第5話 新たな任務 ③
和夏はその日のうちに青海省内部にある下水道処理上へと向かった。さすがにそこには兵士などはいない。しかし、警備員が巡回しており、真正面からバレないように簡単に侵入は不可能ではあった。
だが、和夏はいくつもの任務をこなしたプロ。軍や、雇われ傭兵部隊などの警備なんかに比べれば、簡単に侵入経路を見つけ出し、突破することは可能だ。
そうして、ナクチュ地区につながっている下水道へと入り、持ってきたライトで周囲をビカビカに照らし、目的地へと向かって歩いていく。
彼の背中には、武器である巨大な鎌が背負われていた。
「さて、何事もなく行ければ良いんだが」
下水道の中の匂いは鼻がひん曲がるほど強烈だ。流れているものも、直視できるものではない。
それに—
「薬品の匂いか?いや、それ以外に、鉄や鉛の匂いまでしてくるな。スーパーノート作成以外に中国軍はナクチュ地区で一体、何をしてるんだ?」
軍が不法占拠している地域だ。新たな兵器などを開発していたりするのかもしれない。
違法で、脳が全力で拒否してくるような場所を、嫌な顔をせず、どんどん進んでいく。
そうやって、何度もライトの電池を変え、三時間は経った時、
(もうナクチュ地区の真下辺りか。さて、何処から上にあがろうか)
そのように考えたその瞬間
「何者だ、貴様?」
下水道に響き渡る、声。まるでボイスチェンジャーでも使っているのか。高い音で、しかし男のようでもあり、女のようでもある、変な声。
必死にライトの光で暗闇を掻き分けていく。だが、その正体は見えない。
(魔法で光の屈折させて姿を隠してんのか?)
そうなれば、もうライトで探したところでどうしようもない。すぐにライトの明かりを消す和夏。
先ほどまでつけていたライトの明かりで、和夏の位置は完全にバレているだろう。少しでも位置を不明確にするため、ゆっくり、暗闇の見えない世界を移動していく。
「そういうアンタは何者だ?こんな暗くて臭いような下水道で、何をしてたっていうんだ?」
和夏は歩きながら、道を尋ねるかのように話を始める。
「侵入者が来ないように、見張っていたんだよ。さすがに中国軍も馬鹿じゃない。下水道から侵入される可能性だって考えていたさ。だから、私が一人こうして待機していたというわけさ」
なるほど、完全に油断し切っていた。
「やっぱり物事っていうのは自分の思うようには動かないな……」
和夏は頭を搔きむしりながら、だるそうにしている。
そんな彼を無視して、相手は質問を続ける。
「それで?貴様は何者だ。アメリカ?ロシア?それともチベット?いや、インドやブラジル辺りなんかも怪しいな。それに、その姿、日本人だろう?」
「おおっ、最近は一発で日本人と分かってくれる人がいて嬉しいなぁ」
「そりゃあそうだ、何せ私も純潔日本人だからな」
その言葉に和夏は驚く。
「あんたもか!?いやぁ、近年はめっきり見なくなったからな。日本が崩壊して以降、あそこは他民族の島になっちまった。しかし、こんな所で会えるなんて、運命だなぁ」
こんな緊張するべき場面でも余裕を持って、和夏は嬉しそうに話す。
だが、彼女の声色は変わらない。
……いや、ボイスチェンジャーで声色なんて分かったものではないが。とにかく、その雰囲気は変わらず、緊迫したもので話を続ける。
「まぁ、良い。同じ同郷のよしみって奴だ。そのまま回れ右して帰れば見逃してやる。だが、それよりも先に行こうってことなら容赦はしない!」
暗闇の中、相手の姿は見えない。だが、周囲の空気が一気に重く感じ始める。
それは、殺意。しかし、それだけではない。戦うことを楽しむような……そんな喜びの混じった空気。
(コイツ、戦闘狂か!?)
和夏も何度も戦いを経験しているため、知っていた。この世には、強くなることを唯一の喜びとして、戦いを好んで行う者が一定数いるということを。それはまるで、必死に勉強して共通テストの点数が上がったことに快感や喜びを覚え、勉強を自分からするようになるように、強くなることで自分の成長を感じる者がいるのだ。
だが、ここから退くわけにもいかない。彼は任務を果たさなければいけない。
背負っていた鎌を手に取り、戦闘の構えを取る。
「俺の返答は—」
和夏は鎌の刃に魔力を纏わせる。
「こうだ!!」
それはまるで乱舞のように、キレのある動きで鎌をぐるぐると回す。その素早い刃の動きは衝撃波を発生させる。そして、その衝撃波は飛ぶ斬撃となってこの狭い空間を暴れていく。
姿は見えない。だからこそ、このような広範囲の攻撃をすることで、確実に当てる。
当たらなくても、相手の動きを妨害することが可能だ。
さらに、刃に魔力を纏わせていることで、飛んでいる斬撃にも多少なりとも魔力を帯びている。魔法の結界術を用いなければ、身を守ることはできないだろう。
だが、それに対して相手の行動は—
「ッ!!」
和夏の腹部に強い衝撃が入り、ズズズ、と靴底と地面を擦りながら二、三メートル後方へと下がっていく。
(全部の斬撃を避けながらも、俺の懐ふところへと入り込み、攻撃してきた!?)
だが、直前に目の前に何者かの気配を感じた和夏は、瞬間に魔力を体に纏わせ、身を咄嗟に守っていた。
(あまりダメージは入ってないが……だが、俺は相手の位置を把握出来ていないというのに、相手はこっちに明確な位置を割り出して攻撃してきやがった!)
これは、圧倒的な不利。
ここは倒すんじゃなくて、逃げるべきだ。
だが、後ろにではない。
(さっさと地上に上がってすぐに身を隠す!それでコイツを振り払い、任務を続行する!)
この場合、中国軍にも何者かが侵入しているという情報が共有され、警戒レベルがグンと跳ね上がり、任務成功率がより一層下がるだろう。
だが、もうそれしかない。
和夏は真正面から戦う体勢だったのが、いつ、どのタイミングでも逃げれるような体勢を取る。
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