれ事実上、詰んでしまう。


 呪符を握る事もできず、残った左足で体を奥におしこむようにして逃げる事しかできない。


 死ぬのはもちろん怖い。


 けどそれと同じくらい、身を挺して自分を逃した光二に対し、申しわけない気持ちでいっぱいだった。


 目をつぶって最後の時を待てばいくぶんか楽に終わりを迎えられただろう。


 だが彼女はそれを良しとしなかった。


 目の前の炎獣たちを睨みつけ無様とも取れる抵抗を続けた。


 刹那、どこかから飛んできたナイフ状の物が蛇たちを貫いた。


 あっという間に蛇は全滅し、呆気にとられている里穂。


「脇坂さんに頼まれて来ました。敵ではありませんよ」


 背後から聞こえてきた声にビクッと体を震わせる里穂。


 いつの間にか彼女の背後に立っていた紅音は自分の爪を伸ばしてみせる。


 先程飛んできたナイフの正体がその爪だとなんとなく察する。


「ちょっと我慢してくださいね」


 そう言うと紅音は爪を焼かれた両腕と右足に撃ち込み、それは焼かれた部位を修復する。


「あくまでも応急です。後できちんと見てもらってください」


「ありがとうございます。あの、まだ奥に同僚が……」


 言いかけた里穂に自分のスマホを渡す紅音。


 スピーカーからは聞いたことがある声が聞こえてくる。


「脇坂班長!」


「里穂ちゃん、無事だったか」


「私が先行します。貴女は脇坂さん達を待ってください」


 大人しく紅音の指示に従う里穂。


 応急処置で一応動ける彼女の本心としては自分もついて行きたかったのだが、足手まといになるのは分かっていた。


「お願いします」


 と必死に言葉を絞り出す。

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