転移

 目を覚ますと、先程よりさらに薄暗い場所。

 周囲には何もなく壁に覆われた部屋というのだけが分かる。

 しかし冷たい空気と、周囲から漂ってくる異常な気配。それが先程居た場所とは全然違う事を教えてくれていた。


 私は戸惑いながらも状況を整理していく。


 どうやら罠に引っ掛かったのは私だけで、その罠というのはどうやらテレポート系のようだ。


 ただ何処に飛ばされたのかはまったく分からない。


 直ぐにタクティカルヘッドセットを緊急用の通信に切り替え、教師が監視しているはずのオペレーションルームに連絡を取る。


 しかし返ってくるのはノイズだけ。

 どうやら通信が届かないエリアらしい。

 通信が届かないという事は、探索用通信ビーコンが設置されていない未探索エリアの可能性が高い。

 つまり即死系の罠で無かったのは幸いだったが、詰んでいる事に変わり無いということだ。

 しかも緊急帰還用の魔封石はリーダーの良胤さんが持っていて私は持っていない。

 スマホ型の情報デバイスから位置を特定しようにも、やはり通信エリア外で役に立たない。


 足元を見回すとどうやらトレジャーボックスの中身も同時に転送されたらしく見慣れない品々が転がっていた。


 ひとつはポーション、もう一つは魔封石。

 これらの価値は鑑定しないと分からない。


 最後に真っ黒な杖。素人目にも禍々しい気配を漂わせており装備したら呪われそうだ。


 とりあえず役に立つかもしれないのでアイテムボックスに収納しておく。相変わらず不思議なシステムだが手荷物にならないのは助かる。

 大きさや、数の制限もあるし、ダンジョン内でしか使えず幻想素子ファンタズマゴリアを含む物で無ければ収納出来ない。ただダンジョンで手に入れる物は基本的に幻想素子で構成されているらしいので、理論上はダンジョン内で手に入れたアイテムなら収納できないものは無いらしい。


 そう、収納できないものは無いはずなのに、この漆黒の禍々しい杖は収納出来ない。

 

 鑑定してないのでハッキリしたことは言えないが、持ち込み品がトレジャーボックスに紛れ込むのは考えにくい。それ以外だとひとつだけ、ダンジョン内で手に入るがアイテムボックスに収納できないものがある。


 それは……。

 

場違いな異物オープス


 幻想異界ダンジョン形成の根源。

 幻想素子の発生源といわれ、唯一ダンジョンで手入れた物の中で、ダンジョンから持ち出せるアイテム。


 でも、それは有り得ない事でもある。

 なぜならダンジョンを形成したオープスは、最下層で自らを守るかのように、ダンジョンボスと一体化しているとの事だから。


 だからといって先程倒したフロアボスがオープスを取り込んでいたなんて事は考えにくい。


 ただそんなことは今考えるべきことでは無い。

 今はどうやってこの場所から生還するかが重要だ。


 手持ちのアイテムは回復ポーション三つと。さきほど手に入れた正体不明のポーションと、どんな魔法が込められているのか分からない魔封石。


 そしてやばそうな黒い杖。

 これについてはアイテムボックスに入らないので仕方なく放置することにする。


 遭難した時は大人しくしているのが鉄則ではあるが、じっとしていても埒があかないので、とりあえず目の前に見える扉から外の様子を覗うことにする。

 周囲を警戒しつつ、細心の注意でそっと扉を少しだけ開き外を覗き見る。


 じっと息を潜めてしばらく様子を覗う。

 どうやら周囲に動く気配はなく敵影も見えない。

 ただ異質な気配だけは、変わらずひしひしと伝わってきて、部屋から踏み出すのを躊躇わせる。


 しかし、通信位置が不明なので救助も期待しがたい。そうなると自分で何とかするしか無い。


 そんな思いから、私は恐怖を飲み込み、勇気をふりしぼって何とか部屋から外に踏み出す。

 薄暗い中で、足元に気をつけながら。

 広く大きな通路を進む。

 進むごとに背筋が寒くなり異質な気配が強くなる。


 それでも帰るために前を目指す。

 しかし恐怖で足がすくみ歩みも遅くなる。

 なんで自分がこんな目に合わないといけないのかと泣き喚きたくなる。

 もちろんそんな事をすればモンスターを呼び寄せかねないので我慢する。


 そうして恐怖と戦いながら少しづつ前進して行くと、運が良いのかモンスターとは出くわすことなく通路の先まで辿り着く。


 そこで見えたのは明らかに異質の大扉。中からは足が震えて立てなくなりそうなほどの異質な気配が感じられた。

 それこそ、この扉を開けた瞬間に自分の死ぬイメージが頭の中ををよぎるほどの。


 それでも、せめて扉の中だけでも確認しようと無謀にも扉をそっと開く。

 すると扉は大きさに見合わないほど軽く、思った以上に大きく開いてしまう。

 直ぐに後退るが、開いた扉の隙間から部屋の中を覗うことは出来た。

 ただ薄暗くて良く見えないため、恐る恐るタクティカルヘッドセットに付属しているライトを点灯させる。

 部屋の奥が一筋の光に照らされると、何か巨大なシルエットが確認出来た。

 しばらく眺めていると、むくりとシルエットが動き出す。

 その巨大なシルエットは地響きを立てながら少しづつこちらに近づいてくる。

 すぐにその場から離れようとしたが、足は恐怖ですくみガタガタと震えて動かない。


 その間に徐々に近づくシルエットがハッキリと輪郭を成す。そうして私の目に写ったのは竜もしくはドラゴンと呼ばれる伝説的生命体。


 もしこれがダンジョンでなければ失禁していたと思う。

 それくらいヤバくて怖かった。


 私は知らないうちに尻もちを付いていて、無様に背を向けると、一心不乱に這いつくばりながらに元いた部屋へと逃げ帰った。


 幸い追いかけてくる気配は無かった。

 けれど部屋についてからも恐怖で震えが止まらない。

 

『なんで、なんで』と口走る。


 絶望的な状況に頭がおかしくなりそうだった。


 だって道はあそこしか無かったから。


 つまり前に進むためにはあのドラゴンのいるフロアを通り抜けないとならない。


 そんなのは無理。

 下級魔を召喚しても囮にすらならないだろう。


 アレの攻撃範囲に入った瞬間待ち受けるのは死だ。


 もう救助が来る可能性に掛けるしか無い。


 時間はかかるかもしれないけど、あんな化物と対峙するより生存率ははるかに高いはずだ。


 幸い探求者はダンジョン内では食事を必要としないので何とかなるかもしれない。

 真偽は定かではないが、研究によれば幻想素子ファンタズマゴリアを吸収することで生命維持を代替しているらしいとの事。

 ただ睡眠だけは別で、体が動くからと言って脳を酷使し続けると支障を来す事は報告されていた。

 だから探求者は睡眠さえ取っていれば、実質いつまででもダンジョンに潜ることが出来る。

 実際有力パーティが、ダンジョンに潜って何ヶ月も地上に出てこないなんて珍しい事ではない。


 ということで私は自力での脱出を諦め、大人しく救助を待つことにした。




 しかし異変は三日後くらいから起きた。

 

 確かに空腹感などは無いが自分の体が明らかに疲弊していっているのが感じ取れたのだ。 

 

 時間だけはあるので、色々と理由を考え、一つの仮定にたどり着く。

 それは、幻想素子を吸収できていないからではないかと。


 学説によればダンジョン内は常に幻想素子で満たされている。

 故に耐性の無い人間には有害な場所で、入るのにも防護服が必要になる。

 逆に耐性のある人間は、防護服はおろか食事すら必要なく、長期間の行動が可能だ。

 だから耐性のある者が資質を認められ探求者となる。

 その探求者はダンジョン内のモンスターを倒すことで輝く幻想素子を吸収し強くなることが出来る。

 でもダンジョン内に居るだけで強くなった事例は報告されていない。


 つまりそのことから考えつく推測は、探求者はモンスターを倒した時だけ幻想素子を吸収出来るという事。

 逆に言えばモンスターを倒さなければ幻想素子を体内に吸収出来ない。

 つまりモンスターを倒すことができなければ、生命維持に消費された分の幻想素子が補充出来ない。当然そうなると消費されるだけの幻想素子はいずれ枯渇し生命維持も出来なくなるということ。


 ただこの推測が正しければモンスターでなくても幻想素子が補充できれば疲弊状態からの回復は可能なはず。


 ということで試しに回復ポーションを飲みんでみる。

 すると予想が当たり、疲弊感が無くなる。


 ダンジョン内の産物である回復ポーションは幻想素子で構成されているから、それを取り込む事で一時的に回復できたのかもしれない。


 でもこの事が意味しているのは、いつまでも救助を待っているわけにはいかなくなったという事。


 今飲んだポーションで何日持つか分からない。

 手持ちのポーションは回復の二つと、正体不明のも合わせれば三つ、どちらにしろジリ貧だ。


 再度確認しないと分からないが、この周辺はあのドラゴン以外のモンスターは存在していない。


 結局、私に与えられた選択肢はポーションで生命維持を続けながらギリギリまで救助を待つか、億が一の可能性にかけて特攻するかだ。


 当然、私の選択肢は決まっている。

 ポーションで命を繋いで救助を待つという、より懸命で安全な方のルートだ。


 

 


――――――――――――――――――――

読んで頂きありがとうございます。


書くためのモチベーションに繋がりますので面白いと思っていただけたら


☆☆☆評価を頂けると舞い上がって喜びます。


もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。

  



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る