第5幕 学園祭は好きですか?(一日目)

「これから学園祭一日目を始めたいと思います!」

アナウンスが始まりの宣言と共に生徒が歓声をあげ、学園の空には花火が上がる。運動会でもこの白い花火が上がり開催される事を告げる為、走るのが苦手な僕には憂鬱で仕方がなく上がらないのを祈っていた。運動会の前日に雨が降っており無くなると思っていたのに当日には快晴で運動会を行う事になった時は絶望を感じたぐらいに走るのが嫌いだ。

「だが今日は走らなくていいからサイコーだな、だな」

 悠斗は力一杯に親指立てる。

「い、痛いっす…てか、テンション高いな。グッジョブが俺に当たってるんですけど。どんだけ走んの嫌いなんだよ、俺も嫌いだけど興奮しすぎだろ」

「走らなくていいとわかるとテンション上がらない?」

「痛ててっ、んでっこいつがテンション上がってんのは置いといて一日目は生徒だけの日だからどんな感じだっけ?」

僕はテンションが上がり過ぎたのか親指を立てた拳を恭介の顔に向けていたらしい。

 手で頬を擦りながら恭介は聞いてくる。

「担当があんたなのになんで知らないのよ……」

 華恋は恭介を見ながら溜息をついていた。

「ぺろっちゃったっ」

恭介はその横で舌を出し右手を額に当て、ポーズをとる。可愛くないからな。

「今日は模擬店の仮営業と各クラスの作品展示でしょ」

「そうですね。作品展示は出し物をしないクラスが行うことになっています」

 僕達のクラスは二日目に出し物をするので一日目は何もすることがない。そのため、僕のクラスの担任は仕事を忘れ、生徒を置き去りにし学園祭を一番に楽しんでいた。

「顎鬚はは何してるんだか……」

「仕方ない。あの顎鬚は」

「まあな」

 僕達は先生の姿を見ながら溜息を吐く。先生も息抜きをしたい時があるのだろう。あれは抜き過ぎている気がするが。

「気を取り直して、どこから回ろうか?」

「そうだね……先に模擬店を見て回るか、展示品を見て回るか決めた方がいいかな」

 僕と華恋がどう見て回るか相談していると恭介が割って入ってくる。

「お困りのようだね、お二人さん。こんな時はこれですよ」

 僕達のあいだに少し間が空き、そして時は動きだす。

「気を取り直して、どこから回ろうか?」

 なかった事にした。

「そうだと思ったけど、ショックだよ」

「何よ、こっちは悩んでんだから邪魔しないでくれる」

「はい、邪魔しませ……なんて言うと思うかこんちきしょ」

「何かいいものでもあるの?」

「よ、よくぞ聞いてくれました。俺が作成した学園祭ガイドマップですよ」

 感激のあまりなのか、ただたんになのか抱きつこうとしていたアホ毛を僕は無意識に殴っていた。

「あっ、悪い。思わず手が出てた」

 華恋は僕に殴られたアホ毛を気にせず質問する。

「へぇ~、どんな事が書いてあるの?」

 恭介は僕に殴られた所を擦りながら喋る。

「か、可愛い女子から綺麗な女子まで、この学園の見て回る順番が書いてあるのだよ☆」

 満面の笑みで言い終えると左手でグッジョブを向ける。

 そこに華恋が歩み寄り、立てていた親指を右手で握りしめアームレスリングのように傾ける。

「ほいっ」

「ばんなそかなっ!?」

フィニッシュポーズを決め、華恋は立っていた。その横で自分の親指を見つめているアホ毛。

「まったく、ろくなこと言わないんだから」

 華恋はぶつぶつと、文句を言いながら鞄に手を伸ばす。

「最初からコレ見とけばよかった」

 華恋が鞄から出したコレとは、生徒会が作成した学園祭のしおりだった。

「そういえば、それがあったわ」

「ほら、行くよ」

 華恋はらんの手をつかみ、歩きだす。その後ろを僕達がついて行く。

この時の感じる感情は、誰もがこの時を一分一秒でも続けばいいと願うものに違いない。


……… …… …


「いやぁ~、仮営業だけど本格的だったね。あのケーキとかパフェ、美味しかったよね」

「そうですね。レシピをいただいてきました」

 女の子は甘いものが好きというのは本当のようだ。この二人の笑顔を見てれば納得できる。

「みなさん学園祭一日目お疲れさまでした。明日は一般公開ですので張り切って頑張りましょう。それでは気を付けて帰ってくださいね」

なんだかんだ、模擬店を楽しんだ僕達はあっという間に時間が過ぎ、学園祭一日目終了間近なことを校内アナウンスがつげる。

「一日目もあと少しで終わりか、あっという間だったね」

 やはり、祭りが終わるのは名残惜しいものがある。

「毎日あればいいなとは思うが、毎日あったら楽しいって感覚が無くなっちまうよ」

「確かにそうだけど……」

 祭りは終わってしまうが、その時に感じた気持ちや記憶は消えない。僕達が大人になっても懐かしいと楽しく話せるだろう。

 僕達は帰りの支度をする為、教室へと向かった。1階から2階へとあがる階段の踊り場から声がする。

騒がしい方向へ目を向けると、学園指定のカーディガンを着て髪を二つに縛りその先が捻じれ縦ロール(世間ではドリル頭?)搭載されている女の子。ネクタイ、リボンは学年別に色分けされており一年生が緑、二年生が赤、三年生が青。その女の子はリボンの色から、一年生だとわかった。その一年生と同じ髪の色をしているが縦ロールではない髪型の女性が一年生の腕を引っ張り引き留めようとしている。

「ちーちゃん、お願いだから話を聞いて」

「うるさい、うるさい! 誰が話を聞くか。本当の家族でもないのに家族面しないで!」

 一年生は引き留める手を振り払い、階段を上っていく。

 どうして、口論になっているかは解らないけど何かがあるのは一目瞭然だった。

「ちーちゃん……やっぱり私だけじゃダメなんだわ…」

 女性は落ち込み顔を下へ向け、瞳から涙がこぼれる。

「あなたにそんな涙は似合いませんよ。これを使って」

 何処から現れたのか、女性にハンカチを渡す顎鬚がいた。

「樹、らんはさっきの一年生を見つけてこい。悠斗、華恋はこの女性を生徒指導室に案内しろ」

「了解」」

「は~い」

「は、はい。わかりました」

「……了解した」

 指示された二人は階段を上り、一年生を追いかける。

いつもはお茶らける姿が多く見られるが指示を出す姿を見ると、この人が先生だと改めて実感する。指示を出す姿は尊敬できるものがあった。

「んで、俺は?」

 そういえば、名前を呼ばれていない人物がいた。

「ん~と……お茶くみ?」

 先生が発言するとその場から走り出すアホ毛。その目には涙が流れていた。

「心の汗が目から出てるだけだ~~~」

 お決まり文句を叫び、こちらを見ながら走る。

「いや、追いかけも引き止めもしないから」

 アホ毛はその場からいなくなり僕はそのアホ毛を気にせず華恋と一緒に女性を生徒指導室へ案内する。

「んじゃ、そのソファに座ってください」

「はい、失礼します」

 僕達はソファへ腰かけるとドアが開く。

「……お茶持ってきましたよ」

 目を擦りながらお茶を置いていく。なんだかんだ準備するんだよねこの子は。

「で、さっきの生徒は確か一年生の師走千紘ですよね?」

 先生は先ほど僕達の目の前から走り去っていった生徒の名前を告げる。

「へぇ? 師走ってあの師走?」

「恭介どういう事?」

「おいおい、師走って言ったら、この学園に多額の寄付してるって噂の師走家じゃねえか!」

「「えぇええぇぇ~~~」」

「待て待て、噂には聞いていたけど本当に入学してたのか!」

「私、初めて見た。あんな子だったんだ」

 僕と華恋は吃驚する。

そりゃそうだ師走家はココに引っ越してすぐに大豪邸が建てられ、この学園に多額の寄付をしていると噂になっていた。そこの令嬢がこの学園に転入してきたとは聞いていたが…

「おい、お前らうるさいぞ!」

「すいません、興奮しちゃって……」

「たくっ、それであなたはあの子のお姉さんですか?」

 先生は僕達を注意すると話を戻す。やっぱりなんだかんだで教師だな。この姿を見るとあのお茶らける姿が嘘のように思える。

「いえ、あたくしはあの子の姉ではなく母親です」

 そう言い終えるとその女性は恭介が準備したお茶に手をつけ、自分の口へと運び一息ついている。

「え…姉じゃない?」

 僕は先ほどの師走家の事で吃驚をしたが、それを上回る発言が今あった。お姉さんじゃなく母親だという発言。なぜその一言に反応するかというと先ほど『女の子いや、女性と言った方がいいか?』と思ったわけが解った事とその女性が女の子と勘違いしてしまう程に若く見える事に吃驚した。僕の母親も周りから若く見えると言われるがこの女性は僕も吃驚してしまう程、若く見えた。僕達を置いて一番に吃驚する人物がいた。

「うえぇええぇぇぇ~~~~!?」

 そう、すぐに想像ができる。顎鬚が生えている僕達の担任だ。

「え、えぇえ~~~」

「うるさいよ、髭!」

 恭介の背中からハリセンを取り出し、下から上へ振り上げる。ハリセンは髭の顎に当たり姿勢が後ろへずれると同時に落ち着きを取り戻す。

「悪い、テンパってしまった……危ねえ、人妻を口説くとこだったぁ」

「おい、そこは隠しとけよ……」

 いつもの先生に戻って僕は安心したよ。ああ、いつもの顎鬚だと。それと同時に、尊敬していた僕の気持ちを返してほしいとも思った。

「二人とも今はそういう場合じゃないでしょ。師走さんの話を聞きましょうよ」

 この中で冷静でいられる人物が進行を始める。華恋をこっちに指示したのはこうなる事を考えていた上での事だろう。『なあ、顎鬚よ』と顎鬚の顔を見ると舌を出し手を頭に当てていた。いや、可愛くないからね。

「師走さん、どうして娘さんと言い争いになっていたのかお聞きしてもよろしいですか?」

「は、はい…」

 師走千紘の母親だという女性は少し気まずそうにしながら考え、少しすると閉じていた口が開く。

「あ、あの…今から離す事はあなた達だけの秘密にしていただけますか?」

 そう言うと僕達の顔を見渡す。僕達は一度、師走さんから目を離しお互いの顔を見つめ師走さんに視線を戻し頷く。

「はい、約束という事で皆様にお話しいたします。まず初めに私とあの子、千紘との関係をお話しなければなりません」

「いや、そこはここにいる皆が知ってると思いますが? あなたが千紘の母親で千紘があなたの娘ですよね?」

 僕達の誰もが、この回答に辿り着くと思う。そう、この状況に居れば誰もが思う。しかし、女性の回答はそこに一つの秘密があるものだった。

「確かに私達は親子…なんですが、正確には本当の母と子ではないのです。あの子と私は血が繋がってないのです」

 ここでようやく親子ではないという意味が解ったが、そこに問題があるとは思えない。

「私の名前は紅葉と言います。千尋の母親、楓の妹なんです。ここからが本題で、この事は師走家のみでの秘密にしています。もちろん千尋にも。あの子だけは助けたいのです……」

 そう言って、千紘の母親は真相を語り出した。


 ……… …… …


「おかあさ~ん。早くこっち着てよ」

「はいはい、ちーちゃん早いわよ。お母さん疲れちゃうわ」

「おとうさんも来れたらよかったのにね…」

「そうね。だけど、お父さんは忙しい人だから難しいかな。また今度、誘ってみましょう」

「うん」

「良い笑顔ね。ほら、帽子が曲がっているわ。直してあげる」

「ありがとう、お母さん」

 麦わら帽子を直してもらうが千紘はかけ足になっているためすぐに帽子がずれてしまう。

「あらあら」

今から向かう場所に着くのが楽しみで仕方がなく母親の手を引っ張る。昨日の夜から興奮しており、遠足に行く前日の様に、わくわくして仕方がないものだった。

「ぱ・ん・だ❤ ぱ・ん・だ❤」

「ちーちゃん…パンダは上野よ。残念だけど、今から行くのは違うところだからね」

「え~、ぱんだ見れないの……」

 千紘は指をくわえ残念そうに下を向く。

「パンダは今度、お父さんも誘って行きましょう」

「本当?」

 顔を上げ母親を見つめる。

「お母さんが嘘ついたことある?」

「ない」

 千紘は母親の一言で上機嫌になり母親の周りをクルクルと廻る。

「うん、やっぱり良い笑顔」

「(いや~、うちの娘ぱねぇえぇぇ。何あの笑顔? 天使すぎじゃない! よく言うわよね○○でご飯三杯いけるね。とかいうの私ならあの笑顔で何杯でもいけるわぁ。あの子がおかずなら確実に大変なことになっているわね……❤)

 千紘の笑顔を見て母親も笑顔になるが、その笑顔は他人から見ると引いてしまう程の笑顔だだ漏れ。

「お母さんどうしたの? よだれ出てるよ」

「(いや~、うちの子マジ天使)はぁあっ、ごっ、ごめんね。お母さんちょっとちーちゃんで興奮しちゃっていたみたい」

「ふ~ん、変なの。それより早く行こうよ」

「そうね、行きましょう」

 親子は手を繋ぎ、動物園の門をくぐる。


 ……… …… …


「きりんさん、おさるさん、ぞうさん、動物さんがいっぱい」

「本当に動物さんが好きね。ちーちゃん、写真撮るからこっち向いて」

 千紘にカメラを向ける母親。千紘はカメラへ笑みとブイサインを向ける。

「ピース☆」

 子供が動物の前に立ち、その子供の姿を収める為に親がカメラを構えシャッターを押す。その姿は周りを見渡せば目に映る光景。この子供の笑顔を守るためなら何でもしようと思うのが親の務めであり、約束である。そのため、千紘の母親がこれからすることはその親としての務めだったのだろう。

「ほら、ちーちゃん。もう帰らないとお父さん心配するから帰りますよ」

「え~、もう帰るの? やだっ、まだ動物さん見るの」

「お父さん心配しちゃうよ。それに、お父さんとちーちゃんのご飯も作らないと」

「やだやだ、もう少し」

「もう……」

 子供はこうなってしまうと手がつけられない。しかし、子供とは単純で無垢な生き物だ、それゆえ人を疑わない。自分で考えて行動できる大人とは違い、甘い罠にすぐに引っ掛かってしまう。

「それじゃ、ちーちゃんこのクマのぬいぐるみを買って帰りましょ」

「帰る」

「(こんなにすぐに引っ掛かっちゃうと親として将来が心配だわぁ。お子さんをお持ちの親御さんは誘拐されないように、お子さんからは目を離さないでくださいね❤)」

「お母さん、誰に話してるの?」

「ううん、なんでもないの。帰りましょうね」

「うん。くまさんも一緒に帰ろうね❤」

 母と子は手を繋ぎ、歩いて駅へと向かう。子供の歩幅に合わせ母親が歩くスピードを落とす。仲睦まじいという言葉がピッタリ。

「もうそろそろ駅に着きますよ」

「は~い」

 そろそろ、駅に着く。もう、目の前には改札が見えている。その改札を抜け電車に乗れば帰路に着くはずだった。

「あっ、くまさんが……」

 千紘の手からクマのぬいぐるみが離れてしまう。しかし、母親は気付かずに千紘の手を引っ張る。

「くまさんが落ちちゃった」

「えっ?」

 母親は思わず千紘の手を離し、千紘はぬいぐるみを拾いに戻る。

「くまさん、手を離してごめんね」

 ぬいぐるみを抱き抱え、母親のもとへ戻ろうと走り出す。

「千紘、危ない!」

 その言葉の瞬間、激しい音が鳴り響く。

「お…お母さん……」

 千紘が起き上がると目の前には車が電柱にぶつかっているのが見える。それと一緒に目に映りこんできた母親の姿があった。

「お…おかあさん…おかあさん」

「よかった……ちーちゃんは無事だったのね…」

母親の額からは血が流れている。

「おかあさん!」

そこで、千尋は気を失い倒れてしまう。その周りでは救急車や警察を呼ぶ人や救護の人達が駆け寄る。


……… …… …


「姉さん!」

手術中のランプが点灯している前の椅子には千尋の父親が座り込んで祈っている姿を見つけ駆け寄る。

「義兄さん、姉さんは大丈夫なの?」

「わからない…。千尋はかすり傷で済んだようだが、今は手術中でまだ何とも…」

 妹はその話を聞き姉の娘が無事に安堵するも、姉がどの様な状況なのかがわからない為また不安になる。すると手術中のランプが消灯し医師がドアから出てくる。

「先生、姉さんは?」

 医師の話によると到着時にはもう手のつけようがない事、今息があるのが不思議で仕方のない事を話をして手術室へ入る様に話をする。

「姉さん!」

「来てくれたのね…、あなたもごめんなさいね。忙しいのに…」

「何を言っている。来るさ君達の為なら」

 千尋の父親は髪をなでる。撫でられた楓は自分の状況を悟っているように話を進める。

「あなたと紅葉にお願いがあるの…。あの子が自分のせいで私が亡くなったと思わない様にして…」

 楓の目には涙がたまっている。紅葉の目からは涙があふれていた。紅葉や千尋の父親は何も話す事が出来ず、手を握り頷く。

「お願いね…千尋…ごめんね」

 楓の目から涙がこぼれると同時に手の力がなくなる。


……… …… …

「おかあさん!」

 千尋は知らない場所で目を覚ます。周りには知らない人がいる事に驚き泣き叫ぶ。

「ちーちゃん!」

 名前を呼ぶ方を見るといつも優しい笑顔を向ける母親の姿があった。

「おかあさん!」

 千尋は母親を抱きしめ怪我の心配をする。

「おかあさん、ごめんなさい。私が手を離しちゃったから、私のせいでおかあさんが車に引かれたと思って……」

 母親は千尋を抱きしめて、話をする。

「ぶつけちゃっただけよ。先生に診てもらったから大丈夫!」

 笑顔でほほ笑む。安堵したのか千尋はそのまま目をつぶり眠りにつく。

 楓と紅葉は双子の姉妹で姉との約束を守る為に千尋に嘘をついたのだ。しかし、千尋が大きくなるにつれて千尋も何かを悟ったのだろう当時の事を調べていたようだ。


……… …… …


 女の子は屋上へと駆け上る。ドアに手を伸ばすもドアは開かない。近年、屋上はとある事件が全国に広まり屋上を閉鎖している。田舎とはいえ守る所は守られている。

 女の子はその場に座り込むと目の前には見知らぬ生徒が二人いた。

「…追いついたな」

「は、早いですよ…」

 男の子はメガネの位置を直し、女の子は息を切らし疲れている様子だった。

「何よあんた達。あの人に頼まれたの?」

「…いや、俺達は顎鬚の指示だ」

「いっちゃん、先生があなたの後を追う様に維持したんです。戻って話をしませんか?」

「話す事なんてない!」

 らんの説得を遮り、階段での内容を話し出す。余程、心にしまい込んでいたのだろう。自分が悪いと責める言葉しか出てこない。気持ちの整理が出来ないようで話し終わると自分の口を手で塞いでいた。普段なら彼女も隠していたであろう思いを止める事が出来なかったのだ。

「なんで、話しちゃったのかしら…」

「…お前が隠したくても、心では話したかった、聞いてほしかった、理解してほしかったんだろう。」

「お前じゃない、千尋って名前がある。それに、聞いてほしい、理解してほしいなんて思ってない」

 涙をためながら叫ぶ。

「…すまなかった。だが、少し話を聞いてほしい。お前、いや千尋の様に心に貯めてしまった人の話を」

 樹は話し始める。その話は幼い事のある男の子の話。そして最終的には二人の人物に救われた話。

「いっちゃん…」

「何が言いたいかというと、人はエスパーじゃないんだ。話をしないと伝わらない事もある。だが、気持ちの強要は良くない。妥協点を一緒に探すのも大切な事さ。一人でいる事は出来るが人と関りを無くすという事は出来ないと思う。その中で妥協点を見つけるのさ」

「いっちゃんの言う通りです。皆で探しましょう妥協点」

 二人の説得に溜息をつきながらも何かを理解したのだろう。または、クールダウンが出来たのか千尋は了承し生徒指導室へ向かう。


……… …… …


生徒指導室のドアが開く、千尋を引き連れた樹とらんが入ってくる。

「ちーちゃん、ごめんなさい…」

「何が、ごめんなさいなのよ」

「こらっ、まず話を聞きなさい」

 先生は優しく、千尋の頭に手を置く。千尋は注意させるのに慣れていないのだろうか静かになる。

「良し、二人の話を整理しようか」

 担任の話を皮切りに二人が話あう。事故の状況の話はズレは無い様だ。その中で自分の気持ちの整理が出来ていない様子だった。

「お父さんだって何も言わなかったし、お母さんの事だって騙してたでしょ」

「それは違うわ……確かにあなたのお母さんの事を隠していたのは事実よ。でも、あなたが自分のせいでなんて思われたらあなたが後悔するのは見えていたのよ。だから、私という偽物を作るしかなかったの。それに一番後悔しているのはあなたの父親よ。あの人はあの日、仕事で一緒に行けずあなた達を守れなかった事を嘆いていたの。だけど、母親と約束したのよ、あなたを守るって。」

「確かにその時は私のせいでお母さんがあんな事があって生きてたと知った時には神様に感謝した。けど、実際は嘘だった。私の今があるのはあなた達のおかげかもしれないけど、ちゃんと言ってほしかった。嘘でお母さんを忘れたくない」

 紅葉さんは涙を流し、千尋の話を頷き1枚の手紙を渡す。

「これって…」

「あなたのお父さんからの手紙よ」

 紅葉さんの話によると千尋の父親は海外出張に出ており千尋が最近思い悩んでいる事や二人の秘密を知ったことを相談していたようだ。その為、ココに引っ越してきたとの事。父親からの手紙を千尋は開封する。

『この手紙を読んでいるという事は紅葉から話を聞いて秘密を知ったと思う。私はお前を守りたかった。楓との宝物のお前を。楓が亡くなった時の事故の状況を調べた際に、その時の状況はお前にとっては辛い物だと思う。自分のせいだとは思わないでほしい。そして、紅葉さんは私と君を守る為についてくれた嘘だと。当主の私の立場と楓を亡くしたと知った悲しみの大きさを考えて紅葉さんが楓との約束を守ってくれていたんだ』

父親からの手紙を読み終わるのを見て紅葉さんが気持ちを伝える。

「私だって最初、姉さんの代わりをするなんておかしいと思ったわ。だけど姉さんと約束を守りたかった、あの人の姿を見てきて姉さんやあなたをどれだけ愛していたかわかったから。その為に秘密にしてきたの」

「そんな事言われても、あの時、ぬいぐるみを取りに戻らなければ…」

悔しそうな表情を浮かべる。取り戻す事が出来ないから尚の事気持ちの整理がつかないのだろう。

「…もう一枚あるぞ」

 樹の発言に一同が封筒に目を向ける。千尋が封筒を取ると一枚の写真がテーブルの上に落ちる。そこには笑顔の家族三人で映っていた。

「お母さん…」

「ちーちゃん、裏を見て」

 千尋の正面に座っていた紅葉さんが気付く。千尋が写真をめくる。

『いつまでも愛し続けます』

 そこには母親ののメッセージが書いてあった。千尋の目頭が赤くなり、涙があふれている。

「そんなの知っているのに…」

 紅葉さんが千尋を抱きしめる。

「そうなのよ。あなたは姉さんと義兄さんに愛されているの。そして、私もその一人。たしかに、ちーちゃんのお母さんになったのは噓からだけど、二人と一緒であなたを愛しているわ」

 紅葉さんは嘘をつく罪悪感がある中で姉との約束を守っていた。その中でどれだけ二人の事を愛していたのかが父親の話や表情、行動で次第に千尋の父親に惹かれていっていたとの事。尚の事、千尋を愛している事を。

「お母さん」

「まだ、お母さんでいいの?」

「私にはお母さんが二人いて幸せが増えるじゃない」

「ありがとう」

二人は抱きしめあって泣いている。それを見て周りの僕達も胸に来るものがあった。


……… …… …


「皆さん、ありがとうございます」

 ひとしきり泣いて落ち着いたのか涙を拭きながら千尋はお礼を言う。

「そして、樹さん。昔話をありがとうございます」

「…今、その話はするな」

 樹は照れ臭いのか目線をそらし、その姿を千尋は眺めていた。

「何、何?何を話したんだよ樹」

「…うるさい。今は関係ない」

 そこには樹が持っていた本で叩かれる恭介の姿があった。

「確かに嘘は良くないな。だけどな人を幸せにする嘘だってあると思うんだ。今回は遠回りをしたかもしれないが、それでも、救われる事だってあるんだ。それを理解して千尋は紅葉さんを大切にして、他の人の事も大切にしなさい」

 話をまとめる様に顎鬚の担任は優しく話をする。

「それと、ちーちゃんに言わなきゃいけない事があるの…」

 紅葉さんが改まって話を始める。

「何よ、改まって。隠し事はもう無しにしてよね」

 その顔には笑みが戻っていた。しかし、次の言葉を聞いて表情は変わる。

「この子も大切な一人にしてね」

 少し恥ずかしそうに紅葉さんはお腹をさする。

「「「「「「えっ?」」」」」」

「…何故気づかない?」

 樹、以外の皆は驚きを隠せないでいた。いや、何で樹は気づいたんだよ。

「…お腹を守りながら歩いていたろ?」

 いやいや、気付かないから。

「なんで早く言わなかったのよ。それより、あのおやじはやる事やってんじゃない!」

「ちーちゃん。恥ずかしいから」

 きゃっ、と両手で頬を抑えていた。

「皆さん、私は話をしなきゃいけない人が出来たので先に帰らせていただきます。お母さんも行くよ。皆様、この度はありがとうございました。失礼いたします」

「皆様、ありがとうございました。失礼いたします」

 二人は仲睦まじい姿を見せて帰っていった。帰る姿を見て僕達もお互いに顔を見て笑っていた。その後は担任のお開きの掛け声で僕達もお開きになった。

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