本当の始まり
暢世には言っていないが、魔力の出力がでかいということは平常時におおても消費される体内魔力が多いということで。
この世界で言うなら燃費が悪いのだ。
それはシーカーとして暢世の成長の遅さにも繋がっている。
通常なら生体維持などで一しか使わない魔力を、暢世の場合は五は使っている。
消耗した体内魔力は幻想素子で補う必要があるため、仮に迷宮内のモンスターを倒して十の素子を吸収したとしても維持に五まわされる。他者が九得ることが出来るものを暢世はその半分程度しか得ることが出来なかったのだ。
その上成長率は幸運度特化型で恩恵が目に見えて現れにくい。
ゆえに暢世は他者に比べれば成長が緩慢になってしまう。
しかし一定以上に成長したのならそれは変わってくる。
体内に蓄えれる魔力の量は幻想素子を吸収すればするほど上がるからだ。
流石にドラゴンを倒した時は、その膨大過ぎる素子の量にそのキャパシティが追い付かなくなり体が悲鳴を上げていたが。
暢世はそれに見合った成長を遂げたはずだった。
だから我も特に興味は抱かなかった。
この世界の知識と住人達の情報を手に入れるため、記憶とステータスを見るまでは。
だから驚いた。まさかあれほどの素子を吸収してもなお、あんなステータスの者がいるとは思わなかったからだ。
普通では考えられない成長率。
基本ステータスがほとんど伸びておらず、幸運度だけが急激に上昇していた。
しかし、我はそれを見た瞬間疼いてしまった。
きっとこの者は大成することなく終わる。
記憶を覗いた時に見たがこやつが目指すシーカーとやらは幸運だけで乗り切れる甘いものでは無い。
このステータスではいずれ命を落とす。
でも我が助力したのならいずれ……。
だから我は助力を申し出た。
この者を大成させるため。
何度となく繰り返した、力無き者を玉座に座らせる我の趣味。
読み取った情報からこの世界では封建国家は廃れている。
だからこの世界では王ではなく、この娘の手に望む栄光を掴ませる。
その手始めとしての迷宮攻略。
暢世のステータスは、ほぼ幸運しか上がらない。しかし他が全く上がらない訳でもない。何より体内魔力のキャパシティを大きくするのは重要なので、先ずは実戦訓練を重ねつつ、幻想素子を吸収させていく。
そのために必要な武器も渡した。
この世界の銃というやつだ。
実弾では迷宮のモンスターには効果がない為、薬莢を魔力伝達式に変え、伝達した魔力で魔法弾を生成し撃ち出す仕組みに変えた。
また利点として本来の銃では必要不可欠なリロードがない。
つまりノブヨスペシャルは魔力が尽きない限り弾が何発も撃てる。
そして魔力出力の高い暢世の弾丸は高威力に繋がる。
攻撃手段の手薄な今の暢世にはぴったりの武器を渡したつもりだ。
なにより暢世はあの銃とかいう武器が好きなようだから扱いもすぐに慣れるだろう。
「あの、シュヴァエモン。このまま先に進むって本気?」
「ああ、マジだ。我に二言は無い」
「でも、この先はさっきのドラゴンみたいのがうようよしてるかもよ」
どうやら暢世は尻込みしているようだ。
それはそうだろう暢世は自分の弱さをよく理解している。
「安心しろ。その為の我だ。死ぬ前には助けてやる」
「絶対だよ、死んだら化けて取り憑いてやるから」
暢世にはあえて言わなかったが、これだけ濃い幻想素子に覆われている迷宮内なら、死んだ直後限定だが蘇生も可能だ。
では何故そのことを伝えなかったのかといえば、人は良くも悪くも死への恐怖が原動力になる時がある。だからまだ暢世のような年若い娘が死への恐怖を無くすのは良いことではない。
「うむ。では死なないようまずは軽く訓練していこう」
我はそう告げると、
「こいつらを的に射撃の訓練だ。額を打ち抜けば崩れて消える。まずは全部撃ち抜いてみせよ」
「あっ、ちょっとまってその戦闘に入るならヘッドセットをって、ぎゃあ、なによこれボロボロで再起不能になってるー」
暢世は床に落ちていたタクティカルヘッドセットの状態にようやく気づき奇声を上げる。
記憶で分かっていたがスマホ型の情報デバイスと組み合わせてヒットポイントの状況など随時知らせてくれる機能があるらしい。しかしメインシステムはオペレーションルームとやらで一括管理している為、そこと相互通信できなければ無用の長物なのだが暢世は気付いていないようだ。
「しかたない、それを貸せ」
「いいけど、ボロボロで使い物にならないよ」
我はタクティカルヘッドセットを暢世から受け取ると、幻想素子の結晶体を砕き、ヘッドセットを再構築し代わりとなる代物を作り出す。
「なにこのサイバーなゴーグルは」
「うむ、この世界ではヘッドアップディスプレイと言うのだろう。そこには自分のヒットポイントと魔法力が表示され、
「いや、私眼鏡ないと見えないし」
「暢世よ、我がそんな基本的な事を見逃すとでもおもったのか、我を侮りすぎだ」
そんな暢世の視力補正など最初から折込済だ。
でなければワザワザ眼鏡の代わりに渡すわけが無いのだ。
「えっ、マジで。実はちょっとカコイイなとは思ってたんだよねサイバーパンクな感じでさ」
そう言って暢世が自分の眼鏡を外すと、代わりに我の渡したハッド搭載ゴーグルを掛ける。
ゴーグルと言っても視界を遮らないよう全体は透明でサイズも眼鏡と変わらない大きさ、デザインもアニメとやらを参考にした未来的なものだ。
「うわぁぁ、本当に視界がクリアだよ。あっ左上のバーが私のヒットポイントとマジックパワーよね、でも照準は出ないけど」
「ワッハッハ、銃を構えてみるが良い」
「あっ、凄い
「そうであろう。ではそれで言った通りゴーレム共の額を撃ち抜いて見せよ」
「任せて。照準まで付いてるのなら余裕なんだから見ててよね」
暢世はそう言うと、宣言通りにゴーレム達の額を簡単に撃ち抜いた。
「ふっふっふ。どんなもんよ。伊達にサバゲーしてないんだから。あっ、でもこの銃リロードいらないのね」
「そうだ。素晴らしだろう、煩わしい作業が生じないのだからな」
「はぁ、分かってないなーシュヴァエモンは、銃の操作はリロードも含めての格好良さなのよ、まあ記憶だけじゃそんな侘び寂びは伝わらないか、でもありがとう、手には馴染む感じだから問題ないわ」
問題点を改善しているにも関わらず何故か不満げな暢世。そもそも障害物の少ない迷宮内でリロードなんて隙を見せれば直ぐに死ぬ。
本人もそれを分かっているから不満を漏らしつつ改善を要求しないのだろう。
「不満は……まあよかろう。では次のターゲットはこれだ。同じようにやってみるが良い」
我はゴーレムと同じ要領で、ポムポムと跳ねるスライムを数体作り出す。
こいつらは不規則に跳ねるため動きを予測して撃つか、もっと簡単に着地点を狙うのが正解だ。
暢世もそこは理解していたようで先ほどまでと比べれば時間が掛かったものの全て撃破した。
「ふぅ、すこし手こずったけど、何とかなったわよ」
トリガーに指を掛け、銃をクルクルと回転さる自慢顔の暢世。
「ふむ、これなら最低限の戦いは出来るだろう。なら次は本職の方だな」
「本職?」
「汝は自分の職種がなにか忘れたのか?」
「そんなの分かってるけど、下級魔なんて役に立たないでしょう」
「そうだな。下級魔だけなら厳しいだろうが、今の魔法力ならそれなりのものを呼び寄せる事が可能だろう」
「でも、私はまだ第一位階以上の召喚魔法式を受領してないんだけど」
暢世の記憶によれば、この世界の魔法は既存の構成式をなぞるだけで自分で組み上げたりしない。いや組み立て方を知らないのだろう。だが、なぜ構成式があるのかは、暢世の記憶だけでは不明な点のひとつではある。
そういった訳で、式を紡げない暢世に、魔法の手解きを少ししてやることにする。
「位階など関係ない、根源の基本式に追加式を加えてイメージするするだけだ」
「あのー、基本式と追加式ってなに?」
「……これだ」
我は手をかざし基本式と追加式のイメージを暢世に伝える。
これは我が考えた魔法式で、かなりカスタマイズ性が高い。
「この魔法ってもしかして」
「うむ、汝らの言う高等召喚と同等の魔法式だ。とりあえず使ってみよ」
「あっ、うん分かった」
暢世はそういうと我の伝えた魔法式を行使する。
しかし召喚陣は展開されるが魔力が形を成することなく霧散する。
「もっと呼び出す者を明確にイメージするのだ」
「そんな、いきなり言われても思いつかないよー」
「そうか……なら、強い生き物を想像してみるが良い」
そうすればイメージを反映した使い魔が具現化されるはずだ。まあ放出された魔力量に応じてになるが。
「うん、ならもう一度」
暢世は頷くともう一度召喚魔法を展開する。
そして今度はちゃんと魔力が形を成す。
召喚陣を通じて呼び出されたのは銅色の鱗のカッパードレイク。ドラゴンに近しい亜竜種。
よほどドラゴンと戦った印象が強かったのだろう。
「なっ、なんですかこれ?」
呼び出した本人が驚いている。
たかだかカッパードレイクだが、暢世にとって脅威の象徴であるドラゴン。それを現在の魔力で許す範囲で具現化したのだろう。
「汝が思い描いたものに近い存在が具現化されただけだ。覚えておくが良い、今後何が召喚されるのかはイメージで決まるのだと」
「えっと、つまり、これまでのようにランダムでなくてある程度呼びたいものを呼べるってこと」
「そうだ。だから今後は状況に応じた召喚を心掛けるがよい」
「うん、分かったけどさ」
「ならば良し、では準備も整った事だしな、行くとするか」
最低限の事は教え終わったのでこの先に進むよう暢世を促す。
「あのさー本当に行くの? そのさーシュヴァエモンならパッパッと外に出られたりするんじゃないの、無理して危険を冒さなくても……」
どうやら暢世はここまでしてやっても躊躇しているらしい。
まったく予想通りなほど臆病で、優柔不断。
だからこそ我が助力するに相応しいのだが。
「ああ、勿論可能だ」
言葉通り脱出するだけなら出来ない事はない。ただ無作為にテレポートすればどんな事故に会うか分からない。安全に脱出するなら座標位置を解析して特定せねばならないのだ。だから、そこそこ手間が掛かる。だがここは敢えて伝えない。
「やっぱり、じゃあ……」
「だがしかし断る。トップを目指すと決めた以上この程度で足踏みしているようでは話にならんからな」
当初の思惑通り、座標位置を特定するために迷宮を解析する時間と、平行して暢世も育ててゆく方針を変えるつもりはない。
「えっ、そんなー」
「なに案ずるな。武器も与え、魔法も強化した。なにより我が助力するのだからな。安心して汝の武勇譚の第一歩を踏み出すが良い」
我が自信に溢れた口調で暢世に伝える。
不思議と自信とは他者にも伝わる。
この世界で言うなら「赤信号皆で渡れば怖くない」と言ったところか。
「……分かったよ。シュヴァエモンを信じるよ」
暢世が我を見て答える。
恐怖と不安、その中に埋もれがちだが確かに暢世の根底にある意思を感じさせた。
ふむ、悪くない目だ。
きっと、暢世はこれから苦難の道が続くだろう。
もし我が道を切り開いてやれば、歩みが容易くなるのは間違いない。
しかし安易な道では人は楽する事を覚え努力を放棄しがちになる。
だからまず暢世には自分の力で道を切り開く術を叩き込む。
目標としては最下層で踏ん反り返る輩の排除。
そうすれば大手を振って地上に戻る事も出来よう。
そう思いつつ。
「では行くぞ暢世。付いてこい」
つい我が率先してしまった。
あくまで主役は暢世なのだからな、いかんいかん。
「では、暢世。行くがよい」
気を取り直して、我はメヌエンターレでフロアの扉を指し示し暢世へ進むように促した。
それこそ希望の道標へと導くように。
――――――――――――――――――――
読んで頂きありがとうございます。
書くためのモチベーションに繋がりますので面白いと思っていただけたら
☆☆☆評価を頂けると舞い上がって喜びます。
もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます