漆黒サイド


 目の前で急に笑いをこらえる娘。

 せっかく我が名を教えてやったのに失礼な奴だ。


 先程顔に出やすいと伝えたので何とか隠そうとはしてるみたいではある。

 このまま指摘してやっても良いが、もしかしたらパスを繋いで思考を読んだのかと疑われ可能性もある。

 だいたい我が理由もなく年端もいかぬ娘の思考を読むなど破廉恥な真似などするはずないのだが、此奴は我のことなど知らぬであろうからな、ここは大目に見ることにする。


「おい我は名乗ったのだから、そなたも名乗るのが礼儀であろう」


 記憶を読んで娘の名は知っているのだが、この世界の流儀に合わせる。郷に入っては郷に従えと言うらしい。


「くぷっ、ごめん、ごめん。えっと私は真野日暢世マノビ ノブヨ。真野日が名字で暢世が名前だから」


「ふむ。ならこれからは暢世と呼ぶ、良いな」


「ええ、じゃあ私はなんて呼んだ方が良い、やっぱり様を付けたほうが良いかな」


「いや、堅苦しいのは嫌いだからな。シュヴァエモンで良いぞ」


「わっ、わかりました。そのシュヴァエモンと呼ばせてっ、クックッ」


 暢世は何がそんなに可笑しいのか必死に笑いをこらている。


「はあ、何か分からぬが良いぞ、我慢せず笑え」


 我がそう伝えると暢世は、お腹を抱えて笑い出す。

 何がそんなに可笑しいのか甚だ理解しかねる。

 ただ以前面倒を見た男も、実の娘に対し何を考えているのか分からないと言っていたので、年頃の娘というのはそう言うものなのかも知れない。


 仕方ないのでしばらく放置していると、落ち着きを取り戻した暢世が我に謝罪する。ただその前に練習するかのように我の名を連呼していた。

 そんなに我が名は言いにくのであろうか。


「その御免なさい、シュヴァエモン。笑ってしまって」


「よい、我には分からぬが暢世にとっては面白いことがあったのであろう」


「ええ、まあ」


 何故か暢世は申し訳無さそうに顔を伏せて黙ってしまう。しかし黙ったままでは今後の方針が定まらない。


「それで暢世はこの後、どうしたいのだ」


「えっと、まずはここから脱出したいです」


「ふむ、そうだな我もこの世界の知識を仕入れねばならぬしな、賛成だが……」


 時間は掛かるが我の力を持ってすれば脱出することは可能だ。しかし同じ時間を掛けるのであれば暢世の成長に繋がる方が良い。


「しかし、何もせぬまま脱出など面白くない。だからこれから特訓だ暢世。これからしばらく下層に進んだ所にこの迷宮のボスらしき気配を感じた。そこで奴を倒すぞ」


「えっ、でも私の実力じゃあ」


 それも分かりきった事だ。

 此奴のステータスを確認したがあれだけ素子を吸収してもほとんどステータスが上がっていなかったある部分を除いて。


「暢世。我が倒したとはいえ大量の素子を吸収しているのだ成長してない筈がなかろう。だが装備が貧弱なのは事実。まずはこれを纏え」


 我はそう言って暢世に手渡したのは、先程の最上位竜種アークドラゴンのクリムゾン・ドラゴンという輩を倒したときに得た布切れで。どうやらこの迷宮の理によって生じた【紅蓮竜の外套】という代物らしい。

 完全な炎耐性と他にも数種の防御耐性が備わっておりそこそこ優秀なので今の暢世には似合いだろう。


 あとは武装だが迷宮内においては職種ではなくステータスで持てる物が決まるらしい。概ね魔法職は筋力が伸びにくいので必然的に大剣など大物の武器は扱えないようだ。

 せっかく布切れと合わせて手に入れた大剣だが暢世には扱いきれないだろう。


「それと武器だが、先程渡した結晶体だが武器生成に使用しても良いか?」


「えっ、これから武器が作れるの?」


「当たり前だ。この迷宮はそいいうものだろう」


 我がそう答えると不思議そうにしながらも結晶体を手渡してくる。

 それを承諾と判断して結晶体を砕き、この世界でいう幻想素子を取り出すと、合わせて手に入れていた紅蓮竜の宝玉と掛け合わせる。

 そして暢世でも使えそうな武器のイメージを投影して生成する。


「ほれ、出来たぞ、これなら汝でも扱う事が出来るであろう」


 我が生成した武器を見て、暢世が今までにない驚愕の表情を見せる。

 我は暢世の記憶から読み取った、此奴に最適な武器を生成しただけなのに、何を驚いているのか理解しかねる。


「こっ、これって、コルト・シングル・アクション・アーミー。通称ピースメーカー。それも長銃身型のバントライン・スペシャルじゃない」


「うむ、暢世はその銃という武器が好きなのだろう」


「いやいや、確かにミリオタ少し入ってるけどさ、そもそもダンジョンでは銃火器は効果ないって証明されてるから」


 何を今更なことを言うのか? 

 我がそんな事を考えずに武器を生成するはずなかろうに。此奴はどうもまだ我の力を侮っているようだ。


「暢世、汝は自分のステータスで何が優れているのか分かっておらぬのか?」


「もちろん、そんなの分かるわけ無いじゃん」


「……なに?!」


 驚いた。我の中では当たり前過ぎることだったので見落としてしまっていたようだ。

 ただ今の会話で予想は付いた。


「なあ暢世よ、改めて聞くがもしかしてこの世界の住人はステータスを確認出来ないのか?」


 我の質問に暢世が少し考えたあと苦笑いを浮かべて尋ねてくる。


「あの、逆に質問して悪いけど、もしかしてシュヴァエモンはステータス確認できるの?」


 暢世の質問に頷いて答える。


「えっ、えええええええ」


 銃を見せた以上に驚いた顔をされる。

 その驚いた顔が我の問いの答えなのだろう。


 どうやらこの世界の住人は自分のステータスを確認出来ないようだ。

 ただ疑問もある暢世は自分の職種は知っていた。ステータスは確認できないのに何故だと。

 ただ、その答えは暢世が説明してくれた。

 暢世が探求者適正試験を受けた際に掛けられた装置。この世界のオープスとかいう代物によってもたらされた技術により職種と大まかな適正を示してくれるらしい。

 確かに記憶にもそんなやり取りがあった気がする。


「なるほどな納得した」


 自分のステータスが確認できないのなら暢世の特異な成長が分かるはずがない。しかも暢世の特異性は魔法職でも暢世の職種である召喚士とは相性が悪い、いや正確に言うなら高レベルにならなければ真価を発揮出来ない。


「あの、何がわったの?」


「まあ、見る方が早いな」


 我はそう言って、読み取った暢世自身のステータスをイメージで投映してみせた。

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