第14話

「ここです」


 蒼馬と紅音は凍牙に連れられて古いビルの一室に来ていた。


 目的は通称シスターことミサキに会うため。


 日本のどこかにいる彼女に会うには彼女に認められた仲介人に案内してもらわなければいけない。


 この場合は凍牙がそれにあたる。


 ミサキの指示どおり移動することで彼女の元にたどり着ける。


 部屋に入ると同時に感じる違和感。


 おそらく別の空間にとばされたのだろう。


「よく来たね、坊やたち」


 目の前に修道女風の衣装を身にまとった女性が現れた。


 見た目は二十歳前後。


 最初に会ったときはジプシーの占い師のような衣装だったが以降、会うたびにOL風、セーラー服、巫女服、アイドル風と毎回違う衣装で現れるため紅音が、1人コスプレショーと称した。


『天岩戸、教団の方の天岩戸について知りたい』


 そうアオマが伝えると、


「それなら県北支部に話を通しておいてやるよ」


 とミサキは応える。


 10年前、教団天岩戸に関わったのはこの某県の北に位置する支部だった。


 そこに行けば管理局が保有する10年前の事件の大体の情報が手に入るとの事だ。


 しかし、


『管理局の情報もそうだが、お前が持っている情報も欲しい』


「欲張りだねぇ」


『色んな視点の情報が欲しい。その魔傀儡の持っている情報も貰った』


「あの子の事になると目の色が変わるねぇ」


『そんなんじゃねぇ、ただあいつが付けたケジメを台無しにするような真似は看過できねぇ』


 ミサキはタメ息をつくと、


「いいさ、教えてやるよ。坊やが死んでる間に何が起きたか」




 一般的に呪因師と呼ばれている呪因を操る者たち。


 大きく2つに別れており、呪因を深く理解し、新たな呪因の創造や解析、解呪、研究に比重を置く呪因師。


 呪因の理解は浅いが、呪因や呪因具を使いこなすことに特化した呪因使い。


 同じように管理局員も呪因師を管理官、呪因使いを管理士と呼ぶ。


 管理局員には階級と役職があり、前者は個人の評価、後者は組織内での役回りを意味する。


 階級は管理官は〜等、管理士は〜級であらわされ、下から3〜1等/級、上等/級、特別上等/級、甲等/級となっている。


 役職はヒラから、小班長、班長、上級班長、副部長、部長となっており、ここで言う部長、副部長とは支部長、都道府県本部長にあたる。


 管理局員は基本的にペアで行動し、班も複数のペアから成り立つ。


 一班20人ほどの局員が所属し、状況によっては小班長が4〜6人ほどの小班を率い、複数の班が連携するときは上級班長が総指揮を取るのが一般的だ。


 10年前、天岩戸の調査を続けていた班の班長は県北支部だけでは対処できないとし、県本部や他支部への増援を要請するよう上層部に進言した。


 しかし増援要請は認められず、初期の誤った調査資料を信用し、強制管理という実力行使を執行し、多くの殉職者をだした。




 県北支部、脇坂班班長、脇坂 大樹ワキサカ ダイキ


 年齢は50歳で五分刈りで髭面、サングラスをかけた強面こわもてで身長は175cmほど。


 白いYシャツに黒いズボン。Yシャツは肘の上までまくり上げていた。


 階級は特別上級管理士、役職は上級班長。


 10年前の一件で苦い思いをした一人である。


 ある人物に教団天岩戸に関する資料を開示せよという根回しを受け、当時の事を思い出していた。




 脇坂大樹には当時、弟子ともいえる部下の男がいた。


 篠塚 貴生シノヅカ タカオ、当時24歳で階級は2級管理士。


 十数年前、2つ下の妹を呪因がらみの事件で失い、それを理由に管理局に入った。


 教団天岩戸の強制管理執行の当日。


 多くの犠牲者を出した管理局側だったが、その犠牲者の中に篠塚貴生もいた。


 脇坂とコンビを組んでいた篠塚だったが共に腕に自身のある2人はそれぞれ別の戦闘に加勢していた。


 とある大地主が寄付をしたといわれる山とそのふもとの広大な土地。


 教団本部はその山の中にあった。


 


「……貴生?!」


 地面に横たわる篠塚貴生を見て、そう叫びながら駆け寄る脇坂。


 彼だけではない。


 彼が加勢した班員達も物言わぬ状態で散乱していた。


 20人からなる班と当時支部内でも若手のエースと呼ばれていた篠塚貴生。


 この戦力を掃討した「敵」。


 個人なのか集団なのかはわからないが相当な強敵だ。




「傷はふけぇぞ、言い残すことがあるならとっとと言え!」


「……ザカさん……、こんなときでもあいかわらずっすね……。特にねえッスよ。一応後悔しないように生きてきたつもりッスから……」


「わかった!俺が適当にでっち上げておくから安心しろ」


「いやそれ……、ぜんぜん安心できねぇスッから……」


 胴体に大小複数の穴が開けられ、手足も吹き飛んでいる貴生。おそらくもう助からないだろう。


「今朝ね……、いつもの夢を見たんです。妹の、美生ミオの夢を……」


「妹ちゃんのか……」


 貴生が小学5年生の頃、美生は3年生。


 昔から学校に行くとき、美生はよく帰ってきたら一緒に遊ぼうと貴生に一方的に約束していた。


 貴生が中学年ぐらいまではそれに応じてたが、だんだんと煩わしくなり、すっぽかす事が多くなった。


 そんなときは家に帰るとふくれっ面の美生が出迎え、文句を言われるというのが日常だった。


 しかしその日は美生は帰っておらず、最終的に警察に捜索を依頼することになった。


 その数ヶ月後、警察官と共に呪因管理局の局員と名乗る者たちがやってきた。


 呪因の存在というのは一般人には秘密にされており、管理局もまた同様の存在だ。


 だが、例外がある。


 それが呪因による被害者当人、犠牲者の遺族には呪因の存在が公表される。


 これは下手に隠すと関係者が二次被害にあう可能性があるためである。


 自身や身内に起きた不可思議な、もしくはおぞましい出来事を深追いして巻きこまれる者、疑念をいだく人間を騙して利用される者がいるからだ。


 呪因管理局は発見された遺留品や血痕から彼女はもうこの世にはいないと結論を出し、それを伝えにきたのだ。


 両親は泣き崩れ、下の妹は状況を理解できずポカンとしていたのを貴生はよくおぼえていた。


 貴生はその日から呪因管理局に入る事をめざし、中学卒業後訓練学校に入り、管理士になった。


 一般に公表されていない管理局への入局者は古くから呪因に関わる一族、一門以外ではその存在があかされた被害者や遺族達で占められる。


 そして脇坂もまた、彼と似たようなモノだった。




「ただ今朝の夢はいつもと違ってたんッス……。いつものは美生とよく遊んだ公園で、当時の姿のアイツに怒られたり泣かれたり笑顔で俺のところに駆け寄ってきたり……。でも今日のは……、実家に帰ると二十歳ぐらいの女がいるんッスよ。俺はすぐにそれが美生だってわかったんッス。アイツすごく悲しそうな顔してたな……」


「そうか……。きっとこうなるのがわかっていて悲しんでたんだな……」


「どうッスかね……、俺がそっちに行くのが嫌だったのかも……」


「バカヤロウ……、んなわけあるか……」


 二人は楽しそうに、少し悲しそうに笑う。


「ザカさん……、すいません……、俺……、先に上がらせてもらいます……」


 程なくして動かなくなる貴生。


「……おつかれさん、妹ちゃんと仲良くしろよ……」


 脇坂がそう呟くや否や、


「ザカさーん、?!貴生先輩‼」


脇坂を呼ぶ声の主、日野 淳ヒノ アツシは変わりはてた先輩に駆け寄る。


「淳、篠塚貴生殉職。情報の共有を……」


「あっ、はい。……あの一応、現時点で殉職者は25名、貴生先輩ふくめて26名になります」


「ここに居た班も全滅みてぇだからもっと増えるぞ。気ぃ抜くなよ」


 一瞬驚くもすぐに、はいと応える淳に対し、


「全員西側に退却させる。態勢の立て直しと情報の整理、そして本部、他支部への増援要請だ」


 了解し通信機で連絡をとる淳。


「これだからグラサンは手放せねぇんだよ……」


 一人呟く脇坂は天をあおいだ。




 あの日を思い出して天をあおぐ脇坂。


「お茶です」


 落ちついた女性の声。


 紺のスーツにアップにした髪型。眼鏡をかけた大人の女性がデスク正面に立っていた。


「おうっ、あんがと」


 そう言って出されたお茶に手をのばし、チラリと女性の顔を見る。


「何か?」


 と返す女性に対して、


「いや何でも……」


 と答える脇坂。


 会釈をしてそこから立ち去る後ろ姿にこう呟く。


「兄ちゃんの歳、越えちまったな」


 女性の名は篠塚 奏美シノヅカ カナミ、28歳、2級管理士。


 篠塚貴生の下の妹である。


 呪因とはよく言ったモノだな。


 のろいみてぇに周囲を巻きこんでいきやがる……。


 そんな事を考えながらお茶に口をつける。



 






 


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