第6話

「あっ、この局員証、簡単には偽造できないようになっていますけど、絶対に偽造できないってものでもないんで、簡単に信じちゃったりしちゃだめですよ」


 普段の口調に戻って補足する双羽。


 呪因全般を管理する組織、呪因管理局。


 その存在はもちろん知っているし、過去に接触もしている。


「一応、根まわしは受けているからあなた達をどうこうするつもりはないわ」


 根まわしと聞いて蒼馬が思いあたった人物。


 蒼馬をこの戦いに導いた人物、黒川凍牙。


 彼の知人で呪因界隈で顔が利くと言って紹介された女性。


 見た目は20歳前後だが、彼女を前にしたときの凍牙の態度と自分の感じた感覚から見た目通りの年齢ではないことが感じられた。


 彼女はミサキと名乗った。


 名字とも名前ともとれる呼び名だが、こっそり凍牙が本名とはまったく関係の無い通称だと教えてくれた。


 この学校への転校や今の住居なども彼女が手配してくれたモノで、呪因界隈以外にも顔が利くことがわかる。


「でもね……」


 瞳から出たその言葉に蒼馬は一瞬あせる。


 彼女は何らかの根まわし、もしくは圧力などに対して屈しないタイプの人間なのでは……。


 彼女と戦闘になるかもしれない。


 そう身構えた蒼馬に対し彼女は言う。


「これはあたし自身の言葉よ。この戦いから身を引きなさい」


 それは敵意の類ではなく、親身さからくる言葉だった。


「あなたの身に起こったことは私達管理局員の落ち度だわ。それに対して申し訳ないと思います。あなたが多くを失ったのも知ってる。でも、だからこそ失わなかったものを大切にして」


 しばしの間


「龍瞳さん……、確かに僕はあなた達のように訓練をうけた人間じゃない。でもあの箱には僕の知っている人達がとらわれているんだ。せめて生き残った僕がなんとかしないと……。たとえ力が及ばなかったとしても、見捨てることなんてできない」


 蒼馬の言葉にどこか悲しそうに瞳は口を開く。


「あなたが弱いなんて思ってないわ。あれだけの絶望から立ちあがった人だもの。私が言いたいのはそんなことじゃないの。御堂には多くの協力者がいる。彼を追えばその協力者達と戦う事になるわ。御堂と同じ、人の命をなんとも思わないような奴ら。そんな連中と戦い続ければいつか……」


「命をかける覚悟なら……」


 言いかけた蒼馬の言葉をさえぎり瞳は言う。


「そうじゃないの。そんな連中と戦い続ければ、いつかあなたは人をあやめる事になるわ。一つでも命を奪ってしまったら相手がどんなに悪党だろうと、まともな人間ほどまともではいられなくなる……。そうなったらもう、普通に生きることなんてできなくなる」


 沈黙する蒼馬。


 命をかける覚悟はあると言えても、命を奪う覚悟があるとは言えなかった。


「はい、2人ともいったんそこまでにして。次が来ちゃったみたいです」


 パンパンと手を叩いてみせる双羽の視線は2人を見ておらず、廊下の先を向いていた。


 双羽の視線の先。


 そこには魔法陣のようなものが2つ空中に出現し、そこから西洋風の騎士の甲冑と武者を思わせる甲冑が降ってくる。


 甲冑が着地すると魔法陣は消え、かわりに廊下の奥からあの黒いモヤが大量に現れ、甲冑の中に入っていく。


 モヤが全て入ると騎士と武者の甲冑は立ち上がり、それぞれの剣を抜く。


「あれは邪気と言って人間や人型の器物に入りこんで操る呪因よ」


 驚いている蒼馬に瞳が説明する。


「少なくとも呪因管理局側では使われない禁止呪因ってヤツなんです」


「呪を練れる人間なら最悪入られても抵抗できるし、主に一般人相手に使う呪因ね」


 双羽の補足をさらに瞳が補足する。


 双羽は甲冑達と蒼馬達のあいだに立ち、通学用のカバンから折りたたまれた棒状の物を取り出すと、それを展開させ1本の錫杖に変形させる。


「瞳ちゃん、援護よろしく!」


「必要ならね」


 塩対応をしながらも呪符のような物を取り出し戦闘態勢に入る瞳。


「あなたは自分の身を守ることだけに専念して!」


 瞳が蒼馬に指示を出すと同時に甲冑達が一気に間合いを詰めてくる。


 まずは鎧武者。


 刀を振り上げ斬りかかろうとするその懐に双羽は素早くもぐりこみ、コンパクトに錫杖を振り抜く。


 錫杖を喰らいふっ飛ばされる鎧武者。


 後方にいた騎士に激突し、2体とも倒れる。


 あまりにキレイにふっ飛ぶ鎧武者の姿に、見た感じよりも軽いのか、などと疑問に思った蒼馬だったが、


「相変わらずのバカ力ね」


 という瞳のつぶやきで色々と察する。


 起きあがろうとする2体。


 たたみかける双羽の錫杖の先端に呪が込められているのが蒼馬には見えていた。


 2体の甲冑が重なった瞬間、双羽は勢いよく錫杖を突きだすと、錫杖は2体を貫通して串刺しにする。


 元々の身体能力の高さと呪を合わせた戦闘法。


 呪因管理局員というだけあって、敵を圧倒している。


「まだよ!」


 そんな勝ったつもりの蒼馬に、喝を入れるように瞳が叫ぶ。


「大丈夫よ」


 普段と違う、どこか凄みすごみのある口調で応えるこたえる双羽。


 錫杖を引き抜くとバックジャンプで距離をとり、錫杖の先端を上にした状態で廊下の床に刺す。


 突き刺した錫杖の後方で、双羽は自身の右ひざを床に付け、両腕を左右にひろげると指をピンとのばし、手首を上に曲げる。


 おそらくこれが彼女の呪因の『因』なのだろう。


「波っ!」


 双羽が叫ぶと同時に錫杖の前方の空間が歪む。


 何かが放出された影響で映像が乱れたのだろう。


 双羽の呪因を受けた2体の甲冑は動かなくなっていた。


 それを見て蒼馬はあることに気づく。


 中に入っていた邪気が消えている。


「この場合、対処しなきゃいけないのは中にいる邪気の方ですからねぇ」


 普段の調子に戻る双羽。


「この場合、鎧の破壊は邪気に攻撃を通すための手段でしかないわ」


 瞳とまともに話すのは初めてなのだが、普段からこんな感じなのだろうな。


 話を聴きながらそんなことを考える蒼馬だった。


 次の瞬間。


 廊下の教室側の壁をブチ破り、男爵生徒がふっ飛ばされてくる。


 呆気にとられる蒼馬に対し、瞳と双羽はすでに戦闘態勢をとっている。


 ふっ飛ばされてきた男子生徒と吹っ飛んできた壁の穴を交互に見る蒼馬。


「完全に気を失っていますねえ」


 男子生徒のほっぺを叩いたりまぶたを無理やり開いたりしながら双羽が状態をつたえる。


「くる!」


 穴の方を見ていた瞳がつぶやくと、双羽は視線だけそちらに向ける。


 一瞬、遅れて目をやる蒼馬。


 緊張の走るなか、


「マスター!」


 そう叫びながら勢いよく紅音が飛び出してきた。

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