第12話

 半世紀ほど前。


 この地域……、この県と隣接する他県も巻き込んだ大きな争いがあった。


 この世界そのものの転覆てんぷくをはかった呪因師がこの近辺を拠点としていたために起こった争いだ。


 呪因師の名は根根森 神人ネネモリ カムト


 呉林 蒼魔クレバヤシ ソウマともう1人、


 幻夜ゲンヤと名乗る呪因師、


 この3人を合わせて五大家や呪因管理局は三凶と呼んでいた。


 ぞくに言う神人の乱、


 この乱のためにこの地域では入念な準備がされていた。


 その一つが今でも全容が明らかになっていない数多あまたある地下施設だ。


 この地下施設。


 見つけだしたものに限ればそのほとんどが呪因の因の役割を担う存在とされている。


 かつて神人が語ったとされる世界の転覆。


 そのために必要とされた呪因の一部というのが管理局の出した結論だった。


 今ここにいる地下施設もその一つと瞳や双羽は考えていた。




「僕の解釈はちょっと違うかな」


 そう、英司は言う。


「今日、この施設に入って、20体以上の因果獣いんがじゅうと遭遇した」


 それを聞いた一同に戦慄が走る。




 因果獣とは、


 呪が飽和状態のとき、何らかの因と結びついて生まれる、言わば自立した呪因である。


 因果獣が存在するためには呪を補充する必要があり、そのために人を襲う事がある。


 これらの討伐も呪因管理局の仕事の一つだ。


「あくまでも仮設だけど、この施設は因果獣を生み出すための物だったんじゃないかな」


 呪とは想いのこもったエネルギー。


 呪因師ではない普通の人間でも無意識のうちに発している事がある。


 学校のような人の集まる施設の地下に、そんな物を作れば確かに意図的に因果獣を量産できるかもしれない。


「そもそも解析された地下施設からも、神人がどんな呪因を発動させようとしていたのか全くわかってないしね」


 今いる地下施設の存在は瞳達も以前から気づいていたが、御堂の一味が利用している可能性があったため、他の調査を優先しこちらを後回しにしていた。


 迂闊うかつに踏み込み、御堂一味との戦闘がはじまってしまうのを先送りにするため、あえて今日まで触れてこなかった。


 たしかに呪因の研究、実験などがおこなわれていた施設などでは因果獣の発生率が高くなると言われていたが、意図的にそれを生み出すというのはかなり呪因師の常識から外れる行為だった。


 因果獣は自立した存在であり、それを従えさせるというのは容易ではなく、呪を操る呪因師は因果獣にとって格好のエサでもある。


 呪因管理局と敵対する呪因師が管理局員と協力して因果獣を討伐するという話もあるくらいだ。


「まぁ、たしかに大量の因果獣を解き放てば世界はメチャクチャになりますよねぇ」


 箱の中で双羽が言う。


 英司の壁は音を通すようでさっきから普通に会話ができている。


「それにしても……、よく20体も因果獣に襲われて無事でしたねぇ。センパイ、弱くはないですけどあんまり効率の良い戦い方じゃないですぐゎゎゎゎ?!センパイ!タンマタンマ!これ以上小さくしないででででっ‼」


『まぁ、ヤツが作った施設自体、大地の龍脈を制御する造りになっているからな。色々と応用できる上に副産物の一つや二つあるだろうな』


 アオマが口を開く。


「それが半世紀前の乱の生き証人の感想?」


『いや、今のは御堂達についてだ。神人のやろうとしたこ事ならだいたいわかる』


「っていうか、生きてませんしぃたたたたっ?!」


 余計な茶々を入れてまた箱を小さくされる双羽。


『これは当時、咬牙コウガ牙炎ガエンに話したんだか伝わってねえのか。因果獣が発生する直前の状態。コレを人間に重ねて1段階上の存在にする。ヤツはこれを神化しんかと言ってた。要は世界中の人間を神化させれば無益な争いが無くなると信じたやがったのさ』


 理解が追いつかない瞳と双羽。


「つまり、世界中の人間を改造する呪因って事?」


『その解釈で間違いない』


 英司とアオマの会話でようやく理解した瞳、そして双羽。


「全人類の改造って、世界征服でもするつもりだったんですか?!根根森神人は‼」


『アイツにそんな野心なんかぇよ。アイツは誰よりも人間を愛し、人間に絶望した。そんでどうしても愛したいと願った。だからまた愛せるように全人類を神化させようとしたんだ。』


 双羽の質問に答えるアオマ


 そして理解する必要はえよ、と言いこの話題を打ち切る。


『神人の野郎は自分が死んだら全ての施設の機能が停止するように細工をしていた。本来なら因果獣が量産されることも無かったんだろうが……』


「御堂ですか」


 という紅音の言葉に、


『利用価値の高い施設だからな。現に今、対価抽出に使われかけた。これだけの呪因施設なら何でもとはいかないが大抵のことならできるだろ。この施設の用途から神人の目的を調べようってのが無茶な話なんだよ。戦いが長びけば、神人も神化以外の目的で使ってたかも知れねぇしな』


 なるほどと納得する瞳。


 この施設自体が強力な呪因具だと解釈した。




 施設の話しが終わり、紅音は自分が戦った呪因師が勇司の身体を使っていた事と、彼を無事解放したことを伝えた。


 中の良い友人が操られていた事に心を痛める蒼馬。


 こうなる事がわかっていた紅音は勇司の事を伏せておくつもりだったのだが、英司が全て話してしまった。


「センパイってそういうところ、デリカシーがっ……、っやめててててぇっ?!」


「あんたもいい加減茶化すのやめなさい」


「紅音さんも龍宮さんも気にかけてくれてありがとう。でも大丈夫だよ。遠藤くんも無事だったんだし。ちゃんと話してくれてありがとうございます」


 アオマから戻った蒼馬が英司に頭を下げる。


「こういう情報はキチンと共有しておかないとね。知ってれば避けられた事故を起こす場合もあるから」


「それで、遠藤くんは?」


という瞳の質問に、


庸助ヨウスケが外に連れ出して管理局傘下の病院に向かっているはず」


「あ〜、やっぱり庸助センパイが一緒だったんですね〜」


「龍宮まだまだ余裕だな」


 英司が壁を操るような素振そぶりを見せるとまだ何もしてないのに、


「いだだだだだ?!」


「まだ何もしてないよ?やっぱり余裕だね」


 英司がそう言うと箱が一気に小さくなる。


「?!」


 一切のリアクション無しで絶句する双羽。


「本当に苦しいときって声も出ないんだよね」


「セ、センパイ、そういうのは敵とかに言ってください……」




 少し前まで戦闘がおこなわれていた校舎の4階トイレ。


 そこで目覚めた一人の男、蒼馬の同級生の一人である尾形 聡オガタ サトシは、


「クソッ」


 と言葉を残してその場から立ち去る。


 まだ伸びている仲間を残して……。


 邪気のような遠隔操作型の呪因は、操作対象がダメージを受けると使用者にも何らかの影響がでる。


 高度な呪因ほどこの影響を抑え、逆に邪気のような誰でも使える低難度の呪因はダメージがそのまま使用者にきたりする。


 聡は最初の男子生徒を操った邪気の使用者で、瞳に封印されて最初に気を失ったため、最初に意識を回復していた。


 




 とある民家のリビング。


 その床に転がる一人の少女。


 長い黒髪、白いワンピース。


 椅子に座って本でも読んでいれば、清楚なお嬢様に見えなくもない。


 しかし今は、白目をむいて若干がに股気味で大の字になって気を失っている。


「うわっ?!グロ注意‼」


 リビングに足を踏み入れた男が転がる少女を見て警告を発する。


「おせぇよ……。とっくに視界に入ってるっての」


 後から入ってきた別の男が言う。


「ちょっと君たち、このお姉さんがこんな状態なのになんで何にもしないのかな」


 リビングの奥に向かって叫ぶ男。


 リビングの奥


 そこには大型のテレビがあり、その前に置かれたソファーに小学校中学年くらいの男の子と女の子が座っている。


 女の子はじっとテレビを見ており、男の子は手に持った携帯ゲーム機をイジっている。


 女の子はのけぞるようにして声の主の方を見ると、


「揉むだけもんでめくるだけめくったからもういい」


 そう答える女の子に男は、


「さいですか……」


 と返す。


 もう一人の男が白目をむいている少女のほほを叩いて目を覚まさせる。


「ん?!ん〜、ん?ああ、おはよ〜」


 寝ぼけているような反応が返ってくる。 


「何があった」


 男が少女に尋ねると、


「いや〜、例の魔傀儡ひと目見たくて」  


「アレと戦ったのか。そしてかえりうちにあったと」  


「まぁ、そんな感じ……」


 男はふうっ、と深いため息をつくと、


「ここを引き払うぞ、急げ」


 そう言って荷物をまとめだす男。


 少女がくらったのはおそらく呪詛返しのたぐい


 それをたどってこの隠れ家がバレる可能性があるためここを出る決断をしたのだ。


 のけぞったままの状態で、


「え〜?!」


 とブーたれる女の子。


「面目ない」 


 と悪びれてみせる少女。


 そんなやり取りの中、ゲーム機をいじる男の子。


 黙って遊んでいるのかと思いきや、チュインチュイン、と何かを発射するような擬音を口ずさみながら携帯ゲーム機にテレビのリモコンを攻撃させていた。


「ゲーム機で遊ぶってそういう意味じゃねぇから……」


 そう言ってもう一人の男は片付けを手伝いだす。




 瞳達とわかれて帰路についた蒼馬と紅音。


 自宅が見えてきた頃、紅音が何かに反応するが、気にする素振りもなくそのまま帰宅する。


 自宅のドアを開けるとそこには黒川 凍牙クロカワ トウガがいた。


 すでに彼の存在を感知していたと思われる紅音は気にするようなこともなく、ドアを閉める。


「すいません、中で待たせてもらいました」


「その格好でうろつかれると目立ちますからね」


 苦笑いの凍牙。


「それで御堂の情報なんですけど……」


 本題に入る


「この地域で10年ほど前に活動していた教団、『天岩戸あまのいわと』。その残党勢力が御堂と接触したようです」


『天岩戸?!』


 その単語を聞いた蒼馬の中にいるアオマが反応する。


 その名は半世紀前、神人達が名乗った組織名でもあった。

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