第2話 

 紅音が起動したときの事。


 魂を分け与え消耗して倒れる蒼馬。


 それを抱きしめるようにしてささえる者があった。


 紅音だ。


 それも先ほどまでの人形のような無表情ではなく、蒼馬を気づかい心配そうな表情でこちらをのぞきこんでいる。


「大丈夫ですか、ご主人様……」


「あ、あぁ……」


 紅音の言葉に気恥ずかしさ覚えながらも応える蒼馬。


「だ、大丈夫だから」


 そう言って立ち上がろうとする蒼馬。

 しかし身体に力が入らずガクリと倒れこんでしまう。


「ご主人様!!」


 悲鳴のような声を上げて蒼馬を抱き上げる紅音。


「2割……、ですかね……」


 一部始終を見守っていた黒川が口を開く。


「2割ほど魂を持っていかれました」


 それは蒼馬の五分の一を紅音に与えたと言う事だ。


「魂を2割失った事によってあなたの魂の形が変わってしまっまったのです。その魂が肉体になじむのに少し時間がかかります」


 覚悟していたつもりだったが、実際に魂を失ってそれがどういう事なのか思い知った蒼馬。

 仮に今の魂が肉体になじんだとしてどこまでもとの状態に近づけるのか。

 もしかしたら自分の選択は間違っていたのではないか?


 そんな後ろ向きな考えをめぐらせる蒼馬に


「申し訳ございません、ご主人様。私が再起動するために多くのご主人様の魂を奪い取ってしまいました。せめてこの身が朽ち果てるまで付き従う事でその贖罪とさせてください」


 そう言いながら紅音が強く抱きしめてくる。


 故郷を、家族を、友人達を失いしばらく味わっていなかった安堵感を感じる。


 それは彼女がもとから持っていたモノなのか、それとも彼女の中にある自分の魂が感じさせるモノなのか。


 もし後者だとしたら……。


 そういえばアダムとイヴのイヴはアダムの助骨から生まれたとか。


 そんな話しを思い出していた。


「とりあえず、彼の休める所に移動しましょう」


「そうですね」


 気のせいか、黒川の言葉にはどこか冷たさを感じる返答をする紅音。


「失礼します、ご主人様」


 そう言って蒼馬をお姫様だっこする紅音。


 それ自体も恥ずかしいのだが、


「あの……」


 言葉につまる蒼馬に対して


「あぁっ!申し訳ありません、申し遅れました、私の名は紅音です、紅音とお呼びください!!」


「あぁ、じゃあ紅音さん」


「紅音です!!」


「……、紅音さ……」


「紅音です!呼び捨てで呼んでください!!」


「でも……」


「呼び捨てが良いです!!ご主人様!!」


「あの、そのご主人様っ言うのも……」


「ご主人様が良いです!!」


 困った顔で黒川の方を見る蒼馬。

 しかしこれは黒川も予想外だったらしくかなり困惑していた。


 その後、根気強い説得により現在の呼び方、『紅音さん』『マスター』に落ち着いたのだが、紅音にとっては『紅音』『ご主人様』と呼び合えるのが理想の主従関係であり、今もまだ諦めていないようだ。


 黒いモヤの襲撃を受けた翌日の朝、一瞬だけ鳴った目覚まし時計の音で蒼馬は目ざめた。


 なぜ目覚まし時計が一瞬しか鳴らなかったかというと……。


「あっ、あ……おはようございます、マスター……。あはははは……」


 目覚まし時計をとめたのは紅音だった。


 いつもではないようだか、彼女はちょくちょく眠りについた蒼馬の耳もとで『理想の主従関係』を解き、ご主人様呼びを解禁させようとしているようだ。


 黒川の話によると、これも彼女が訳ありであるが故に、という事だそうだ。


 朝食後、片付けたテーブルの上に昨日襲ってきた黒いモヤの本体と思われる刃物が並べられていた。


「この刃物、一応呪因具なのですが、これ自体には大した力は無く、呪因を中継するための物のようです」


 中継?と疑問符をうかべる蒼馬に


「はい、中継、もしくは媒介でしょうか。単純に考えれば呪因の射程を伸ばす用途なのでしょうが、もしかしたら別の意味があるのかもしれません」


 そう説明すると紅音は続けて


「昨日の黒いモヤの人型、はっきり言って弱かったです」


「それは紅音さんが強いから」


「いいえ、本当に弱いんです。多分、武術とか格闘技とかを身につけた人なら割と余裕で対処できると思います」


 テーブルに置かれた刃物の柄を人差し指でなぞりながら紅音は話を続ける。


「こういう正体の見当がまるでつかない呪因というのはとても厄介なんです。……それで私思ったんですけどぉ……、私も2年生に編入して同じクラスになっちゃうっていうのはどうでしょう」


「いやっ……、色々と無理があるでしょ……」


 できるだけやんわりと否定したかった蒼馬だがこの言葉しか出なかった。


 でも、でも、と食い下がる紅音をなだめる蒼馬。


 そもそも学年を分けたのは御堂について調べるためであり、それができなければこの学校に潜入した意味が無い。


 しぶしぶ納得する紅音。


 話しこんでいるうちに、いつも家を出る時間になってしまった。


 あわてて家を出る準備をする2人。


 先に蒼馬がドアを開けて外に飛びだすと、


「姉さん、早く」


 と紅音をせかす。


 マスターと言いかける紅音を制する蒼馬。


「僕が外にいるんだから」


 それを聞き一瞬ふくれたような表情を見せる紅音。


 次の瞬間、紅音は猛ダッシュで玄関から飛び出し、蒼馬を小脇に抱えてマンションの階段を駆け下りる。


「ねっ、姉さん?!」


 突然の出来事に困惑しながらも、必死に弟を演じる蒼馬。


「この方が速いんだから大人しくしてなさい!」


「姉さん、鍵、鍵!」


「ちゃんと閉めたから大丈夫」


 そう言ってさらにスピードを上げる紅音。


「ねえさぁぁぁ……」


 蒼馬の悲鳴をだけを残して紅音は疾走する。

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