第一幕 寄り道は好きですか?

ココは、春は眠気を誘うように暖かく、夏は都会に比べれば署くもなく、秋は風が涼しく過ごし易く、冬は雪が積もる寒い町。


ココは、高層ビル、ファミレス、ゲームセンター、ファーストフード店といった名前の付くものはないが 列車に乗って着く街にはある。


しかし、学生の財布には厳しいものがある。その街まで行く列車なんて一時間に一本、遅いと二時間に一本と乗り遅れるとタイムロスが大きすぎる。


ココで唯一、都会と同じものがあるとすればコンビニぐらいだ。 だが、 あれはコンビニとはいえない。 何故なら二十時には扉が閉まってしまうからだ。テレビで見た都会のコンビニは二十四時間運営しているのだが、田合はコンビニさえ時間制限がある。


ココも田舎だと思うが町の中心部から離れると信号機が無い場所もあるぐらいの場所にココはある。




今は水着姿にさよならをして涼しくなり始め、過ごしやすい季節となっていた。


僕、卯月悠斗はココで育った。


小さい頃、違う町で生れたらしいが僕には関係ない。物心付く頃には引っ越していた為、そこの記憶もないし長い事ココにいる。


生れて数年、記憶もないそこよりもココのほうが育った月日が長い為、生まれた場所と思った方が僕もしっくりくる。違和感なんかあるわけもなく、わざわざ言う程のものでもない。


だから僕は、何事も無くただ平穏に暮らしていた。


もう少し日々を過ごせばココを出ていく事になるだろうし、嫌な事も今まで以上に沢山増えるだろうけど、今を平穏に暮らせるならそれで良いと思っている。


平穏な日常を壊したいと誰が思うだろうか。


変わりたいと思う人もいるかもしれない。だけど、僕は限りがあるからこそ一日が長く続けばいいと思っている。




「ふぅあぁ~、おはよう。母さん」


「あら、おはよう悠君。ふふっ、まだ眠たそうね」


「昨日は少し寝るのが遅すぎちゃって」


「あまり夜更かしはダメよ。成長期なんだから」


「うあ、ふあぁ~、気を付けるよ」


 母さんは微笑み、朝食の準備をしてくれる。


 僕は朝食を済ませ、通学の支度をする。


 カーディガンに腕を通し玄関に向かう。


「んじゃ、いってきます」


「はい。気を付けていってらっしゃい」


 ドアを開けると涼しい風が髪を動かす。


 その風を感じながら待ち合わせ場所へと向かう。


 待ち合わせ場所で待っていると、僕に声を掛けてくる人物がいた。


「おはよう。悠斗」


 声のする方へ顔を向けると手をヒラヒラさせて歩み寄ってくる男子は、恭助。


 男子には似合わない『アホ毛』をひょこひょこさせている。


 『アレ』は女子だからこそ似合うのに、コイツは分かっていない。


 引っ越してきた時に近所を散歩していると話しかけて来てくれた事からの縁。家も見える距離にあるほど近く、一分もかからない。いや大袈裟か、二分にしとこう。そんな近い場所に恭介の家はある。


「おはよう。昨日のテレビ見た?」


「二十二時のか?」


「そう、すごく面白かったよな?」


「昨日は、ベッドでぼ~としてたら寝てたな」


「なんだよ…、面白かったのに」


 僕は昨夜のテレビ内容や、それに対してどう感じたのか身振り手振りを交えて説明する。恭介は相槌をついて聞いて見れなかった事を残念そうに話す。


「来週もおもしろそうだから見てみなよ」


「おう」


僕と恭助は小さい頃からずっとこんな付き合い方をして一緒に登下校している。いわゆる、腐れ縁というやつだ。


 恭介と話をしながら通学していると、電信柱の下で本を読みながら立っている男子がいた。


「やあ、おはよう」


「……おはよう」


 静かな声で挨拶を返す男子は、樹。


いつも本を持っていて眼鏡がよく似合い、口数が少なく物静かな男子。


「昨日の夜は、何してた?」


「……寝るまで、本を読んでたな」


 樹は、本を読むのが好きな奴だ。


「(マンガ本ばっかり読んでる、僕とは大違いだな)」


しかし、樹の紹介する本は必ず読んでいた。


別に僕も本を読むのは嫌いではないが、おもしろいで選んでしまう。


だから、樹に聞くのが一番早かったし、樹の紹介する本は僕の『おもしろい』に的確に当てはまっていた。


夏休み、冬休みの読書感想文の本も樹に決めてもらっていた。


「(書く作文は無残な姿となっているが、それはなんともいえないけど……)」


何が理由で友達になったのかよく覚えていないが、気が合う部分があったのだろう。


「(それはまた今度にでも思い出そう)」


 他愛のない話をして、学園に到着する。僕達は、靴を中履きに履き替え教室へ向かう。


「おはよう」


 僕は教室に入りクラスメイトに挨拶し、席に着こうとすると、背後から迫り来る人物がいた。


「悠斗、おっはよ~う☆」




 ギュ~~~




「ぐはっ……」


 おはようの挨拶とともに僕は首に『違和感』を感じたか感じないかの一瞬で呼吸困難になる。


「おまっ、く、くるっ……」


「くる?」


 僕は首にかかっている、手を掴み喋る。


「く、苦しいから、は、はなして……」


この言葉を伝えるとその女子は腕を離し、苦しがる僕を見て笑いながら言ってくる。


「あははは、なにそんな顔して。あんたの顔を見て朝のスキンシップ☆、元気注入じゃない。今日も1日元気でいこう。てねっ☆」


 ブイサインを僕に向けて、女子がそこに立っていた。


 僕は技をかけられて、うまく声が出せず咳やかすれ声で伝えた。


「おま、ゴホッゴホッ、朝のスキンシップで、ゴホッ、スリーパーホールドをかける奴がどこにいるんだよ」


 体は僕より小さいのにこいつは躊躇なく的確に僕の首を締め付けるものだから、僕には会心の一撃だ。これじゃ、ただの屍のようだになってしまう。


幼い頃からスリーパホールドをやられてきているけど、最初は全然痛くなく可愛らしいスキンシップとよんでも問題はなかったが、今となっては殺傷能力があるほどに成長している。


「(無駄な能力を身につけなくたって……)」


スリーパーホールドをかけてきた華恋は、僕の三人組との付き合いが長く、もう一人の女子といつも一緒にいる。活発的な女子で、とっつきやすく、みんなに親しまれておりクラスのリーダー的存在。ポニーテールと笑顔がよく似合う。


「どこにいるんだよって、ここにいるよ。あははは☆」


 可愛らしく、憎たらしい笑顔で言った。


「そりゃそうだろうけど、やめろっていつも言ってるだろ」


僕はどれほどのものか何度も説明したが、華恋はやめずに現在進行形で続けられている。


「別にいいじゃない。技をかけているときは、あたしの胸があたってんだから役得じゃない」


「(あててんのよってことか、んなっ訳あるか!)」


「み、みくびるなよ、誰が華恋の胸をあてられて喜ぶもんか! あてられるならもっとこう、ボリュームがあるのをあてられたほうがいいね。自分と周りのを比べてみてみなよ」




 ガツッ




「なんで、そんなこと言うのよ!」


 華恋は


「本当のことじゃんか!」


「そりゃ、平均に比べたら小さいかもしれないけど、私だってまだ育ってんだからね……」


自分の胸に手を当てるのはどうかとは思うが、少し目が充血し泣きそうになる女子が目の前にいた。


僕はあせって、フォローにはいる。


「そ、そうだな、よく見たら華恋のは良い形してるな~。な、なんて……」


「(十分なほどのフォローだったと思う……たぶん……)」


 僕は不安げに華恋を見ると、もじもじ体を動かしている。


「か、華恋……どう」


「じろじろ、見んな!。叩くぞ……」


「ふぐぅっ」


 そう言って、少し口元が緩んだように見えた瞬間にチョップが飛び、叩くぞと言って叩く奴がそこにいた。


「(まあ、痛いが一様は喜んでいるようだ)」


コイツはうれしいとチョップをしてくる。幼い頃からの経験でわかっていることだ。


しかし、そのチョップは僕にしかやってこないというのは理不尽だ。


「えへへぇ、ば~かっ☆」


「お互い様だろ」


「そだね、長い付き合いだしねっ☆」


「そうそう」


そう言って僕達は、席に着く。


そうすると、華恋とのやり取りを見ていた女子が挨拶をしてくる。


「悠君、れんちゃん、おはようございます」


 今にも「禁則事項です❤」と言い出しそうな甘い声で挨拶をしてくるのは、らん。


その、容姿はクラスメイトのマスコット的存在になっている。


ヒナ鳥みたいに初めて見たものを親と勘違いしてしまうすりこみのように、華恋の後ろを歩いている。


それがまた可愛らしく、何をするにも見ているコッチをはらはらさせるのが、恐ろしくうまい。


だから、いつもそばにいる華恋はらんの保護者みたいになっていた。


「らん、おはよう」


 一礼をして挨拶をすませると、らんは自分の席に座る。


「いや~、いつ見ても思うんだけど、らんの胸はある意味、凶器だね」


 華恋は、らんの胸を見ながら「はぁふ~」と、つぶやいていた。


羨ましいのだろうか?


「まぁ、それについては僕も同意させてもらうよ」


 僕は首を縦に振り、言葉の意味を噛みしめる。


恭助やクラス全員が頷いていて、静かな樹でさえ頷いている。


「ほにゃ~、なんですかぁ、みなさんそろって」


 らんは口癖の「ほにゃ~」が出ていた。それを見て、クラス全員が笑う。


それに対して、らんはきょろきょろとあたりを見回しながら、顔を赤くしていた。


そこに、恭助が割って入り提案を持ちかける。


「それじゃあ、今日もあそこへ帰りによろうぜ」


あそことは、僕達が帰りにほとんどと言っていいほどに寄っている個人経営の小さな店だ。店の名はえんがわ。


メニューにある食べ物は美味しく、たまにオマケもしてくれる。経営している人は気軽で話しやすい性格だから雰囲気のいい店だ。


「私達も行こっか?。ねっ、らん」


「そうですね、今日は何も予定がありませんのでいいですね」


「んじゃ、いつものメンバーで行くか。いいよな樹?」


「………」


樹は本を読みながら頷く。


これもまた、僕達には日常の風景だった。




……… …… …




予鈴が鳴なり、少しすると先生が教室に入り出席を取り始めた。授業は、寝ている奴がいれば、真面目に勉強をしている奴もいる。


まぁ、どちらかといえば僕も寝ている方にはいる。


「(でも、ちゃんとしている時はちゃんとしているんだからね(ツンデレ風)。ちゃんとしている時の方が、少ないだけで……)」


と、いった具合に過ごしていると一日もあっという間に放課後を迎える。




……… …… …




放課後の予鈴が鳴り、生徒が教室より出始める。


「放課後になったところでさっそく『えんがわ』に出発!」


 華恋は元気よく、歩く方向を指差し言っていた。


「まてまて、まだそろってないよ」


「あれ? 本当だ。樹がいないね」


「なんか、図書室で本を借りてくるらしいぜ」


「はい、放課後に図書室へ行くって、おっしゃっていましたね」


「そっか、それじゃ校門前で待ってようか」


「……誰を待っている?」


 後ろから急に声を掛けるもんだから……


「「「「うわッ!」」」」


全員が声をそろえて驚く、樹もみんなと同様驚く格好をするが、顔は驚いてない。


「(いやいや、君は違うでしょ)」


「誰って、樹を待っていたんじゃないか。いきなり出てくるなんて」


「……いきなりじゃない」


「まっ、いいじゃないの。樹も来て全員そろったんだから。早く行こうよ」


「はい、行きましょう」


「行こうぜ、行こうぜ」


「そうだね、そろったことだし、行きますか」


 僕達は歩きながら今日のことや授業中の話、明日のことについて、話が尽きること無く淡々と歩き、えんがわへと向かう。


 これから今日、僕がどうなるかも知らずに。なんでかなぁ……


 えんがわの入り口を開け、元気よく挨拶をする。


「おっじゃまっしまぁ~す。秋子さん、また来たよ」


「いらっしゃい、また来てくれたんだね」


「秋子さん、俺はいつものね」


「僕も」


「……いつもの」


 僕達が、次々に注文をする。


「はいよ。恭ちゃんはラムネにたいやき、悠君はコーヒー牛乳にホットドック、いっちゃんはコーヒーに焼きそばパンね」


 恐ろしいことに秋子さんはすごい能力を持っており、その日の気分でメニューを決める俺達の思考を完璧に読んでいる。


幼い時、みんなで初めて来た時も冗談でいつものと頼んだ時に、当てられたのはビックリしてしまった。僕達の中では秋子さんはエスパーなのではと、話が出るが秋子さんはいつも通りの笑顔でそんな力はないときっぱり否定した。


「どうして、いつもので当たるんですか?」


「初めて来た時も当てられたしな」


「そう、そう、あれはビックリしたよね」


「はい、あれは忘れられません」


「……興味深い」


「私だからねっ☆」


 などと、秋子さんは答えになっていない回答をしてくる。


まったくもって面白いが、気になる所ではある。


「はい、おまたせ」


秋子さんは、出来上がった食べ物を次々とカウンターにのせていく。


「待ってました」


「あとは、お姉さんからのサービス❤」


 来てしまった、前まではちゃんとしたサービスだったがいつしか僕達が食べ物を頼むと出てくるようになった恒例イベント。


『ドキドキ❤秋子さんたこやきスペシャル(別名:深い眠りへ、いらっしゃ~い☆)』


この時のいらっしゃ~いは、どこぞの師匠がやっているようなイメージだ。秋子さんは別名を知らない。


最初は1個だけ冗談半分でワサビが入っているだけだったが、いつの間にか改良に改良を重ねていき最強の味になっていた。中身がなんなのかは秋子さんいわく企業秘密だそうだ。


「(ワサビの方がまだ可愛らしかったな……)」


「秋子さん、本当にこれ止めましょう。いつか死者が出ますよ」


 他のメンバーも首を肯かせる。


「なんでよ? あんなに美味しそうに食べているのに」


「あれは美味しそうに食べているんじゃなくて、失神しているだけですって」


 あまり反応を見せない樹もこの時は珍しく首を肯かせる。


「私も食べたけど美味しかったよ」


「(秋子さんは味覚がおかしいんだよ)」


らんは泣き出しそうになっている。


「恋ちゃんも、美味しいと思うよね?」


「えっ、えっ、え~とっ、こ、個性的な味ではあると思います」


 華恋は、回答に迷いながらも答える。


「(笑顔が引きつってるぞ)」


「みんなして、どうしてそんなひどいこと言うの」


 秋子さんは手を顔に当てて泣き始める。


僕達は、泣く秋子さんをなだめて秋子さんたこ焼きスペシャルを食べることにした。


そして、これを食べ終わってからの恒例行事。


「そんじゃ、分かっているとは思うけどこの中に1個だけ秋子さんスペシャルがある。それを食べた人がここの代金を全額払う」


「前回は俺だったんだから、または嫌だぜ……」


「……」


「今日は運勢良かったと思うんだけどなぁ……」


「ほにゃ~」


「んじゃ、いっせ~の~で、食べること」


僕達はお互いの顔を見ながら食べる態勢をとる。


「「「「「いっせーのーで」」」」」


一斉に口の中にたこ焼きを入れた。


「うん、おいしい」


「わ、私も大丈夫です」


「……異状ない」


「セ~~~フ。って、ことは悠斗が……」


恭助は自分が大丈夫なのを確認し、悠斗を確認する。すると……


「悠斗が倒れてる~!」


「ぐふっ……」


「悠斗、起きろ! そっちに行くな」


 食べた瞬間に倒れた僕を見て、みんなが僕の名前を呼んでいるのが微かに聞こえる。


僕は口に含み噛んだ瞬間に天使が舞い降りていた。


「はぁ、○トラッシュ、僕はもう眠いんだぁ……」


「寝るなぁ~、寝たら吹雪いている山で眠るなみに危ねえよ!」


「燃え尽きたよ…真っ白にな……」


「燃えてもね~! そんな、どこぞのネタはいいから逝くな、戻って来い」


 恭助が呼びかけているが、僕は深い眠りへとは落ちていった。




……… …… …




「止めて、それは消しゴム! はっ、俺、生きてる?」


「(あれ? 小学生が匂いつき消しゴムを口に入れようとしていたような…… 昔に見たことあるぞ?)」


 あれからどのぐらい経ったのだろうか、僕は体を起こす。


「何の夢だったのか知らんが、やっと目を覚ましたか」


「らん、悠斗が目を覚ましたよ」


「ふえぇ~、よかったです」


「……倒れてから、30分経っている」


 みんなが心配そうに見ていたが、一人は違う反応をしていた。


「起きた? 本当に悠君は大袈裟だな。美味しいからって何も気絶しなくても」


「「「「「(どこがですか?)」」」」」


 僕達はその時、心の声を揃えていた。


みんなが心の声で訴えているが、秋子さんはみんなの顔を見ながらけらけらと笑っていた。


 帰宅を促す町内放送の音楽が鳴り、外は夕暮れに包まれていた。


「ほら、みんな。そろそろ帰らないと親御さんが心配するよ」


「もう、こんな時間か。楽しい時間は早く感じるな」


「それじゃあ、秋子さんまた今度きますね」


「今度なんて言わずに毎日来てよ。意味もなく寄ってく人だっているんだからさ。ねっ? 野郎ども」


「秋子さんそれは酷いですよ。俺達は秋子さんが悲しまないように毎日来てるだけですよ」


「……店の雰囲気が好きなんです」


「花が無いんだよねぇ~。やっぱり、可愛い子がいないと」


「私達もきたいのですが、部活があるので」


 二人は「申し訳ありません」と礼をする。


「ううん、いいんだよ。ほら、野郎どもも見習え!」


 僕と恭助は笑って誤魔化す。


「そんじゃあ、秋子さん。また今度」


「はいよ。みんな気いつけて帰るんだよ」


 僕達は秋子さんに挨拶をし、店を後にした。

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