第5話
体育館で行われた体育の授業が終った。
双羽の早着替えを目撃し、呆気にとられていた蒼馬だったが、彼がいないのに気づき探しに戻ってきた勇司達のおかげで授業に遅れずにすんだ。
下沢高校の体育館は校舎の東側にありそこに併設されている更衣室に入ろうとする蒼馬。
「深崎、そっちは更衣室じゃないぞ」
遠藤勇司の声が蒼馬を引き止める。
「そっちは今は使われていない体育倉庫だ。男子更衣室はこっちだぞ」
転校して間もない、学校に不慣れな蒼馬。
わざわざ勇司達が蒼馬を探しに戻ってきたのもそれを承知していたからだ。
「うっかり女子更衣室の前なんかに行ったら変な目で見られるぞ」
と、からかう尾形聡。
女子更衣室は体育館の北側、男子更衣室は反対の南側にあり、男子生徒が体育館の北側に行く正当な理由はない。
「き、気をつけるよ」
真面目に返す蒼馬だった。
四時限目が終わって昼休み。
蒼馬は紅音のいる4階に向かっていた。
普段は朝、登校前に紅音が用意したお弁当を持たしてくれるのだが、今朝のドタバタで受け取りそこねていた。
朝のようすからして紅音はわざとお弁当を渡さなかったのかもしれない。
少しでも自分と一緒にいるために……。
そんな事を考えながら4階に足を踏み入れたとき、蒼馬は強い違和感を感じた。
かつて御堂要を追うと決意した蒼馬は黒川凍牙から呪因に関する手ほどきを受けていた。
思いのこもったエネルギー
それの練り方や扱い方、感知のしかたなど基本的な事を学んだ。
その甲斐があって4階にはられている結界に気づいた蒼馬。
紅音のいるこの階で何かが起こっている。
そう判断した蒼馬は呪を練り、それを纏う。
3年生の教室がある4階から人の気配がまったく感じられない。
生徒や教員はどうなっているのか?
そんな考えを巡らせていると蒼馬の背後から男子生徒の話し声が聞こえてくる。
昼休み、この学校では屋上が開放されており、おそらくそこに向かう下の階の生徒達だ。
男子生徒達が蒼馬をよけて4階に入ったとき、彼らの足もとに昨日蒼馬達を襲った例の刃物が複数本、突き刺さる。
前回のように黒いモヤがたちのぼり、人型を形づくる。
黒い人型は突き刺さっていた刃物を手に、蒼馬と男子生徒達に襲いかかる。
巻き込まれた男子生徒は3人。
うち一人はかなり体格が良く、襲ってくる人型に動揺はしているもののファイティングポーズをとって、迎え撃つ態勢だ。
黒い人型の1体がその体格の良い生徒に向かっていくと、男子生徒は突き刺してきた刃物を持つ腕をつかみ、一本背負いで投げ飛ばす。
投げとばされた黒い人型は四散し、持っていた刃物が床に落ちる。
「さすがは柔道部のホープ!!」
連れの生徒が声をかける。
なるほど。
確かに紅音の言うとおり、武術の心得がある者ならば一応の対処はできるようだ。
だが、その直後。
蒼馬は投げ飛ばした彼の右腕のブレザーが裂けていることに気づく。
今の攻防でついたモノなのだろ。
ひどい出血のようなものは見られない。
が、蒼馬は黒い人型の動きが昨日と違うことに気づく。
昨日は人型が倒されても本体と思われる刃物を破壊しないかぎりは何度でも再生して襲ってくるようだったが、今回四散した人型だったモヤは再び人型にはならず、モヤのまま負傷した男子生徒の周りをただようと彼の傷口に吸い込まれるように入っていった。
「大ちゃん?!」
連れの生徒が、おそらく彼のあだ名だろう単語を発すると、負傷した生徒が彼の方に顔を向ける。
大ちゃんの顔を見た生徒は
「ヒィ?!」
と声をあげる。
大ちゃんの白目の部分が黒く染まり鼻や口から黒いモヤがはみ出している。
硬直する男子生徒2人と蒼馬に、大ちゃんと残りの人型が襲いかかる。
呪をまとっていた蒼馬は通常より高い運動能力と目に見えない障壁を持ち、なんとか攻撃をしのいだが、残りの男子生徒は腕や肩を切りつけられ、黒いモヤに支配されてしまった。
おそらく黒い人型は人間の身体を乗っ取るために、急所をはずして攻撃しているのかもしれない。
動揺する蒼馬。
さらに追い打ちをかけるように階段を上がってくる気配があった。
とっさに階段の方を向く蒼馬。
階段を上がってくる人物。
それは瓶底眼鏡の少女、龍瞳瞳だった。
「来ちゃだめだ、戻って龍瞳さん!」
左手の平を彼女に向け静止を求めるポーズの蒼馬。
そんな彼の左腕をつかみ自身の方に引っぱる瞳。
もしかして彼女も操られている?それとも敵?
混乱する蒼馬を自身の右側に引き寄せるとボソリとつぶやく。
「敵に背中を見せるなんて素人まるだしね」
瓶底眼鏡の奥で鋭く光る眼光。
そして先程まで蒼馬のいた空間に刃物を突き刺している黒い人型。
彼女が自分を助けてくれた?
そう解釈する蒼馬。
だがそんな彼女に違和感をおぼえる。
この時間に屋上を目指す生徒はそこで昼食をとるために、お弁当なり何か食べ物を持っているものなのだが、彼女はノートと教科書、筆記用具しか持っておらず、これから授業でも受けにいくかのようだった。
蒼馬と瞳に狙いをさだめ、襲い掛かってくる黒い人型と操られた生徒。
それに対し、瞳は持っていたノートを開くとページがバラバラと音をたてて舞い上がり襲撃者達の顔面や体に張りつく。
蒼馬が張りついたページに何やら呪文のようなものが書かれていることを確認すると、ページが黒く変色しはじめる。
張りついたページはおそらく呪符の類なのだろう。
それが全てまっ黒に染まると男子生徒達は倒れ、黒い人型はあとかたもなく消えさっていた。
そして黒く変色したページは再び舞い上がり、もとのノートにおさまる。
「封印完了ね」
いつの間にか背後に立っていた龍宮双羽がそう言って蒼馬を驚かす。
あわてて振り向いた蒼馬はもう一度驚く事になる。
双羽は左手に通学用のカバン、右手に自身のこぶしよりも大きなおにぎりを持ち、それを蒼馬の目の前で二口で平らげてしまった。
「双羽、遅い!」
と、強い口調で言う瞳に
「私は瞳ちゃんほど燃費がよくないのよ。お昼に仕掛けてくるなんて、かなりの策略家がいるわね」
そう言ってキメ顔でドヤる双羽。
「あの……、きみたちは」
2人の素性をたずねる蒼馬に対し、双羽はキメ顔を維持したままパスケースを取り出し、蒼馬に見せながらこう言う。
「呪因管理局の方から来ました」
おそらく彼女なりのキメボイスなのだろう。
低めの王子様ボイスで説明する双葉に対し、
「言い方!」
と瞳がつっこむ。
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