第19話
戦闘がはじまった。
ガタイのいい男こと炎獣使いの男が撫でるようにかざしていた左手の人差し指で里穂達を指し示すと左側にいた炎獣が走り出し里穂に襲いかかる。
同時に男は右手を里穂達の方にかざし、右側の炎獣が炎を吐く。
光二は周囲の霧を収束させ渦巻く水の円盤を作り吐かれた炎に対処する。
迫りくる炎獣の攻撃を光の刃で受けると、里穂の左手の指に挟まれていた呪符からも刃が伸びそれを炎獣の顔面に突き刺す。
怯んだ炎獣の脇腹を攻撃をしのぎフリーになった水の円盤が切り裂き炎獣は消滅する。
間髪入れず、もう一体の炎獣が突っ込んできたが光二はレーザーのような水流を発射しバラバラにする。
まずいぞ。
それがこの攻防で得た光二の感想だった。
とりあえずは互角の様だがまだ向こうは剣を持った男を温存している。
兄か鱗が加勢してくれないと苦しい状況だ。
そして炎獣使いの男は胸の高さで手をかざす。
おそらく先程のよりも大型の炎獣を繰り出すつもりだと予想する。
幻術使いの男は防戦一方だった。
光一の周囲には野球のボールほどの大きさの水の球が複数浮いており、周辺の気配を感知して発射される。
これに光二が直接発射する水弾があり、2種類の攻撃をしのがなくてはならなかった。
幻術使いは幻以外にも五感に働きかけ感知能力を欺く呪因を持っていた。
これを応用し偽りの気配を生み出しスキを作ろうとしたのだが、水球の方は欺けず、追い詰められていた。
光一もそれを理解しており、他の敵が幻術使いに加勢してくるのを警戒していたのだが、その様子が全く無い。
そこから想像した敵の考え。
この男の目的は自分を足止めする事では。
ならば早急に決着をつける必要がある。
「出でよ、水龍」
泉田家秘伝の式神、水龍を起動させた。
式神とは呪因で作られた疑似生命体。
自動で動き、程度に差はあれ状況に合わせた行動ができる知性のようなものを持っている。
炎獣使いの炎獣や紅音のような魔傀儡もこの式神に分類される。
泉田家に伝わる水龍は非常に高度な部類に入る式神で、複数存在するものの所有者は厳しい審査によって決まる。
水龍は幻術使いの方に向かい、水弾を撒き散らす。
幻術使いはそれを必死にしのぎながら広範囲に幻術を展開させる。
光一はこの行動に違和感を感じながらも決着を急ぐ。
「先に切り札を切ったな」
幻術使いはほくそ笑み閃光を放つ。
それは水龍を貫通し光一を貫いた。
「斬空火魔居太刀」
火力を斬撃の加速に使う技で威力、剣速を上昇させる。
鱗が放った斬撃を槍使いの男はかろうじて受ける事ができたがそのまま後方に吹っ飛ばされる。
このまま水野1級管理士が槍使いを倒せば加勢が期待できる。
とにかく今は炎獣使いの攻撃をしのぎきることだ。
しかし気になるのは兄の方の戦況。
先程から幻術に阻まれて様子が分からない。
たとえ相手が幻術のスペシャリストだったとしても、兄には水龍や水球といった姿を見せない相手にも有効な呪因がある。
そんな油断が光二にはあった。
「鱗!」
聞き慣れた声が光二の耳に入る。
いつの間にか鱗のそばまで来ていた光一が彼女に話しかける。
「1等、そちらは決着がついたのですね」
鱗は光一の方を見ず反応を返す。
「ああ、そしてこっちもつく」
そう言って彼は隠し持っていた短剣で鱗を刺す。
大勢は決した。
光一の姿を借りた幻術使いによって致命傷を負った鱗は槍使いの追撃で絶命した。
絶望の中、光二すぐさま撤退を決め里穂に逃げるように指示を出した。
「2等は?!」
という里穂の質問に、
「ここで足止めをする。里穂さんはここで起きた事を支部に伝えてください」
管理局員の序列は階級、局員としての活動期間、管理官か管理士かで決まる。
光二と里穂は階級は同等で同期であるため、管理官である光二が指揮をとる事になるようなる。
「でも、」
と何かを言いかけた里穂をさえぎり、
「行くんだ」
と、静かに光二は指示を出す。
里穂は黙ってその場から走り去る。
それを見た炎獣使いは上空に火の玉を放つとそれは鳥の姿になり、里穂に迫る。
同時に光二は片膝と両手のひらを地面に付ける。
すると光二の周囲に複数の水柱が噴き出し、霧が立ちこめ、その水柱の一つが炎の鳥を撃ち落とす。
今、自分がやらなければならない事は時間稼ぎ。
だが、最初から守りに徹すれば相手に力で押し切られてしまうだろう。
攻撃をしつつ守りを重視して足を止めるしかない。
思えばある時期から兄の補佐を努めることに徹し、補助的な呪因を中心に習得するようになった。
泉田家が受け継ぐ水龍。
複数体存在し、現在でも式神を担当する一族、一門の者達により新たな水龍が造られている。
それでも決して数の多くない水龍を与えられる者はごくわずかで光二はそれに選ばれなかった。
泉田家の水龍継承の候補者は一度は資格なしとされ、その後の姿勢で審査される。
光一は最初の審査に落ちた後、水龍に代わる強力な攻撃呪因の習得にはげみ、継承資格有りと認められ水龍を与えられた。
一方の光二は補助的な呪因ばかりを習得し補佐役的なものを目指したため、消極的と判断され継承資格無しとなった。
後にその真実を知ったが自分はその器では無かったと笑って受け入れたがそれを見た兄の表情は険しかった。
今なら兄のあの表情の意味がわかる。
いざ、単独で敵と相対したとき補助的な呪因では倒す事も時間を稼ぐ事もままならない。
補佐に徹するにしてもいざという時に戦える切り札的な呪因が必要。
管理局員として活動するようになって思い知った。
自分に強力な呪因が無いと分かれば総掛かりで仕留めに来るか、ふた手に別れて里穂を狙うだろう。
水柱か水弾を発射し、水溜りに自身の姿を写し敵を惑わす。
ここまでが守り。
炎獣使いの男は熊のような炎の獣を生み出すとそれが立ち上がり水弾をしのぐ。
「水を使った幻術か。対抗してみるか?」
と槍使いの男が幻術使いを煽る。
「幻術に幻術なんていうのは時間の無駄だ」
剣を持つ男が言う。
これから使う呪因はスキが大きいため、そこをつかせないための幻影水鏡であり水弾による牽制だった。
光二は意を決すると水柱達は光二の上空まで伸び、一つになり巨大な水球を形造る。
そこから水柱が槍のように発射され敵である4人に襲いかかる。
「威力はありそうだが遅いな。牽制用の呪因だろう。各自で対処しろ」
剣を持った男がそう指示を出す。
4人は四方に散り水柱の直撃を回避する。
そこを異なる方向から飛んできた水弾が襲う。
槍使いと幻術使いは回避し炎獣使いは新たな炎獣を生み出し盾にする。
その中で剣を持つ男は微動だにせず水弾を受ける。
「おい?!」
攻撃をノーガードで受けた仲間に炎獣使いが声をかける。
が、水弾は男をすり抜けていく。
「まぼろしか?!」
槍使いが叫ぶと、
「これも牽制」
冷静に状況を語る剣を持つ男。
おそらく次あたりで本命の手を打ってくると読んでいた剣を持つ男は、わざとまぼろしの水弾を受けることで牽制が機能していない事をアピールし、揺さぶりをかけた。
「爆槍陣だ」
剣を持つ男は槍使いに視線を送り、そう指示する。
槍使いはその言葉を聞くと手に持った槍を回転させはじめ、そのまま飛翔すると着地と同時に槍を振り下ろす。
と、同時に爆風が巻き起こり立ち込めていた霧を吹き飛ばす。
すると巨大な水流の後方でそれを発射せんとする光二の姿があらわになる。
まぼろしの水弾が見破られた事から大技の使用をためらってしまったため、槍使いにその大技を使われこの戦いの主導権を失ってしまった光二は自分の甘さを呪った。
次の瞬間、腹部に痛みが走る。
幻術使いの放った閃光が水流を貫通して光二を貫いたのだ。
「戦いに必要なのは思考の瞬発力。それは考える事ではなく決断することだ。お前にはそれが無い。攻める、守る、退く、惑わす、絶えず行動する事だ」
剣を持つ男の言葉が刺さる。
常にそういったいたらない部分を兄や他の仲間に助けてもらっていた。
そもそも一人でこの敵の相手をできる器ではなかっのだと思い知った。
戦意を喪失した光二に炎獣が、槍使いの大技が、幻術使いの閃光が襲いかかる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます