第8話 新たな任務 ⑥
あれから数時間後の話である。
もうすぐ夜明けが来る。しかし、まだ暗く、太陽も姿を見せないその時間帯で多くの兵士が町中を闊歩している。
それだけじゃない。町の外も草を掻き分け、林の中もズンズンと奥まで入り込み、川の中でも捜査が行われていた。それほどまでに、侵入者を見つけたいようだ。
そして、区内に住んでいる者の家も、一軒家ずつ見て回っていた。
「や、やめてください!!」
一人の女性が叫ぶ。
「うるせぇ、これは命令だ!!」
そういって、部屋の家具をぐちゃぐちゃにしていく兵士たち。まったくもって容赦のなく、一切の迷いのない鬼の所業であった。棚の中にあった皿などは全てが割れ、米や野菜などが入った段ボールな袋などもズタズタにされていく。
深夜に叩き起こされ、家をめちゃくちゃにされていく住人たち。まさに、カオスと言うに等しい状況であった。
そんな中、二人の兵士が町中にある一つの家の玄関前に立っていた。
ほかの兵士が慌ただしく、住民の気持ちなんて考えない行動をしているのにも関わらず、そこの家に訪れた兵士は大人しく、声も無駄に大きく叫ぶこともなかった。
「ばあちゃん、いるかい?」
こんこん、とドアを優しくノックする。
「はいはい、いるよ」
そこにドアをゆっくりと、優しく開けてくれる一人の老婆。
「忙しい中、どうしたんだい?」
にっこりと、こちらの状況を考えない笑顔。だが、その誰でも包み込んでくれるような、慈愛にあふれた愛嬌のある顔に兵士二人は強く言うことは出来ない。
「どうやらこの地区に侵入者が出てきたんだ。ばあちゃん、何か知らない?」
兵士の一人が気さくに、また腰の曲がった背の低いその老人の目線に会うように、姿勢を低くして話しかけるのであった。
「ごめんねぇ、何にもわしは知らないんじゃ。じゃが、怖いのう」
そういって、怯えた表情になる。
「だから、俺たちも急いで探してるんだ。ばあちゃんみたいな一般人に危害を加えないとは限らないしな。とにかく、知らないんなら良いんだ。しっかり戸締りしておくことだ。じゃあな」
そういって、家の中まで入ることはなく、すぐに去っていく兵士二人であった。
「もう行ったよ、出てきておいで」
すると、床の広がっている木の板の一部がゴゴゴッ、と動き出す。
そして、一枚 二枚と剥がれていくとそこから現れたのは和夏であった。
「かくまってくれて助かったよ、おばあちゃん」」
和夏の身体には包帯がぐるぐる巻かれているのであった。
というのも、どうやら背骨にヒビが入ってしまっているようだ。それはレントゲンを撮ったとか、そんな明確な事実を基づいて言っているのではない。経験による、もっと感覚的な話だ。
だが、思い当たるものがある。
マンホールだ。
腹を強く蹴飛ばされ、たまたま下水道の天井にあったマンホールに直撃。そのままマンホールごと地上へと吹っ飛ばされた時だ。きっと、あれで背骨にヒビが入ったに違いない。
回復術で治せないわけではない。だが、魔力探知される可能性がある。ゆえに、探知できないほどの微細な魔力で、慎重に治癒を行う必要がある。
なので、この民家に潜んでからまったく行動しなかった和夏であった。
「良いんだよ、困っている人がいたら助ける。当たり前のことだよ」
そのように和夏の言葉に応えながら、お茶を淹れる準備をする老婆。
困っているといっても、不法入国に、不当占拠された軍地基地に侵入するなど、一切良いことはしていないうえでの困ったことなので、そんな風に言われるのはとても場違いというか、こんな善意で悪行を行う自分が恥ずかしくなってくる和夏であった。
だが、これも任務。
世界が平和になるためにも必ず必要なことなのだと信じて、彼は自分の大切で、優先すべきことを強く心の中で打ち付けるのであった。
「しかし、もし見つかればアンタもただじゃあ済まないはずだ。俺なんか、疫病神みたいなもんだ。それに、よく汗一つもかかずに、あの二人の兵士を追っ払ったな」
「一人の命を救うのなら、汗かいているほど余裕はないし、あなたの事を考えたら放ってもいられなくてね。あなた、日本人じゃろ。じゃったら子供のころ、かなり苦労したはずじゃ」
その言葉に和夏の思考は一瞬、停止する。だが、おばあちゃんはそんなこと気にせず、お茶の準備をしながら話をどんどん進めていく。
「今では考えられないかもしれないけど、わしは裕福な家庭な生まれでね。いろんな国に訪れたことがあるんじゃ。今じゃあ絶対に行けないアメリカやロシア、そのほかヨーロッパ……そして日本にも行ったことがあるんじゃ」
きっとこの方の言う日本は、第三次世界大戦前の、まだ日本が国として残っていた話だろう。
あの国は本当に良かった……。文化の違いもあるじゃろうが、それを加味しても平和で、優しいようで、四季も盛んな色とりどりの…。じゃが、今は旅行に行くのには適しない不安定な場所になっとる。じゃから、あなたの事を放っておけなかったんじゃ」
「……」
和夏はその言葉が心に深く響いてくるが、同時に反応に困るのであった。
というのも、和夏は純粋日本人ではある。だが、それはDNAなどの観点からすれば、の話だ。実際、生まれはアメリカだし、育ちもアメリカだ。
それでも親の実家が日本にあるので、何回か日本に行ったことはあるし、両親が家では日本語をしゃべるので、彼もペラペラと流暢に日本語が喋れる。難しい漢字が混じれば読めないが、ある日本語の文字、文章だって読める。
だが、故郷はアメリカで、日本でとてつもなく苦労したのは両親である。
五十年前、魔法がようやく普及し、生活がより便利になった世界。また、核兵器から身を守る手段が考案され、地獄の大戦が行われる日だ。
あの時、真っ先に攻撃されたのは朝鮮半島だった。
中国は台湾、朝鮮半島を真っ先に攻撃。アメリカも即座に戦争に割り込み、核攻撃するも中国全土を魔法の結界術で覆い、攻撃から守った。まさに、無傷だった。
しかし、無傷ではないのは、その周辺諸国だ。
大国では既に魔法で放射線の洗浄を可能としていた。が、それは大国の話で、多くの国はまだ魔法を軍事技術に応用出来ていない所も多く、結界術ではじき返された核爆弾は、海を汚染し、また風に乗って放射線があちこちへと散っていった。
だが、それだけでは終わらない。
中国は次に日本へと侵攻を開始。
これに対し、アメリカの取った行動は驚くべきものだった。
それは、日本侵攻である。
アメリカにとっても日本は重要地点だ。だからこそ、同盟を結び、強固な物にしていたわけだ。だが、アメリカは日本の期待を裏切った。日米での条約を無視し、中国に取られるのであれば、いっそ自分のものにしてしまえ、ということでアメリカも同時侵攻を開始。
また、その動きを見ていたロシアも、遅れまいと北海道、東北地方を占拠。
こうして、日本は三つの国に分割されたうえ、国は崩壊してしまった。
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