第7話

「邪気……ですか。それにそれ用の呪因具……」


 床に両手両ひざをつき、置かれた邪気が封じこめられたノートや破壊された甲冑を難しそうな顔をしながら凝視する紅音。


「邪気は確認されたのが2年ぐらい前の比較的新しい呪因ですからねぇ。眠り姫様のデータには無いんですねぇ」


 そんな紅音をしゃがみながら頬づえほほづえをつくポーズで眺め、何か嬉しそうに双羽が説明する。




 呪因を操る呪因師と呼ばれる者達は主に2種類のタイプに分別される。


 1つは文字どおり呪因に深く理解している存在、『呪因師』。


 もう1つが呪因を使いこなす事に特化した『呪因使い』。


 開発、解析、研究、行使と呪因全般に関わる呪因師に対し行使特化した呪因使い。


 この邪気という呪因も管理局に属さない呪因師が開発し拡散したモノとされている。


 ある呪因師が造った呪因に他の呪因師が手を加え、進化、変化していく事もある。


 ちなみに管理局員も役割が分担されており、呪因師を『管理官』、呪因使いを『管理士』と呼び、瞳は管理官、双羽は管理士という立場だ。




「たぶんこれね」


 紅音にふっ飛ばされてのびている男子生徒、紅音のクラスの委員長、香山 経彦カヤマ ツネヒコ


 瞳は彼のブレザーのポケットからスマートフォンを取り出し、そうつぶやく。


「呪因界隈も近代化してますからねぇ〜」


 呪因の因にあたる呪文、呪紋、法陣、手印。


 これらにあたる処理をコンピューターにやらせるという発想は昔からあったのだが、呪因の呪にあたるエネルギーの供給方法が確立されておらず、自前で呪を練れる者の補助的な装置にとどまっていた。


 しかし近年のコンピュータの小型化に加え、呪を蓄えられる呪力バッテリーと呪を自力で練れない者でも対価を抽出し呪に変える変換装置の登場で何の訓練も受けていない人間でも呪因が使える改造スマートフォンが出まわる事態になった。


「言わば現代の魔法使いの杖ですよねぇ〜」


 と言う双羽はに、


「たぶんバッテリー型ね。これ」


 と言いながらスマホの画面を見せる瞳。


 通常のバッテリーの表示とは別に呪力バッテリーらしき表示のあるスマートフォン。


 どちらも赤く残量が少ないことを示していた。


「本来のバッテリーを削って呪力バッテリーを入れているからスマートフォンとしてのバッテリー持ちが悪いんですよねぇ。改造スマホ」


 説明する双羽に対し、


「そのくらい知っています!」


 と返す紅音。


 紅音がどのくらいの期間、機能停止していたのかは不明だが、彼女が以前、活動していた頃にはすでにあったのだろう。


「改造スマホ。私の周りでは呪因スマホと呼ばれていましたね。呪因使いの人達も自分達と区別してスマホ使いとかアプリ使いなんて呼んでましたね」


「出始めのの頃は既存の呪因をアプリに落としこんでいたけど、最近はこれ用に造られた呪因も増えてきたわ」


 紅音と瞳が改造スマホ改め呪因スマホの話題で盛りあがりかけたとき、香山が所有していたスマートフォンが何やら警告音を発する。


「呪力の方のバッテリーが無くなったようね」


 スマホの画面を確認しながら瞳が言う。


 スマートフォンに何かのアプリが停止したという表示が出ると4階に張られていた結界が消えていくのが分かる。


 と、同時に別の違和感に襲われる。


 4階を覆っていた結界の外側をもう一つの結界が覆っていたのだ。 


 一同に緊張が走る。


「この結界は……」


 顔をこわばらせた瞳が絞り出すようにつぶやく。 


「対価抽出用のモノですね」


 紅音が静かに言う。


「なっ?!」


 思わず言葉にならない言葉を発する蒼馬。


 そこには驚きとかつて味わったあらゆる負の感情が込められていた。


 瞳はペンケースからシャーペンを取り出すと、そのキャップを開け中から芯を数本、左手に出して握りつぶす。


 右手でノートの白紙のページを開くとそれに向かって勢いよく左手を振りおろす。


 左手がノートに命中する寸前に手を開きノートをたたくと白紙のページにこの学校を上から見たような絵がえがかれる。


「ここね!」


 黒いシャーペンの芯で画かれた学校の見取り図。


 その中に2ヶ所赤でバツ印がされた場所がある。


 1つは校庭の真ん中。もう1つは体育館を示していた。


 紅音は瞳の見取り図を一瞥いちべつすると近くの教室に突撃し、そのまま窓を破って校庭に飛び出す。


 高い探知能力を持つ紅音は自力でこの儀式の中心部を見つけており、一瞥はその確認作業だった。


 校庭の中心部に拳を打ちこむ紅音。


 校庭に大穴を開けるとそこには空間が広がっており、紅音は迷い無く飛びこんでいく。


 紅音の中にある蒼馬の魂。


 それを通じて彼が故郷を失ったときの絶望を知識ではなく、感情で感じていた。


 彼に二度とあんな思いはさせない。


 何も言わずに行動を起こしたのは呪因発動までの時間がどのくらいあるのか全く分からなかったから。


 いつ対価抽出の呪因が発動するかもわからない以上、あせるしかなかった。


「私達は体育館にいきましょ」


 そう言いながら階段に向かって走り出す瞳。


 すぐに追いつく双羽。


 あわてて2人の後を追う蒼馬。


「あなたは来ないで!できるだけ中心部から離れて、可能なら結界の外に避難して‼」


 とは瞳の言葉だ。


 対価抽出の呪因と言ってもピンキリで、呪を練れる者ならば全く影響を受けないモノから手練の管理局員ですら犠牲になるようなモノまである。


 結界も呪因の範囲を指定するだけのモノや結界内の者達を逃さないためのモノなどがあり、今ここに張られている結界がどういったものなのか不明なため「可能なら」と言う言葉がついた。


 瞳の気遣いは理解していた蒼馬だが、


(まぁ、なんとかなるさ。だが急ぐに越したことはないな)


 脳裏に響いた声に背中を押され一気にスピードを上げ、前を走る2人を抜きさる。


 呆気にとられながらも、


「もうっ!」


 と呟きながら速度を上げる瞳。


「生兵法にならなければいいんですけど……」


 双羽がボソリと呟く。

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