第3話

 今朝の登校はひどい目にあった。


 あの後、結局気を失い気がついたら紅音にお姫様だっこをされて学校の見える所まで来ていた。


 何かを発散したのかそのときの紅音はとてもご機嫌だった。


 蒼馬達が通う下沢高校は4階建ての校舎で、4階が3年生、3階が2年生、2階が1年生の教室になっている。


 1階は職員室や特別教室の他に食堂や売店、図書室などがあり、学年に関係なく多くの生徒が利用する。


 蒼馬は紅音と共に階段で3階まで上がると、


「じゃあ、ここで」


 そう言って教室に向かおうとする蒼馬のブレザーの袖を紅音がつまむ。


「ね、姉さ……」


 言いかけた蒼馬の耳に紅音は顔を近づけ小声で話す。


「マスター、本当に気おつけてくださいね。『敵』は様子見の段階を終えて本格的に仕掛けてくると思われます。前にも言いましたが、私がそばにいないときはできるだけ人の多い所に居るよう心がけてください。絶対ではありませんが暗躍しているような人達は人目を気にするはずです。」


 これは以前にも紅音に言われたことで、学校内に限らず、紅音とはなれて行動しなくてはならない場合、できるだけ人けのない場所は避けた方が良いとのことだ。


 これは呪因関連にかぎらず、良からぬ事をたくらむ者は人目を気にするという紅音の経験?らしきものからきているのだが、もう一つ、人が多ければ主である蒼馬が攻撃を受ける確率が分散するかも、という紅音の冷たい理屈があった。


「うん、わかってる。大丈夫だよ、何かあったらすぐに姉さんを呼ぶから。」


「絶対ですよ!必ず!すぐに駆けつけますから…………」


 さらに何かを言おうとした紅音が言葉を止める。


「おはよう、深崎くん。あとお姉さんも」


 朝のあいさつをしながら蒼馬と紅音の横を通り抜けるおかっぱ頭の少女。


 眼鏡をかけており身長は160cmほどで、蒼馬よりも高い。


「あっ!おはよう、龍宮さん」


 少女の名前は龍宮 双羽タツミヤ フタバ

 蒼馬のクラスメイトだ。


 紅音が話すのを止めたのは彼女が近づいて来ていることに気づいたからだ。


「ユミ、早く!まにあわねぇぞ!」


 聞きおぼえのある男子生徒の声が階段の下の方から聞こえる。


「よぉ、深崎!お前も急いだ方がいいぞ!」


 階段を駆け上がってきた男子生徒は遠藤勇司だった。


「あのねぇ……、一体誰のせいで!」


 そう言いながら勇司のあとを追うようにあらわれた少女。

 蒼馬のクラスメイトで遠藤勇司の幼なじみでもある乾 夕美子イヌイ ユミコであった。


「あっ、深崎君おはよう……。え……とこの人は?」


 紅音とは初対面の夕美子が戸惑っていると、


「蒼馬の姉の深崎紅音です」


 そう言って会釈する紅音。


「あっ、初めまして。深崎君と同じクラスの乾夕美子といいます。で、コイツが遠藤勇司っていいます」


 勇司の頭を無理やり下げさせながら自分もふかぶかと頭を下げる夕美子。


 綺麗な人……。


 そんな事を考えていた夕美子の手からのがれた勇司が


「御噂はかねがね」


 と言ってあらためて頭を下げる。


 少し、ほんの少しだけムッとする夕美子。


 そんな事をしている集団に対して、


「皆さん、そろそろタイムリミットですよ」


 そう言って双羽は自分の左手につけた腕時計を見せる。


「やべぇ、急げ!じゃあお姉さん、失礼します」


 そう言って蒼馬と夕美子の腕をつかんで教室に向う勇司。


「姉さん、また放課後」


「深崎先輩、失礼します」


 腕を引っ張られながら二人は言う。


 その場には腕時計を見るポーズのままの双羽と紅音だけが残された。


「お姉さん、上の階なんですからもっと慌てた方がいいですよ」


 にこやかに言う双羽に対して、


「どこかでお会いしましたっけ?」


 とたずねる紅音。


 先ほど双羽が迷わず自分のことを蒼馬の姉と呼んだことに疑問をもっていた。

 いつも校門で待ち合わせて帰っている姿を見ていれば二人が家族か何かというのは想像がつく。

 が、しかしもう一つ、やはり先ほど、彼女が接近してきたときに紅音はその存在を感知するのに遅れてしまっていた。

 

 蒼馬のことを気にしすぎるあまり、スキができた可能性もあるが、紅音は彼女に常人とは違う違和感のようなモノを感じていた。


 一瞬の間


「御噂はかねがね」


 そう言って会釈をすると双羽は早足で教室に向う。

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