第2話 パイプライン ②

 あれから数時間後。


 まだ太陽が昇り切って一時間も経っていないという朝。街中はまばらに人が歩いてはいる。ものの、大通りであるというのに、静かすぎる感じではあった。


 その中を、一人の女が歩いていた。


 腰には、一本の長剣。髪は綺麗な金色をした、顔の整った美しい女性だ。身長も高く、モデルでもやっているのかと思われても仕方がないほどである。


 だが一目見て、決してそんな職種の人間だとは思わないだろう。


 なにせ、腰の剣はもちろん、来ている服は軍の制服であるからだ。しかし、決してトルコ軍の服ではないために、それを見たものは、何処の、誰なのだろうか?という強い疑問を持って彼女の歩く姿を見ていたのであった。


 そんな彼女は、どんどん大通りを歩いて行く。そして、街中を超え、スラム街ともいえるような、町の端っこであり、地元民であれば近づかない場所へとやってきていた。


 そんな場所でさえも、奇異な目で見られていた。しかし、つっかかってくる者はいない。なにせ、軍人であるの確かであり、彼女を殺し、金品を巻き上げられる自信のある野郎はいなかったからだ。


 「さて、約束の場所はここだな」


 彼女は辿り着いたのは、一つの家。窓は割れており、何者かが住んでいるようには感じられない。明らかに、空き家である。だが、玄関前には、一人の足跡と、何かを引きずったあとがあった。


 それを確認もせず、迷いなく彼は玄関から中に入っていく。


 すると、すぐに一本のナイフが飛び出し、彼女の首元を狙って空中をまっすぐ来ている。しかも、刃には炎がまとわりついており、魔法が付与されているようだ。


 それを華麗に魔力を纏った右手の人差し指と中指で掴み、そこら辺に投げ捨てる。


 (トラップか。まぁ、ソ連兵士を生け捕りにしているんだ。これぐらいの罠ぐらいは張っているよな)


 味方の攻撃ではあるが、正当な理由があるので、決して強く言えないな。そんな風に思いながら、彼女は階段を上って二階へと進んでいく。


 「やぁ、待たせてしまったかな、和夏わかくん?」


 そこには、念の為、拳銃を構えて待っていた黒髪、黒目の日本人の少年がいた。味方の可能性の方があるため、拳銃のトリガーに指はかけていなかった。


 少年の隣には、布製の袋を頭に被せられているうえに、手足を縛られ、全く身動きできない男がいた。服装からして、兵士ではあるのだろう。だが、トルコ軍の軍服ではない。それに、全身真っ黒の服装が正式に採用されている軍隊など、彼女は全く見覚えがなかった。


 「半年ぶりだな、ジンシー。アンタははいつも時間を守らない。十分遅刻だ」


 そういって、拳銃を床に置く。それは、ペットボトルをポイ捨てするように、雑だった。


 「日本人は時間に厳しいねぇ。しかし、その銃は何だい?あまり君が好んで使うようには思わないんだけど……」


 和夏の武器は死神の持っているような大きな鎌だ。無論、任務によっては銃を使用することもあるし、彼自身、銃の腕前が悪いわけではない。しかし、自分から選んで使うかと言われれば、ノーと確実に言える。


 「コイツの持っていた武器だよ。見た感じからして、アメリカ製に見えるが、こんなのアメリカで見たことない。市場にも出回っていないだろうな」


 こそこそと暗闇の中を潜入するような相手が、自分が何処の出身で、何をしているのか。それらの身分を証明する者を持っているわけがない。きっと、全ての持ち物が何処で製造されたものなのか、分からないはずだ。拳銃もわざとアメリカ製のように作っているだけで、実際は別の国で造られた銃だと考えられる。


 「しかし、連れてきた奴はコイツだけなのか?」


 「もっと兵士の数は多かったが、リーダー格一人で充分だろ?他の奴らは全部、トルコ軍に丸投げするとしよう」


 「それでは、任務お疲れ。よく頑張ってくれた」


 「ああ、じっくり休むとするよ」


 そう言って、彼はあくびをする。わざわざ夜攻めてくる相手に合わせて、体内時計を狂わせていたのだ。朝になり、昼へと世界は移行しつつあるが、和夏は眠くてたまらなかった。


 また、体内時計を戻すのに、数日かかるな、そう思っていたのだが


 「残念だが、休む時間はない」


 そう言って、彼女は一枚の封筒を見せる。それは、国連からのものであるとすぐに見て分かる。それに、この封筒は任務を受けるたびに嫌ほど見てきたものだ。


 「もう新しい任務?俺は休ませてもらえる時間さえ、頂けないのか!?」


 「まぁまぁ、新しい任務が終われば半年ぐらいの長期休暇は与えるさ。私が上と掛け合って絶対に取らせるからな」


 もう、任務は出された。ここまでくれば、断ることなどできない。


 国連軍の任務は絶対。この仕事をすると決めた時、それはもう聞かされていたことだった。


 だが、この任務を出す国連の上層部からの労いの言葉など一つもなく、また馬車馬のように働かされる兵士の気持ちのことを考えていない奴らのことを頭に浮かべると、自然に怒りが湧いてくる。


 「休みがないのは残念だが、久しぶりに会ったんだし、ご飯を食べに行こう。全部奢るよ。次の任務があるとはいえ、それぐらいの自由時間はあるよね」


 そう言って、彼女は懐からもう一枚、紙を取り出す。それに和夏の態度は一変する。


 さきほどまで、だるい。ムカつく。などのマイナスで、近寄りがたいほどのものであった。だが、その紙を見た瞬間、緊張が奔ると共に、目を大きく開ける。


 「アンタからの任務もあるのか。それで?」


 「食べながら、ね」


 そう言って部屋から出ようとする彼女だったが、


 「おい、その前にコイツ、どうするつもりだ?」


 和夏は捕らえた兵士を指さす。


 「ここはスラム街。誰も近寄らないでしょ?そのうえ、誰も入らないような空き家。放置していたも大丈夫だよ」


 いや、それでも仲間が救出しに来ないとも限らないし、それでは不安が残りすぎる。その発言に、和夏は強く反対しようとするのだが、その前に彼女が行動に出る。


 「それでも不安なら—」


 そう言って、チョークをポケットから取り出し、床に魔法陣を描き出す。


 手で綺麗な円を描き、そこにいろんな図形、文字を入れ始める。


 「いつ見てもアンタ、おかしいぜ。どうしてそんな綺麗な円が一発で描けるんだよ」


 「慣れだよ、慣れ。さて、これで結界も張ったし、中に誰かが入ってくればすぐに連絡が来るようにした。これで問題はないはずさ。さて、時間はもう昼時。お腹減ったし、早く食べに行こう」

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