第4話

 話を進めていくと桐谷さんは本心で俺の部活に入るつもりだと熱弁してくれた。

 いくら俺が断ろうとしても彼女は無視、結果的に入部届を取りに行くまでいってしまった。


 なぜまだ学校にいるのか、と学年主任に怒られたのは別の話だが桐谷さんはとても怒られている時も満足そうな表情を浮かべており何も言う気が無くなった。


 その後、俺たちは桐谷さんと一緒に下校すると、ある家の前で立ち止まった。


「ここが俺んちだよ。わざわざありがとうな」


「へー、これが桝屋くん家か~」


「ああ」


「じゃあ、また明日ね」


 あれ、案外あっさりと帰るんだな。

 てっきり何か言ってくるものだと思っていたのだが…まあいい。


「じゃあな」


 俺は桐谷さんにそう言うと、そのまま道に沿って歩いていき、角に着くと一度だけこちらを振り返って手を振ってきた。


 軽ーく手を振り返すと彼女は笑顔を浮かべて姿を消していく。俺はその姿を最後まで見届けて安堵のため息を吐く。


 そして俺はそのまま家に入る…ことはせず、元来た道へと足を進めた。


 実はこの家、俺の家ではない。

 嘘をついたのだ。どうしても家に帰る気分になれなかった俺は、彼女をだまして野宿することを選んだ。


 確か、歩いている途中に公園があったよな。

 俺が今住んでいる祖父母の家はここから反対側にある。


 これから歩いて帰る気にもなれない。

 野宿にも少し興味があった。ちょうどいい機会だ、どうせなら使わせてもらうとしよう。


「あったあった」


 少し歩くと、小さ目の公園があった。

 小さいとは言っても、ベンチはあるしトイレもある。

 一夜過ごすくらいには何の問題もない環境だ。


 俺はベンチにバッグを置くと、そのまま枕にして横になった。


 死ぬのを止めてしまった。

 これも桐谷さんのせいだ。責任を取ってもらわなくてはならない。


 俺をどう使うかは知らないが、誰かの役に立てるというのならば苦ではない。


 幸せとまではいかないが、生きがいになってくれることを願っているくらい期待しているのは本当だ。


「ねむ…」


 無意識に欠伸が出る。

 色々あって俺の身体は疲れてしまっているらしい。


 寝るのが一番だな。どうせ誰もここには来ない。

 ゆっくり寝るとしようかな。







 ◇


「ただいま~、お帰りお姉ちゃん!」


「ただいま、茜」


 私は運命の人、桝屋君と別れると一直線に家へと帰ってきていた。


 出迎えてくれたのは妹の茜だ。私の三つ下でまだ中学生。

 中学生にしては少し子どもっぽいところが可愛いと私は思っている。


「あれお姉ちゃん。なんか幸せそうだね」


「ん?そう?」


 あれ、そんなに私って顔に出やすいのかな?


 男の人に無理やり唇を奪われて、ドキドキが止まらなかったには事実だけど…。


「うん!いつもよりもほっぺが上がってるよ」


 私、私が思っている以上に喜んじゃってるみたい。

 私は昔からお母さんとお父さんの馴れ初め話が好きだった。


 お母さんからは不思議な子って言われていたが、たぶん子供の頃から恋愛に興味があったんだと思う。


 お母さんは初めてキスをしたお父さんと結婚した、と聞いた。それもお父さんがお母さんの唇を無理やり奪ったんだって。


 普通の人なら気持ち悪い、って思っちゃうのかもしれないけどロマンチストな私はそんな運命にあこがれてしまった。


 事件は突然訪れた。


 放課後、いつものように居残りして自主学習をしていたらクラスの名前しか知らない、話したこともないような男子に突然キスをされてしまった。


 それから話は早かった。


 キスされた瞬間から芽生えた心臓の鼓動は収まらず、なぜか逃げて行ってその男子を追いかけた。


 自殺しようとしていたのは驚いちゃっけど、今が良ければ別にいい。

 終わり良ければ総て良し、ってやつだよね!


「そ、いいことがあったんだ~」


「なにがあったの?」


「ん~、秘密」


「え~」


 こう妹と交わす会話もいつもより楽しく感じてしまう。恋って本当にすごい。


 恋は盲目、っていうけど本当だったんだ。


「あ、湯月おかえりなさい」


「ただいまお母さん!」


「突然だけど、買い物を頼んでいいかしら?」


「いいよ~」


 今晩のおかずは、ヘルシースープだって。私の大好きなおかず。


 今日はなんだか運がいいなぁ。


 なんて考えながら、私は買い物に出かけた。

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