第7話 新たな任務 ⑤
敵から逃げられたことは良いものの、和夏は逃げる場所の検討は全くついていなかった。
重い鎌を持ちながら、必死に地区内の町を走る和夏。
(くそッ、どうする!?)
なにせ、貰った任務内容の書かれた手紙には、ナクチュ地区のスーパーノート製造局の場所は記されていたが、そのほかの情報は全く無かったからだ。
そのため、何処に潜めばいいのか、まったく分からない。
この場合、セオリーとしては、二つ。
一つ、民家に逃げ込む。
しかし、この場合は脅したり、不必要な暴力をしないといけない可能性がある。それは和夏としてもあまりやりたくはない行為だ。だが、こっちも命がかかっている。もうどうしようもない時には、そんな選択肢も取る必要があるだろう。
二つ目は、敵地に潜入することだ。
まだ、中国軍に自分が侵入したという情報は行き渡っていないだろう。だが、三十分後……。どんなに早くても十分後には全部隊に共有され、すぐに巡回兵や警備兵が増員され、和夏を見つけようとしてくるだろう。
そういう時こそ、この言葉が使える。
灯台下暗し。
今すぐに軍基地内に侵入。そのまま通気口や、使われていないような倉庫に逃げ込む。
相手側は思いもしないだろう。まだ町内に潜んでいると思ったら、もう自分たちの喉元に居たというその恐怖。きっと、予測もつかない事態だと思う。
だが、二つ目にも問題がある。
それが装備だ。
(今は魔力による肉体強化も出来ない。つまり、俺の基礎能力でこのバカでかい鎌を持ち歩く必要があるわけだが……。くそっ、これを持って敵陣地にバレずに入るなんて無理だ)
ではどうするか。
迷う時間なんて、存在しない。
三つ目を急いで考える。
その最中、
「アンタ、この辺りじゃあ見ない顔だねぇ」
一人の渋くもあるが、優しさの含みのある、古びた女性の声が彼の耳に入ってくる。
和夏が逃走を開始して五分後、ナクチュ地区内にある一つ建物。そこはあらゆる兵士が泊り、訓練し、食をする場所。いわゆる駐屯地と呼ばれる場所であった。
内部にあらゆる実験施設があり、和夏の求める偽造札製造局もある重要地点。そこにある駐屯地の規模も小さいわけがなく、広く、大きく、そしてデカかった。
その場所の室内訓練場、と言えばとてもかっこよく聞こえるかもしれない。だが実際は体育館のような場所である。違いがあるとすれば、ジムのようにランニングマシンやダンベル、また別室になるがプールがあったり、まさに体力作ることを目的とした場所であるということであった。
だが、そこは何か緊急事態が起こった場合の、施設内兵士全員の集合場所でもあった。
そして、今、招集可能な兵士全員がその室内訓練場に集まっていた。
「では、夜中であるというのに招集させて悪かったな」
黙って静かに列を組み、まるで針金でも背中に通っているのかと思うほど背筋をピン!と伸ばし、立っている兵士たちの前に現れるのは、分かりやすく胸に階級章をつけた男であった。
アジア人というのにはかなり身長が高く、二メートル近くあるのではないか。と思われる。また、ガタイもよく、魔力ナシで勝負すれば、どんな相手でも吹っ飛ばしてしまいそうだ。
そんな彼は、階級章を見る限り、中将のようだ。だが、与えられた権力の話をするのであれば、ナクチュ地区内の兵士を自由に扱えるうえ、地区内全体を任されている区長でもあった。
「だが、緊急事態が発生した」
その言葉に、辺りの空気が一変する。
緊急用のサイレンがなっても、眠たそうにしていたり、少し余裕を持っていた全ての兵士の顔が、スンと一斉に正され、目がまっすぐなものへと成る。
「侵入者が現れた。侵入経路は下水道からのことだ。今のところ、一人であるという事だけが分かっている。実力や、所属、そのほかあらゆる点で不明。目的も分かってはいない。だが、侵入されたということだけは事実だ」
区長が冷静に、たんたんと分かっている事実のみを分かりやすく述べていく。
「発見次第、捕獲せよ。不可能であれば殺しても構わない。だが、相手の身元が分からない以上、生きたまま捕獲することが望ましい。また、侵入したということから、警戒レベルも四レベルまで跳ね上げる。相手の実力によっては五まで引き上げる可能性がある。ゆえに、巡回兵、警備兵を通常のものから増やすことを決定した。それらに選ばれた者は、あとでスマホやパソコンの端末にメールとして送られる。そこに仕事内容などの詳細がある。では話は以上だ。質問のあるものは後で私の元へ。解散!」
パチン、と強く手を叩き、多くの兵士が室内訓練場から立ち去り、数人の兵士が彼に質問をしにやって来た。それからさらに十分後にようやく誰もいなくなる。
命令を出した区長と一人の兵士を覗いて。
「今、帰りました」
黒いローブに身を纏い、声もボイスチェンジャーで変化させている、正体不明の兵士。ほかの兵士がキチンとした制服で、配られている正規の武装をしているのにも関わらず、そのような姿。かなり異様に感じる者であった。
「ああ、帰ってきていたのか」
それに対して、区長は一切驚かず、特に何か言う事もなかった。
「お前が倒せなかったというのにはかなり驚いたぞ。それなりの実力者ということか?」
「そのようだ。今、集まっていた雑兵なんかじゃあ、勝てないな。しかも、固有魔法も使える優秀な魔法師のようだ。あんな造られた兵士は、アメリカか、もしくはソ連か……」
「……」
ローブの者のセリフに、区長は考え込む。
本当にそうか?
もしかしたら―
「まぁ、良い。今回は、俺自身も動こうと思っているからな」
そういって、彼は自分の腰にある剣の柄つかを握る。
「ずっと部屋でどっしり構えているアンタが珍しいな」
「ふふ、ずっとこもりっきりもいけないが、身体を動かすようなチャンスも無かったからな。それに今回、上手く立ち回り手柄を立てれば、階級昇格するのもありえるかもしれん」
彼は自分にとって良い未来を頭の中で描きながら、訓練場から立ち去るのであった。
「……ふん、アイツがどうなろうと良いが、足元をすくわれることなければいいがな」
そういって、ローブの者も消えるのであった。
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