探求者

 探求者シーカーの目的。

 それは幻想異界ダンジョンを形成する根源となる『場違いな異物オープス』を回収すること。

 しかしダンジョン攻略なんて一朝一夕に出来るはずもない。

 地道な探索を続け最下層までたどり着く。

 辿り着いたとしても、異物を取り込んだダンジョンボスが待ち受けている。

 そこで命懸けの戦いを制してようやく手に入る。


 ではなぜ人は『場違いな異物オープス』を求めるのか? 理由は明白でそこから得られるオーバーテクノロジーが目的だ。

 世界が化石燃料から脱却したのもオープスから得られたテクノロジーが関係していると云われている。

 当然そんな技術があるのなら、国や企業が喉から手が出るほど欲しがるに決まっている。

 だからだろう、先んじて有力企業が探求者を高給で雇用するようになったのは。

 今や実力のある探求者が億単位で年俸契約を結ぶ例さえ珍しくなくなってきている。

 

 そんな一攫千金の夢物語は、一般的に見れば魅力的なのかもしれない。


 けれど私はそんなものに興味は無い。

 私が欲しいのはただただ平凡な日常。

 適度に働いて、大いに休むという慎ましい願いだ。

 長期間の野外活動なんて無縁の、ましてや命のやり取りなんてもってのほか。


 でも分かってはいた事でもある。


 流れとはいえこの学園に入ったということは、その平凡な日常から、半歩どころかがっつり非日常に足を踏み入れたってことに……それはまあ痛いほどに。


 ―――――そう本当に痛いのだ。


 実習訓練に使われるような低ランク層の、低レベルなモンスターの攻撃でも、ほぼ一般人と変わらない能力の私には痛烈に痛いのである。

 ただ幸いなことに痛みはあるが体に損傷は無い、ダンジョンではヒットポイントと呼ばれる耐久値がダメージを肩代わりしてくれるからだ。


『警告、ヒットポイント残り残量五十パーセントを切りました』


 ちなみに私は、雑魚モンスターの一撃を食らっただけで半分まで減らされるような、薄々の耐久値しか無い。

 それはタクティカルヘッドセットから聞こえてくる情報デバイスの音声が、如実に教えてくれていた。

 

 次の攻撃でヒットポイントが無くなってしまえば私は現実的な怪我を負う、下手をすれば、それこそ死ぬことだって……。

 そんな恐怖が一瞬頭を過る。

 だが怯む私を尻目に、目の前の敵をあっさりと倒してしまったパーティメンバー達。


「済まない暢世ノブヨ君。油断した。ゴブリン側にも遠距離攻撃できるやつがいたのは想定外だった」


 戦闘を終え、消耗した私に駆け寄り治癒魔法を使ってくれるイケメン君。


 彼は平静雅タイラ セイガ

 幼馴染みといえば幼馴染みなのだが、親しくしていたのは小学生までで、中学で彼は私立に行き、そこから交流は途絶えていた。

 

 久しぶりに会って声を掛けられた時には驚いた。小学生の時から美少年ではあったが、そのまま美男子に成長していた……までは想像出来た。

 でも、まさかSTACスタックに入学して再会するとは思いもよらなかったからだ。


 そしてもう一人。


「もう、静雅君。ゴブリンの一撃程度で大袈裟なんです。そもそもあんなトロイ攻撃を躱せないほうがどうかしてます」


 私を睨めつけ、文句を言ってくる黒髪ショートの美少女。

 名前は良胤秀美ヨシタネ ヒデミ

 彼女もまあ小学生時代の同級生で、その頃から何でも出来た天才。

 正直私みたいな凡人なんかとは比較するのもおこがましい。

 でも、何故かやたらと意識されていた。

 この私なんか比べるまでもないのにだ。


 それはSTACで再会した今も同じ、なぜか彼女の私を見る目は変わっていなかった。


「おいおい、ヒデミンそんな言い方ないだろう。貧弱な後衛を守れなかったのは、アタシたち前衛の責任でもあるわけだろう」


「そうですわよ、暢世さんは魔法職なんですから、スカウト系の私のような華麗な回避を期待するのは間違いですわよ」


 言葉のチョイスは兎も角、良胤さんから咄嗟に庇ってくれるゴウと慧に、いつものようにゴメンと心の中で謝る。


「秀美君。回復魔法を使える僕としてはパーティメンバーの負傷は放っておけないからさ」


 平君も遠慮がちに答えながらもしっかり回復魔法を使ってくれていた。


「甘いんです。静雅君はいつも真野日マノビさんには……回復魔法だって、使い切れば魔法力をチャージするのに時間がかかるのですよ」


 実に耳に痛い言葉である。

 魔法を使うための魔法力いわゆるマジックパワー MP もリソースは限られているからだ。

 だから何もできず、ただ平君の魔法力を無駄に消費させている私は、このメンバーの中ではただの足手まとい。

 

 そもそもこのパーティに私なんかが加入している方がおかしいのだ。


 だって天才良胤秀美は、総合力テストでSTAC全生徒のナンバーワン。


 平君はその次席。しかも回復魔法を使える有用性を考慮すれば実質的には同等。


 ゴウは全戦士課程でもトップクラスの戦闘能力。


 慧だってスカウト系の課目では常に上位の成績を修めてる。


 それに比べて私はというと職種も魔法職としては微妙な召喚士。

 実力もやっと第一位階の下級召喚魔を呼べる程度。その下級召喚魔もこのパーティではまるで戦力にならない。

 じゃあなんで役立たずの私が、こんな選抜メンバーのようなパーティに加入しているのかといえば、単純で縁故からだ。


 そして実力もないのに友人というだけで、皆が羨望するパーティに入れていることは、それだけで充分にやっかみの対象になってしまう。


 それは実習訓練で気が重くなる要因のひとつなわけで……。

 

 実際パーティの中でも約一名は私が加入していることに納得いってない人もいて。


「ごめん、良胤さん。私が足を引っ張って」


「ふぅ、もう良いです回復が終わったのなら行きましょう。今回の目標は六階層までの攻略ですよ、私の計算なら二日で終わる程度の探索なんですからね」


 良胤さんがつまらなそうに私から目を逸らすと率先して先に進み始める。


 私の回復を済ませた平君もすぐ後に続く。


「ノブヨ行こうぜ」

「暢世さん行きますわよ」


 続けてゴウと慧も私に声を掛ける。

 私め直ぐに気を取り直して追いかけて行く。



 その後はなんとか順調に、というか、主に私だけがダメージを食らいながら先に進み目的の六階層のフロアボスまで撃破した。


 良胤さんの言葉通り二日での目標達成は、おそらく学園内では最速攻略。

 私というお荷物を抱えてなのは流石である。


 ちなみにフロアボスのオーガサージェントは、力を温存していた全員の火力を集中させて瞬殺した。

 うん、もちろん私は見てるだけ。

 でも見てるだけで輝く幻想素子ファンタズマゴリアを吸収してるのだから寄生と言われても仕方ない。

 探求者は、この輝く幻想素子ファンタズマゴリアを取り込むことでステータスが向上すると言われているから。


 これはまさにゲームでいうところのパワーレベリング。


 それは探索映像を見ても明らかで、私が何もしてないのは、タクティカルヘッドセットに取り付けられた記録映像を見ればまる分かりだ。つまり帰還後この映像が公開されれば、その事が皆に知られることにもなる。


 激しく気が重い。


 課題を終えた喜びなんてまったく無い。


 だから私にとっては、目の前のトレジャーボックスだって正直どうでも良い。


 しかし皆は違う。

 

「このトレジャーに罠は有りませんわよ」


 慎重に罠を調べていた慧が笑みを浮かべる。


「うん、僕の魔法にも反応してないから大丈夫」


 合わせて平君も魔法で調べていた。

 彼は、私の軽い怪我も直ぐに治療して万全を期すくらいの慎重派だからだろう、魔法を使ってダブルチェックしてくれたようだ。


「では、このトレジャーは私が開けさせていただきます」


 二人が問題ない事を宣言したことで、率先して良胤さんが開封を宣言する。

 どうやらリアルラックにも自信があるようだ、さすがは天才様である。


「待てよ、アタシもお宝きゃふ〜したいんだけど」


 しかし、当然お祭り大好き女のゴウが、そんなイベントに乗らないわけがなく、良胤さんに待ったを掛ける。

 思わずお宝きゃふ〜ってなんだよとツッコみたくなるのを堪えて、ここは良胤さんに譲るようゴウを説得する。

 

「ゴウ、今回の貢献度から見ても良胤さんが開けるべきだと思うわよ」


 正直誰が開けても構わないと思うのだが、ここは忖度というやつで、下の人間の処世術である。


「ちぇ、分かったよノブヨがそう言うなら」


 すると私の苦労を理解してくれたのか、思ったよりすんなりと身を引いてくれるゴウ。

 それにしてもリアルで「ちぇ」なんて言うのは如何なものかと、そんな事を考えていると。

 ゴウに対して良胤さんが愚痴る。


「ほんと、真野日さんの言うことは素直にきくんだから」


 本来はゴウに向けられた言葉のはずだが、なぜかそれは私にも向けられている気がした。折角忖度したはずなのに解せない。


「まあまあ秀美ちゃん。開けてみようよ、中身も気になるし」


 ただ、そんな悪くなる空気を察したのか、すぐさま笑顔を振りまきながら取りなす平君。さすがはみんなの人気者、八方美人ぶりが板に付いている。


「そうですね。静雅君の言う通りです」


 しかし効果はバツグンですぐに機嫌をなおした良胤さんがトレジャーボックスに歩み寄る。

 私的には思うところがあったが、それよりとっとと終わらせて欲しいので沈黙を選択する。

 しかしもう一人の幼馴染が、私の選ばなかった選択をする。


「あらあら、どこかの誰かさんは静雅さんの言うことは素直にお聞きになるのですね。フフフッ」


 慧が挑発的に笑う。

 皮肉に関しては誰にも負けない女。

 うん、面倒くさい奴だ。


 揃いも揃ってなんで私の幼馴染は面倒なやつばかりなのだろう。


 本当に気が重くなる。


 結局、そのせいで嫌味の応酬がしばらく続くことになり、平君と私がそれぞれを宥めて場を収める。


 そんな擦った揉んだがありつつ、ようやく口喧嘩バトルも終わり、落ち着きを取り戻した良胤さん、満を持してトレジャーボックスを開封する。


 私達が周囲で見守る中、良胤さんがそっとトレジャーボックスを開く。


 すると罠は無いと言っていたはずのトレジャーボックスがまさかの発光を始める。


「マズイ、みんな早く退避を」


 危険に気付いた良胤さんが大声で叫び周囲から退くように促す。


 私もその言葉に従いその場を離れようとするが。


『うっ、動けない』


 なぜか体を動かす事が出来ずにいた。

 それはほんの一瞬で、でもその一瞬が命取りになる。


 周囲がまるでスローモーションになり、慌てて駆け寄ろうとするゴウ、それを引き止める平君、驚愕の表情を浮かべる慧。そんな中で良胤さんだけは少し笑っているように見えて……。


 ――――私の意識は途切れた。




――――――――――――――――――――

読んで頂きありがとうございます。


書くためのモチベーションに繋がりますので面白いと思っていただけたら


☆☆☆評価を頂けると舞い上がって喜びます。


もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。

  


 

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