第9話 新たな任務 ⑦

 だが、これも大戦が続いていた三十年前の話である。


 今は新たに日本を復活させようという動きを見せている。というのも、やはり三つの大国の領土が日本という小さな島でぶつかり合っているというのもおかしな話だ。


 戦争も終わり、再び平和な世界が来ようとしている。それに、お互いやはり戦い、疲労してしまっている。だから、緩衝国を建てよう。


 ということで、日本復活の流れが発生している。


 だが、そこに住んでいた日本人はほとんどいない。


 今では日本国内の人口は中国人、アメリカ人、そしてロシア人などが大半を占めている。日本人は戦争に巻き込まれて多くの一般市民が死に、また一部は他国へ逃げ込み、そして掃討されてきた。


 そこには、ここで話せないようなことも起きている。


 だが、文句を言う日本人は、そのほとんどが死んでしまっている。


 ゆえに、純粋な日本人は世界で珍しく、まさに絶滅危惧種のような目で見られると同時に、負け犬の人種であると差別する人間もいる。


 そういう点では、和夏もアメリカでの生活はかなり苦労していた。


 それに、両親からは何度も争いの醜さ、恐ろしさ、そしてその愚かさ……その全てを教えられてきた。また和夏が生まれたときには戦争が終わっていたため、戦前の事は詳しくは知らない。だが、訪れた戦後の日本は本当にひどかった。


 だからこそ、彼には目標も、目的もある。そして、やるべきことも自分の頭の中でははっきりと分かっているつもりだ。


 「まぁ、とにかく俺を匿ってくれて助かったよ。だが、このまま居続ければ助けてくれたアンタにも危険が及ぶのには変わりない。任務もあることだし、すぐに出るさ」


 そういって和夏はポケットからペンを取り出すと、手の甲に魔法陣を描き始める。


 これは魔法の中でも誰でも会得可能な基本魔法、回復術の一つ。下級魔法〈治癒力促進〉だ。


 本来であれば、折れているのは背中の骨のため、背中に描ければもっと良い効果が期待出来るのだが、そんな器用なことはさすがに出来ない。


魔法陣はある程度、形が崩れていても発動する。この老婆に頼んでも良いのだが、しかし魔法陣を発動可能レベルほど精密に描けるとは思えない。


 今はこれで充分だ。


 しかし、これで完治するとはさすがに思っていない。ちゃんと固定したり、高度な治癒魔法を受けられれば良いのだが……そんな贅沢も言ってられない。


 「っし、これで問題ない!」


 和夏は立ち上がる。


 背中からひしひしと痛みが広がる。それは不快な雑音のように、脳内に強く、確実に浸透していく。それは妙に、ぶつけようもない怒りのようなものを生み出していく。


 もう…こんな痛みには慣れているはずだ。


 ふぅ、とかすかに息を吐きだし、冷静になる。


 「本当に大丈夫かい?あなた、キツそうだし、まだ居てもいいんじゃよ?」


 「いいや、もう大丈夫だ」


 心配させないように言うが、実際はかなり厳しい。


 とくに、持ってきたこの巨大な鎌だ。


 これさえあれば誰であろうとも負けないと言えるほどの身体に染み付いた、まさに手足のような存在。ゆえに潜入任務だとあるのに、背負って持ってきたのだが。


 ここに来て、邪魔な存在になってきた。


 「……そうだ、ばあさん。このまま出るって言ったが……この鎌を一旦、ここに置いておいても良いか?必ず後で取りに行くからよ」


 「……分かった。じゃが、それで良いのか?」


 「ああ、拳でも俺は強い」


 そういって今度こそ、家の窓へと向かう。


 兵士が和夏を見つけようと巡回している。玄関から出れば速攻で見つかってしまうだろう。だからこそ、窓から出ていくのだ


 「あなたがどのような辛くて、過酷な世界に居ようと、必ず生きるんじゃよ」 


 老婆はとても悲しそうであり、残念そうであって……それは和夏への慈愛であるのは明白だ。 


 だが、それを受け取っていられるほど余裕があるわけではない。 


 和夏はその言葉を聞くも、足を止めることなく出ていくのであった。

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