第10話

 違う。


 蒼馬の姿を見た瞳と双羽はそれが別人だと確信した。


「このぉ!」


 歩は息を切らせながら自身の手前に直径1mほどの火球を造りだし、それを蒼馬に向けて放とうとする。


 が、その火球は放たれることなくフッと消滅してしまった。


「呪因の解呪……」


 瞳が呟く。


「なに……?なんなのよ!!」


『理解できねぇか』


 そう言いながら左手に野球のボールほどの大きさの呪の塊を作ってみせる。


『これが呪。で、こっちが因』


 そう言って呪の塊に右手をかざす蒼馬。


 すると呪の塊は青白い火の玉に変化する。


『そしてこれが呪因だ。呪✕因=呪因。ならば呪因を因で割ってやると……』


 パチン、と右手の指を鳴らすと火の玉は呪の塊に戻る。


『これをお前の呪因にしただけだ』


 こう言ってしまえば簡単なように思えるが、対象となる呪因の構造を瞬時に解析する知識と分析力、そして感が良くなければ実戦では使えない。


 同じ呪因でも使い手によって若干の改良や自分用に手を加えているのがほとんどで、使い手の数だけバリエーションがあるといってもいいほどだ。


 それを苦もなくやってのけた、蒼馬に重なっている存在はこの場にいる誰よりも手練てだれだ。


 そう考えた瞳は、最悪蒼馬と戦うという可能性も考慮こうりょしなければならなかった。


 と、そのとき。


 ガッシャーンと何かが割れる?砕ける?音がする。


 瞳と双羽、それに歩が音のした方を見ると拘束されていた夕美子を抱えた、先程蒼馬を吹き飛ばした黒く変色した水晶の騎士がいた。


 この騎士が夕美子を拘束していた水晶を破壊し、彼女を救出したようだ。


「なっ、なんで?!どうして‼」


『さっきそいつに触れられたとき、少しいじらせてもらった』


 わなわなと身体を震わせる歩。


「邪魔……、邪魔……、ジャマ……、ジャ……」


『哀れだな……』


 この状況による動揺、対価を大量に消耗したことによる憔悴しょうすい、そしておそらく御堂によりかけられた精神支配の影響か、まるで義務をはたすかのように呟き続ける歩を前に蒼馬は言葉をもらす。


 ぎこちない動きで右手を蒼馬に向けてかざすと不格好な炎の塊が出現する。


『もうやめろ』


 蒼馬がそう口にすると歩の造りだした炎の塊は青い光の球に姿を変え、それはほどけてヒモ状になり歩を拘束する。


「当たり前のように人の呪因を乗っ取りますね」


「そうね……?!」


 双羽の言葉にうなずいた瞳がハッとする。


 歩の呪が高まっていく。


 おそらく御堂のしかけたモノ。


 呪因の対象者を操り、その者が拘束、敗北、任務の継続が不可能となったとき、ありったけの対価を呪に変換し自爆するという……。


 証拠の隠滅か、はたまた塵になるまで利用してやろうという魂胆こんたんなのか。


 しかし次の瞬間、蒼馬はすでに歩に接近しており、その頭部をつかんでいた。


『醜悪なやり方だな』


 そう言い放つと頭部をつかんだ手が青く光る。


 呪因師である瞳にはそれが害のあるモノでは無いことがわかった。




 意識が遠のくようで覚醒していくような不思議な感覚。


 東條歩はそんな感覚の中にいた。


 本当の記憶と何者かに植え付けられた偽りの記憶。


 2つの記憶を俯瞰ふかんで見比べるような感覚。


 違う……。


 御堂くん……、御堂要なんて知らない……。


 確かに歩は中学時代、イジメられていた時期があった。


 でもそのとき守ってくれたのは由美子ともう1人の幼なじみ、勇司だった。


 2人ともゴメン……。


 偽りの記憶をふり払い幼なじみ達に謝罪する。


『今は自分の心配をしろ』


 歩を抱きかかえながら蒼馬は言う。

 

「あなた何者?深崎くんの何なの?」


『なぁに、のき下を借りてるただの居候いそうろうだ』


「そのたとえ、全然安心できないんですけど……」


 瞳の質問への冗談まじりの回答とそれに対する双羽の感想。


『俺の名前は蒼魔、呉林 蒼魔クレバヤシ ソウマだ。蒼の字そうのじにはアオマと呼ばせている。読みが同じ名前じゃややこしいからなぁ』


「なっ?!」


 声を上げて驚く瞳と双羽。


 その名は三凶と呼ばれ、管理局最大の敵とされえいた人物のモノであった。


 


 近代化にともない新設された組織が呪因管理局。


 それ以前に帝に従いこの国の呪因界隈を仕切っていたのが名門中の名門、『五大家』とその傘下の名家、大家の呪因師達。


 呪因世界の秩序を担ってきたこの2大勢力の最大の敵が三凶と呼ばれた呪因師たちであった。


「でも……」


 言葉を絞り出す双羽は続ける。


「呉林蒼魔は半世紀ほど前に死亡しているはずです」


『お前たちは龍瞳の者だったな。俺の最期も伝え聞いているか』


 瞳の名字、龍瞳は五大家の一つであり近代組織化された呪因管理局でも影響力を持っている。


 その龍瞳家の当時の当主と現在の当主が彼の最期に立ち会ったのである。


『現当主だと?!まさか牙炎が当主の座についたのか!』


 今まで余裕を見せていたアオマが驚く。


 牙炎とは瞳の祖父でもあり、50年前の時点では当主候補としての順位は決して高くはなかった。


『俺がヤツと相打ちになったあとも世の中は平和にならなかったみたいだな……』


 苦笑するアオマ。


『俺が最期に放った呪因。あれは俺の存在全てを呪に変えたモノだ』


 ふう、とタメ息をついて話しを続ける。


『狙ってやったわけじゃない。たまたまだ。俺の存在自体を使った呪には俺の精神が宿り、それがあの戦いのあとも残った。そして食物連鎖の果に俺の残りカスが人に宿った』


「ちょっと待ってください。ではあなたと同じ人間が他にも……」


『多分だがそれはない。俺が蒼の字に宿ることができたのはこいつが生まれつき体が弱く、呪因に対する抵抗力が低かったからだ。良くも悪くも運だな』


 そもそも抵抗力が低かったという蒼馬でさ存在し続けるのがやっとで、一部対価を抽出された事と紅音起動時に魂の一部を失った事でようやくこうして表に出れるようになったのだという。


『同じ名前のこいつに宿ったのも何かの縁だからな。俺はこいつに力を貸してやることにしているし、お前たちと敵対してこいつの足を引っ張る気もない』


「……わかったわ」


『話が早いな』


「あなたの話はわかりました。今ここで争うような事もしません。ただこの事実は上に報告させてもらうわ。そのうえで……」


 瞳の話の途中でクックックと笑いだすアオマ。


『あぁ、気を悪くするなよ。おそらく根回しの時点で俺の事は伝わっているはずだ。お前の言う上の連中は俺の事を知っててその情報を伏せているんだろう』


 瞳は驚くでもなく、


「例えそうだとしても報告は上げさせてもらいます」


『まぁ、そうなるよな』


 そんな2人のやり取りを見守っていた双羽が口を開く。


「それで、向こうの援護はどうします?この御二人もこのままというわけにはいきませんし……」


 そう言って床に寝かされた2人を見る。


『あぁ、その事なら心配はいらんな』


 そう言って紅音がいるであろう方角を向く。


『向こうはとっくに終わっている』

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