第5話
「…屋くん!」
気のせいだろうか。俺の名前を呼んでいる声が聞こえる。
夢か、現実か。目を開くのは正直面倒くさい。
だからといってそのまま放置しておく訳にはいかないよな。
「桝屋くん!」
ん、この声は最近聞いた覚えのある声だ。直近で俺が会話した人は一人しかいない。
俺はゆっくりと目を開き、対象の人物を確認する。
「桐谷さんじゃないですか」
「…なんでそんな普通そうなの?桝屋くんの家は?」
彼女がなぜここにいるのかは把握しようも無いが、どうやら不味いことになったことだけは分かった。
俺は彼女に嘘をついたのだ。
他人の家を自分の家だと偽り、野宿することを隠していたのだ。
「いや、あの…」
「もしかして、嘘、ついたの?」
「あのだな…、嘘というかなんというか」
と俺が口積むんだ瞬間、彼女は全てを察したかのように俺へと鋭い眼光を向けてきた。
意味はどうやら無いらしい。そもそも才女を騙そうとすること自体愚かな事だったな。
「あのお家はなんなの?正直に答えないとどうなるか分かってるよね?」
ひっ、笑いながら拳を握っている。桐谷さんってそんなキャラでしたっけ?
呆気なく観念した俺は事の流れを全て桐谷さんに説明した。
話の合間合間にため息を吐かれたのは言うまでもない。
「つまり、桝屋くんは私を心配させまいと嘘をついたの?」
「そ、そうですね」
「…はぁ」
今までで1番大きいため息を吐く桐谷さん。相当うんざりしているらしい。
「あのねー、桝屋くん?」
「なんでしょう?」
「自殺を止めたのは確かに私だよ。責任取ってとも言ったけど、それは桝屋くんの幸せを含まれているんだよ?分かってるの?」
「俺の幸せ?」
「当たり前だよ。私の求めてる幸せ、幸福は私と桝屋くんが死ぬ時にいい人生だったと言えるくらいのレベル。ごめんね、語彙力なくて」
語彙力のことは別に気にしないが…桐谷さんは俺の事を考えてくれていたのか。
あくまで俺は義務感で…彼女の幸福を見届ければいいと思っていたのだが、俺の思惑は外れていたらしい。
「だ・か・ら!こんなところに桝屋くんがいたら困るんです!」
腰に手を当てて、ハムスターのように頬をふくらませてプンプンと怒る桐谷さん。
もしかしたらもしかすると、俺の幸せは桐谷さんの幸せに直結しているかもな。
「すみません」
「うん、よろしい。次は気をつけるように」
ふと桐谷さんの腕を見てみると、食材の入ったビニール袋を持っていた。
買い物に行った帰りに俺に遭遇したのか。
「じゃあ、着いてきて」
「え?」
「え?じゃないよ。家に帰りたくないんだよね?それなら責任取って貰うんだから私の家に来てもらわないと行けないの」
「別に桐谷さん家に無理やり、俺みたいなやつ…」
「それっ!」
突然彼女は俺に指を指し、続けてバツ印を作る。
「今から桝屋くんは自分を卑下するようなは発言は禁止。桝屋くんがそんな感じだったら、私は困るから」
「気をつけるよ」
「桝屋くんは家に帰りたくないんだよね?」
「ああ」
「じゃあ、必然的に私んち行きだね」
反論しても意味がないと悟った俺は、大人しく桐谷さんについて行くことにしたのだった。
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