第10話 証拠集め
外へ出た和夏はすぐに家の建物の壁をよじ登り、屋根へと行く。
そして、どんどん民家の屋根をパルクールのように、どんどん飛んで素早く移動していく。
しかし、もともとナクチュは自然の多く、美しい環境が広がっており、人が多く住むような所ではなかった。こんな家が決して立ち並んで良いような、場所じゃない。
今でも美しい場所はいっぱいある。だが、明らかに民家やコンクリートの建物が増えている。
(チベットの独立後、中国との国境沿いで発生する小規模な軍事衝突。そのうえ、中国軍の占拠!これでここな場所は大きく変わったもんだ!!)
そのように思考しながらも、今はそのような人類の愚かな争いのことを考えている場合ではないと思い直し、改めて任務のことを考え始める。
(まずは、スーパーノート製造場所に潜入して証拠集め!それから偽造局ごと破壊する1それから余裕があればサグメとかいう奴の探し出す!!)
既に偽造局の場所は把握している。任務内容の書かれた手紙に記してあった。
(証拠も写真と偽造札数枚あれば充分だろう、問題はどのようにしてゲットするかだ……)
さて、どうしたものか。
そうしていると、彼の目に一人の影が入り込む。
それは、地上を巡回している兵士。それはちょうど、路地裏へと入って行く所であった。
「おっ、ちょうど良い感じのカモ、はっけ~ん!」
そうして、足音立てず、しかしかなりの速さで屋根から屋根へと移動していく。
「はぁ~、疲れたなァ。まったく、ずっと巡回させられてキツイったらありゃしないよ……」
彼は、先ほど和夏が下水道からマンホールと共に出てきた所を目撃した兵士の一人だった。
「ようやく夜の巡回も終わって、遅めの晩飯……ありゃもう朝飯か。とにかく!もうベッドでぐっすり出来ると思ったのに!!はぁ、なんでこんなタイミングで侵入者かなぁ、まったく!」
そのように一人でぶつぶつと文句をつぶやきながら、ライトで辺りを照らす。
「さっさと捕まえられてくれれば、良いんだけど。もしくは、俺に捕まって手柄にでもなってくれねぇかな。そうすれば、こんな巡回とかいう雑務もしなくて済むんだけど」
そのように、侵入者を捕まえて、手柄を取って、信頼を得て、裕福で余裕のある夢の生活を頭の中で妄想し始めようとしていたその時
「それは俺のことか?」
「えっ―」
後ろを見る暇もなかった。
ダンダンッ!と二回、衝撃が奔る。一回目は頬に、二回目は胸部にであった。
何が起こったのか、巡回という誰にでも出来る任務しか与えられないような、下級兵には見えなかった。
だが、単純なことだ。
和夏が強く拳を放っただけにすぎない。
「ありゃ?軽くやったつもりだったが……」
拳を当てた箇所には、くっきりはっきり拳の跡が残っており、とても痛々しいものであった。
「気絶されると困るんだがな。おーい、大丈夫かぁ?ちゃんと息してますー?」
ぐったりと倒れている彼の首元の襟えりを掴むと、ぐわんぐわんと体を揺さぶる。
「おい、何か物音がしたが—」
ちょうどその時、近くの下級兵が違和感を感じたようで、こちらの路地に入ってこようとした。和夏は物音を立てないよう意識して行動していたが、とても勘の良い兵士らしい。
……まぁ、勘が良くても、運が悪ければ意味がないのだが。
和夏は容赦なく、またもや目にも止まらぬ速さで相手を気絶させる。
今度は確実に、しかし殺さない程度にボコボコにしていく。
「うーん、一人だけで良かったが…せっかくだ。コイツの持っている服でも利用するか」
そう言って、和夏は運が悪かった兵士の服を脱がせ、着ていく。
「ちょいと大きめか?まぁ、この際は文句は言ってられない。これで見つかってもすぐにバレることはないかな。さて」
和夏は最初に気絶させた寝不足の兵士を見る。
まだ意識は回復していないようだが、「う、うう……」と苦しそうな声をあげている。この調子なら、放っておいてもあと数分で起きてくれるだろう。だが、その数分を待っている時間はない。
「おい、起きろ!!」
バシバシ、と軽く顔をビンタする。
「う、うう……はッ!!」
彼は目を開き、意識を目覚めさせる。
「ここは……?アンタ…一体、いいや!あ、アンタが侵入者なのか!?」
「おい!!静かにしろ、俺がここに居ることバレたらどう責任とってくれるんだ?それに、迂闊な発言は自分の命を削る行為だと改めて知っておくと良いぞ」
そういって、和夏はアーミーナイフを取り出し、首に突きつける。本当に殺す気はないが、こういう状況を即座に理解できないような愚か者は、痛みや恐怖で支配するのが一番手っ取り早いという話だ。
下級兵は、コクコクと深く、泣きそうな顔で何度も頷く。
「どうやら状況を理解してくれたようだな、賢い賢い。お前みたいな賢い奴は嫌いじゃないぜ。そんなお前にとっておきのプレゼントがあるんだ。受け取ってくれよ」
そう言って、和夏は彼の腕の裾すそを捲《めく〉り、そこにペンで魔法陣を描き始める。
「お前、魔法は使えるか?」
「……魔力を出せる程度なら」
「なるほど。じゃあ、魔法の得意、不得意って何か分かるか?」
「それは、魂の属性の話ですよね?炎や熱関連の魔法なら赤とか」
魔法には属性が決まっている。そして、魂の色と魔法の属性には相互性がある。熱操作や炎を発生させるならば魂の色は赤色。電気操作ならば魂の色は黄色、と言った具合だ。
「そうだ、ちなみに俺の魂の色は赤。ちなみに固有魔法だって使える。ちなみに魂の指向性は爆発だ。まぁ、つまり爆弾のように爆発させるようなものが俺の得意な魔法ってことだ」
これは嘘だ。
和夏の魂の色は赤じゃないし、魂の指向性も爆発系ではない。
だが、相手がその嘘を咄嗟に見抜くような力があるとは思えない。
「ち、ちなみに何故、魔法学の基本の話を……?」
「今、お前に描いた魔法陣は、爆発系だ」
「えっ!?」
「俺の好きなタイミングでお前を血の一滴も残さないレベルで破壊することが可能だって言っているんだ。
「えっ、えっ、えぇ!!!????」
突然の死の宣告に驚きを隠せない。隠せるわけがない。
この、目の前にいる訳もわからない侵入者にたった今、命を握られてしまった?
「いや—」
「だから叫ぶな!別にまだお前を殺すとは決めていない。死ぬかどうかはお前次第だ」
そう言って和夏は懐からデジカメを取り出す。
「お前、偽札を製造している場所、つまり偽造局は知っているか?」
「は、はい」
「じゃあ、これで製造している機器や、製造している最中を撮ってきてくれ。あと、数枚偽札を盗んできてくれたら助かるが……これに関しては難しければ別にやらなくて良い」
「し、しかし警備兵の数は多いですし、自分はそこに入れるような立場の者じゃあ—」
自分はただの巡回兵。あちこち設備に自由に入れるような身分じゃない。きっと上司に入りたいですと正当な理由を持って伝えても、簡単に許可を下ろしてくれないような者が自分だ。
つまり、偽造局に入れというのは無理な話だ。
「俺に任せろ。お前が侵入する直前に、とびっきり暴れてやる。そうすれば、相手の意識は俺の方へ向いて、お前は侵入しやすくなる。オーケー?」
「いや、しかし、でも—」
見つかれば、味方から裏切り者とみなされ、すぐに射殺されるだろう。そんな危険なことをやりたいわけが
「オーケー?」
和夏の表情からは全く感情が読み取れず、ひたすらその鋭い眼光で圧をかけていく。
「……わかりました」
その圧に打ち勝つ勇気はなく、国を裏切るなら死を選ぶようなことも出来なかった。
「よし、聞き分けのある奴は大好きだぞ。ちなみに裏切れば、俺はそれを感知してすぐに魔法を発動させることが出来る。誰かに知らせたり、逃げ出そうとしないことだな」
「……」
より一層、兵士の顔が青ざめていく。
もう、やるしか道がないのか。
「それじゃあ、二時間後、またここに集合だ」
そう言って、フラフラともう死んでしまったゾンビかのような動きで偽造局へと向かっていく。
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