2.『薄暮の雫徽章』





  _______ォオオオオン……



 終わりかけの薄暮に、轟音が響く。


「__は」


 土煙と埃、それから蒼雪を舞い上げて、瓦礫となった煉瓦の行き止まりの壁が剥がれ落ちる。


 半ば埋もれるように叩きつけられたは、パラパラと落ちてくる破片をかぶってくずおれる。視界の悪い薄闇に紛れていても、雪をクッションとしたシルエットは確かに『人』だった。


 うめきながら目を開ける。ぬるりとした感触に、頭から血を流していることに気づく。幸い衝撃直前の想定よりは多くない。ヒビは入っているだろうが、かろうじてどこも骨折していない。


「ッ…ぅ、が…!」


 どくどくと心臓が頭で鳴っている。潰れた肺に寒気を取り込もうと咳き込み、蛙のような声がした。

 這いつくばっている体勢から、なんとか身を起こそうと奮闘する。その身体を支えるのは__溶けたロウの如く不定形な物体。


 いくら雪がクッションとなろうと足や腕が明後日の方向へ捻れることも柘榴の如く頭を割ることもなかった理由が、そこにあった。


 それは、身を持ち上げ吹っ飛ばしてなおあまりあった豪風の中でも手放さなかったもの。先程まで後手にガラガラと引いていた、のっぺりとしたC4爆弾のような粘土塊の外観をしていたもの。ファスナーも鍵も、凹凸もない直方体のキャリーケースの形をしていた何か。

 それに中身はなく、白亜の粘土セメントが実体そのものだった。


 蝋燭の溶けたロウのように、周囲の青をその内に帯びて透明に溶け出し、カラーボールが割れたような飛び散り方をしている。下敷き__緩衝材にした末路の形。


 ――『アオの撰装』。


 それはありていに言ってしまえば、厄介な適性があるものしか使えない『武器』のようなものだった。


 アオの『撰装せんそう』。

 この地底の現状において再現が不可能またはそれにほど近い技術が使われており、ピーキーなおかつ特筆するべき能力を有すモノ・施設・概念すべて__総括して、それらを『撰装』と呼ぶ。いまセベルの手にあるのは、8つ現存するうちのひとつ。その中でも極めて適合者が少なく、良くも悪くも人を選ぶ撰装で有名だったもの。ロロが管理をするそれらを何故 非所属者であるセベルが所持しているのかという問題はまた別の話。


 セベルは咳き込みながら、横目に視界に入るそれを回収すべく操り、手元に引き戻す。


(魔人、か…)


 人を選びすぎる。その理由のひとつは、起動に消費する__初動に呑まれる魔力量が、尋常ではないからだ。


『帯出記録途絶だって言われてたけどキミが持ってたんだそれ。よくそんな魔力吸引機並みのガラクタを利用しよう、使おうと考えるよねぇロロは』


 そう、ついさっき昼の話。蒼灰色の服を着た奴らに追われていたところをコノメヅキに助けられたときに、ひどく驚かれたのを覚えている。


「、は」


 __この撰装に付随する評価や噂の如何なんて、全部、自分にはどうでもいいことだ。

 『色のない部屋』から飛び出してきた動機。目先の幸せを吹っ飛ばしてでも突き動かされる理由の分からない焦燥感。3年前の真相に近付くための武器となるならば、なんでもいい。


「――ッ!!!」


 ヒュッ。わずかに空気を斬り裂く音がする。

 張り詰めたままの糸がつまびかれたセベルは、聞き逃さなかった。


 蔓延する土煙を貫いて、飛来する凶器。

 

 直感のまま、がむしゃらに前方に手をかざして『壁』をつくる。ズァッ__セベルの姿を覆い尽くして幕が張るように、撰装の粘土体が荒々しく急造された。

 迫った凶器が、そこに豪雨のような音を立てて着弾する。あまりの勢いに圧されて靴裏が雪を掘り、飛び散った破片が頬に溶けていく・・・・・。体積を小さくした凶器は、肌を切り裂かずに形をなくしていく。


「こお、り…?」


 刃の冷たさにも似た、自然の冷たさ。

 それらを打ち払って訪れた数秒の空白に視線を巡らせたセベルは、弾だったものが『氷』だったことに気付く。

 考えていたもっと物騒な想像を裏切られた感覚に一拍の思考の隙が生まれるが、関係ない。氷だろうがもし当たっていれば、深手を負っていただろう凶弾だ。氷で傷したいのなら通常は強度が足りないが、速度のある尖鋭なものは何であれ、ある程度は刺さるように出来ている。

 とっ散らかる思考に、混乱していることを自覚する。


 ――それより、何が起こって…?


『さぁ、来るよ?』


 墓碑を背にして怪しく笑ったコノメヅキのその言葉を合図にするように。突如吹き荒れる暴風に、足をさらわれたのは分かった。


 じり、と後ずされば、靴裏でぎゅぱきと雪が音が上げる。さっきクッションの助けになった弔い雪とも呼ばれる蒼雪が道に雪払いされずに残っているということは、それだけ人通りが少ないってことだ。セベルは、物を知らないなりに頭を回す。

 おそらく街はずれの路地裏…生憎地図の類いを見たことがないので、リフリ街のどことも分からない。両隣と背中をレンガの壁に塞がれる行き止まりだ。


 警戒して『壁』を維持したまま周りを観察していれば、あちこち打撲や煉瓦で切った負傷箇所が熱をあげる。どれほど吹き飛ばされたのか分からない。同じ場所にいたコノメヅキは大丈夫だったのだろうか。いや彼が死んでいるなんて、あまりに得体が知れなさすぎるが故にさらさら予想つかないけど。

 でもなんでここに吹き飛ばされた? いや狙ったわけじゃない? そもそもいったい誰が、どうして自分を、


 セベルは、とっ散らかり始める思考を叱咤した。


「__どうして、じゃない。望んでた状況が来ただけ」


 すぐに思い当たるのは、数分前ばかりにラジオで聞いた、『連続魔人襲撃事件魔人狩り』とそれに付随する『夜間外出禁止令』のニュース。それとコノメヅキと取り引きした情報。

 あまりにもタイムリーな状況がセベルを迎えていた。直前の底知れない彼の振る舞いから、謀られたのかとも考えるが、今はいい。今大事なのはそこじゃない。


 つまり、もしかするならばこの下手人が、探していた。


「『魔人狩り』…!」

 

 降って湧いた接触のチャンスに、瞠目する。

 3年前、冬先の病室で『自分』として目覚めてより、常に急かす焦燥感。その正体に行き着くための最初の手がかりだ。

 セベルは、踵を返すことなく、睨みつける。その顔、拝ませてもらう。


 土煙の向こうにゆらりと見える影。ゆらり、ゆらりと巨躯が動くのがわかる。

 セベルは、目に焼き付けようとよくよくと目を凝らし__




「__、」




 ____言葉を、失った。



 土煙の幕が晴れる。


 喉が締まって咳き込みそうになるまでに凍え切った視界がクリアになり、『そいつ』のシルエットの持つ色があらわになる。


 耳朶を叩くは獣の唸り、エンジンの騒音、鐘撞きの音。まるでそれらが重なったが如く、腹に響く__吠声。

 蛍光色の薄桃ピンク青磁モノグリーンが混ざった酔気を催すざわつく色に、釘付けになる。


 思考の間隙。

(そのいろ、って)


 __何故、その色が、音が、そいつがここ・・にいる?


 それは、このリフリを囲むウルル外ノーウェイや、人の存在を許さない地上遺跡サーフェスでこそ当たり前の色。だが、だが、絶対にここにあってはいけないの色。

 そのはずじゃなかったのか。


 __チリ、と。

 厭ましさ、そして恐怖を呼び起こす、とても懐かしみを抱く酸気が辺りを包む。


「ッな"、に…!!」


 声が掠れたのは埃煙だけのせいではなかった。それは、喉と肺が焼かれる感覚。


 それは、この地底で戦闘をするものなら誰でも知っている、生きているものすべてを拒絶し尽くす『毒気』。

 リフリ街を守護する防屯壁ウルル__対瘴気結界を一歩出ればひどくありふれている、不毛の大気の匂い。腐りきった果物酒のような、おぞましいもの。


 セベルの内にはそんな記憶はない。抱いた感覚は見知らぬもののはずなのに、この3年の間の記憶にはないはずなのに、反射的に危機感を鼓動させる程度には、覚えがある。


 当然だ。

 なぜならそれは、つい10年前に栄えある王都を潰滅せしめた元凶。


 地上と地底を隔てる天蓋が崩落した瓦礫の直接的被害を除いた上で、その毒が直接死因になったと数えられるのは記録上で。中毒など傷病を助長したケースまで含めれば、11万はくだらない被害が出ている。多大なる汚染によって捜査不可だった行方不明者の数は、さらにその倍の数字を叩き出している。

 直下であった王城は潰れ、広大な城壁に囲まれた城下街も霊瘴に沈んだ。北のリフリ街、南西のデアニア街、東のマキャナー街。王都を除いた三大城都に逃げ込めた人々は一握り。


 あの頃は、天地が文字通りひっくり返るような忙殺される後処理に駆けずり回ったと聞く。そして忙しければ隙と抜けは自然と出てしまうもの。それはつまり、数えることが出来ていない分を含めれば、それ以上の犠牲がある、という悪夢のような数字がそこにある。


 禍いを引き起こしたその名前を、この地底で知らぬものはいない。


 _____『霊瘴ギフト』。


 または、それをエネルギーに構成された『ヒトを滅ぼす怪物』、『霊瘴樹礁れいしょうじゅしょう化作用』。


 硬直するセベルに覆い被さるように、目の前の家一件あるような3メートルオーバーの図体の甲殻類は、影を落とす。それは、ある事象影響により世界から人を消すために編まれた怪物__『霊礁トランドル』と言う。


(な…んで、トランドルが…!? なんで、なんでここに__まさか、あのウルルが破られて__)


 自らの目を疑うが、いくら見たって目の前の巨体はなくなることもなく、何も変わらない。

 なぜならリフリにおいてこれまで、霊瘴の類いはすべて、防屯壁ウルルによってその侵入を許していないのだ。冬先の病室からもあの墓碑の丘からも見えなかったが、この白亜街グレイブで過ごすなら屋外のどこからでも見えるだろうあの威容を。霊瘴溢れる外からこの街を守護する__過去現在未来、霊瘴の類いを拒絶する壁、基地、砦を。


 破れた可能性が、頭をよぎる。

 思考停止しかける中で回し導く最悪の想定。つまり地底3街のひとつ、リフリ街が近いうちに陥落することがありうるかもしれないのだと。



 ギギギ________

 醜悪なブリキのような音がする。


 セベルが硬直している間に、目の前の怪物が身じろぐ。


 悪意を煮詰めたような姿。

 あまりにも巨大で、荊棘がびっしりと生え、その切先が針の如く鋭利な『鋏』。

 鉄鋼のような甲羅はギラギラと嫌な照り返しをして隠された身を覆い尽くし、覗く四対の脚は歩みを進めるたび雪の下の石畳を鋭く掘り返している。こちらを見下ろす両眼は、生気がないただ機械的な殺意の色をしている。


 __ただ、ただ、意思もなく、意味もなく、生きるものを刈り取るだけのカタチをしている。


[__神殿の域にあるあのような要塞、そう脆くもあるまい。歯痒く頭に来る]

「ゃ"…ッ?」

 

 高くも低くもない、性別も読み取れない声色。心を読んだような物言いをする声が降ってくる。

 凍りついたセベルの注意は、やっとそれを見た。


 甲羅に降り立つ何者か。

 背格好も薄暮でよく認識できない、人影。闇に塗りつぶされて、着ている服の色すら定かではない。


 セベルは、顔を出そうとしている薄月光を背後に従える人影を睨みつけた。


「ぁ"、っだ!!」


 誰だ。爛れた喉は、|誰何『すいか》さえも明瞭ではない。


 疑問の嵐が苛む。

 なぜ霊礁トランドル砦内へきないにいる、なぜ霊礁はあの人影を襲わない、なぜ静止している。

 さっきの豪風と同じ気配が、人影から感じ取れた。それはまた新たな疑問を生む。

 何故、白亜街グレイブ内で大規模な魔力行使が出来るのか?


 __今、今さっき、セベルを丘から郊外ここまで吹っ飛ばしたのは、間違いなく豊理いのう術象まほうのそれだ。


『…君の魔力量じゃ半ば意味ないものなのだけどね。このリフリの街中では一応、一定量以上の魔力トラオム利用は禁止されているんだ。大体はロロに故ある者、碧空者アジュールが真環から下される許可やライセンスによってそのフィルターを無効できる』


 つい今朝に飛び出してきた拠点に顔を出す人物の声が、再生される。


 治安を保つべき街中に張り巡らされているのは、魔力炉抑制術象アーケード。この街に住むものなら周知の事実。10年前に人々が魔力を手に入れたとして、それまでなかった力がどんな影響を与えるか分かったものではない。一定以上の魔力の動きを抑制する、治安維持装置。


 街中で行使可能な人間は、ロロに所属する碧空者アジュールたちか、そのロロの許可証を持っている外来___|

デアネア隣国の放浪者か、この上ない例外としてセベルのようにフィルターごと押し流せるような膨大量か。『魔人狩り』はついにロロの雫徽章までをも襲撃したとラジオで聞きはしたが、成程、そのいずれかはさておき、『使える』のなら実力が裏打ちされた者を昏睡まで追い込んだのも得心がいく。

 


[___煩わしい、騒がしい。なぁに、あの忌々しい眼からなぁんにも、聞かされてないの?]


 それを防げたのは偶然だった。

 たまたま、進路上に障害物を置けたという奇跡あってのことだった。


 キラリと降ってくる先程と同じ弾__豊理か術象かで作り出したと思われる氷の礫。先程と違い巨大なそれが、2、3、4と、撰装で形成した壁にぶつかる。弾き方も受け流し方も知らないセベルはやがて圧し流され、5弾目を頬にかすり、6弾目は脇腹をえぐり、豪打の7弾目に押し負けて、靴裏で溶け残った雪を深く削り体勢を崩す。


[…はぁ。仮にも、アレは芙鍵を愛でているのではなかったのかしら…まあ良い。ねぇ、言伝をあの帰還権に。『時針を逆立てるは今周が最後だ』と]


 そいつは鈴音のような声で、しかし宣うことは半分も理解できない内容だった。

 日暮れゆく逆光を背負う人影は、ばさりと外套か何かをひるがえして方向を変え__おそらく振り返ったか後ろを向いたか__、コツンと脚でトランドルの背をこづき、降り立って去る素振りを見せた。


[予定調和でしかないのがあぁ煩わしい。クヴェペースァも重きを置くならば自らで成したらいいでしょうに。……まぁ些事ね。どうでもいい]

「__待"っ…、!?」


 敵わない。直感的に悟ってなお、反射的に追おうとしていた自分に驚かされながら声を上げれば、今まで微動だにしていなかったトランドルが、知性のない眼光を鋭く光らせ、通せんぼをするようにその鋏を持ち上げた。

 …現実味のない薄桃と青磁の色をした、人一人分の胴体はあろうかという分厚い刃をした鋏を。


 再び動き出す脅威に、風穴開く脇腹を押さえる手に力が籠る。息が浅くなる。四肢が震える。そうだ、怪物を従える人間なんてイレギュラーに囚われていたが、脅威は健在なのだ。


 霊瘴。霊礁。人を蝕む死毒のカタチ。

 まともな対抗する力もないままで、まともな障壁もないままで、果たして潜り抜けられるのか。


「ッ…せ、んそ__」


 その巨姿に気圧されつつも、彼女の口は、再び撰装を展開しようと、つたなく、音を紡いだ。





 _____そこに、割り込んだものがいた。


     ッダン!


 視界が狭窄するセベルを引き戻したのは、荒々しく蹴り付ける音。


 厚底の靴で頭上の屋根から現れたのは、レッドアンバーの雷光を纏う人影。日暮れの逆光で分かりづらいが、それは少年だった。

 刹那の間、路地に影を落とし飛び越え、壁を足場として器用に突起を利用して駆け抜けていく。


「――ッチ、逃がすか! ルレットはそいつを! ついに尻尾を掴んだんだ、野郎ヤローせめて顔だけは拝んでやるッ!!」


 組み上げれば全長2メートルオーバーはある特徴的な三節槍を伸ばし、数メートル先の街灯に引っ掛け、手繰り寄せる。そうして少年は、その先の大通りをスピードを落とすことなく突っ切りながら、彼自身の視界の端にあるエリアマップの反応を追っていった。


「ちょっレオ先行は駄目って言われ__って、ぇえええええッ!? と、トランドル反応!? ここは無号街ノーウェイでも地上でもないのに!?」


 そして困惑の文句を浮かべながら彼に追いつくようにしてやってきた少女は、ヤドカリとカメを混ぜたような怪物の姿を認めた途端、慌てて駆け寄ってくる。

 ランタンにより、暗闇に浮かび上がる特徴的な薄荷色の髪が揺れる。


「ッオレンジのフード、アンノウンもいる…!? リーフシャムが言っていたのはこれか!」


 セベルのことを所属不明者アンノウンと呼ぶ彼女は、憎み言をこぼしながら、到底聞き取れない雑音の叫声と共に巨大な鋏をかき鳴らす霊礁トランドルを睨み付ける。


「あのクソ焼き芋! 荷が重過ぎる――あぁもう!」


 ルレットは悪態をつきつつも、青天の霹靂そのものの存在が有す桃青の混ざる薄紫に悪寒が走り、ザッと足を止めた。

 そして驚き諸々の感情より反射が勝ったか、飛来する『ハサミ』に焦点を合わせ、咄嗟に力いっぱいに駆け出して両腕の中にセベルをすくいとった。


「な、――」


 なに、と言う前に掻っ攫われ、共に怪物の狭い脇をすり抜けて石畳に転がる。


 …ざざっと止まった感覚に困惑を言うより目を開けば、凶刃が引き起こした惨状が目に入った。

 綺麗に整列された石畳は無残に砕け散って掘り起こされ、盛り上がる地の土に深々と突き刺さり、それらを彩るように蒼雪が溶け、大きな水溜まりと化している破壊の跡を。


 もしあのまま突っ立っていたなら――、という戦慄を現実に引き戻したのは、突き抜ける薄緑の瞳だった。


「はぁ…手っ取り早く行こう。君、名前と所属は? 敵対の意思はあるかい?」


 冷徹に見下ろされ一瞬思考が止まり、ふいと彷徨わせた視界にセベルは、彼女の左胸に留められた『逆さ雫』のロゴを見つける。


「、」


 その形は、地図上で現在地を表す記号であり、『ここに立つ』という存在の証明であり、意思を示すもの。

 内には地上と地底を表裏として隔てる天象照応晶機群レプリック・シエルのラインが刻まれ、不屈の花と組織を支える大軌事象管理体サクゲツを環と囲み、略称である『R.O.L.O.』の名を刻んだしるし。


 それを身につけることが許されているのは__


「ぁ"、さか…、連盟ロロの、蒼灰アジュール?」


 かろうじて声となった指摘に、ルレットは息をついて、ポケットを探った。


「…ロロ『碧空者アジュール』、下っ端の蒼灰じゃなくて雫徽章シズキの一介さ。強さがどうとか言うつもりなら僕は不戦雫徽章だけれどね」


 懐から出したは銀の懐中時計。パカリと開けば顔写真や名前、何かの年月日がいくつか彫られていて、中心に白い石が嵌められているのが分かる。身分証明のような品なのだろうか、ルレットは見せたかと思えばすぐに仕舞い、眉を上げる。


「で? 君は? 僕は同じことを二度言うつもりはないよ」


 にべもない返しに、薄緑の瞳に射抜かれ続けているセベルは、唾を飲み込んだ。


「…ぇル。セベル=ユーフャ。魔人狩り…追って…ここ、まで。……少な"…とも、ロロと、事を構…たい、とは思って、ない」

「声…霊瘴に対して障壁なしだからか。うん、じゃあ、聞きたいことは山ほどあるけれどそこで大人しくしてて」


 喉がやられているのには変わりない。セベルは、なんとか絞り出すように返答する。

 腕の中から地に降ろし、自らの背に庇うようにランタンをかかげたルレットは、セベルの背中を叩くと、位置情報を送った後腕輪から通信をかける。軽薄だが要点を上手く掴んだ声が応答する。


「――中央、トウセイ聞こえるかい! 臨時バディ06より、緊急コードE、ヤモル区北にて中型トランドル一体確認。到着時には既に居合わせた呼称アンノウンが被瘴。敵対の意思はない模様。現在トランドルと応戦中、なお推定出現方向及び犯人逃走方向、西方面の封鎖を要請する!」

「《…ザザッ……ぅ解です! ただちに蒼灰による包囲網形成、戦闘許可済の雫徽章を派遣しますね! ここから近いとやっぱりクズ先輩とソレータさんかなぁ。現着は約80秒後と算出! それまでファイトです!》」


 狭い路地に見合わない巨体の怪物は、ガガガと背負う装甲でサイドの壁を抉りながら、素早く行われる通信中にもこちらに向こうと転回する。


「防衛重視の遅滞戦闘…かな。まぁ僕のは到底、戦闘なんてモノじゃないけれど」


 先程の唐突な前転は回避であり、一手だった。路地裏へ怪物を追い込む形に移動したのは、応援が辿り着くまで釘付けにしておくための布石。


 そも霊瘴というまさしく毒の塊で出来ている怪物から逃げ、街中を引き回すのは分かりやすい最もな悪手。下手に撒き散らすように動いて中和清掃やら説明やら後処理に追われるのは論外。毒の中和には専用の術式の前にそもそも多量の魔力トラオムを消費するし、あいにく生来ルレットにはそんな余裕ある魔力炉をしていなかった。

 もし自ら一人で討伐まで持っていけるのなら御の字だが、たとえいくらでも__それこそ一昼夜でも__時間を稼げる豊理異能はあれど、討伐まで持っていける決定打がないのはまだ蒼灰だった頃から重々承知している。

 いつもの思考を回しつつ、ルレットは鍵言を紡ぐ。


「【霧の案内人ジャック=オ、路傍の燦光ウ=ランタン】__【身の程知らずを踊らせろ】!」


 瞬間、手にしたランタンに灯るミストグリーンの炎が勢いを増す。

 すれば__光源に釣り合わずあやふやだったその場の全ての『影』が輪郭をたしかに取り戻し、トランドルの影だけが地面から

 黒い泥のように実体を持ったそれは、石畳から浮き上がりトランドルの周りに円環を描くように舞った。


「ぅわッ……!?」


 驚愕の声が上がる。再び攻撃の動作モーションを見てとり、歪な盾形に撰装を構えていたセベルだ。

 だが予想を裏切り、振りかぶられた鋏は見当違いの方向へ攻撃を始めていた。


 ごガ、と形容し難い音を立ててクレーターが生まれたのは、獲物もしくは敵である認定を受けた二人が居る場所ではなく__トランドル上空の、両壁。

 見当違いの方向へ攻撃するトランドルに、困惑する。


「一体どういう…」

「幻惑さ。あいつは今、架空の僕達を相手にしている。とは言っても、あんまり長くないけれど…ね!」


 急ぎ告げ、また何かを唱えて腕輪に認証させ、手を振り払うと、数字や幾何学が形を成したようなミストグリーンのベールが二人の前にかかる。それはひらひらと輝き、数秒のうちに薄くなったが、盾のようにその場に留まり続けている。


「【対霊瘴障壁展開レジストス・ギフト】、【対物理障壁展開レジストス・フィズ】、と。さて」


 張ったのは、霊瘴から身を守る為の『対霊瘴中和式』。喉を焼かれるようなからい空気__つまり空気中の霊瘴が緩和されたのを感じるや否や、黒泥が薄れ始めたトランドルへ向きなおる。


「【血踵、頸を断て】!」


 もはや薄墨のようになっていた黒泥が詠唱とともにまた鮮明に影を取り戻し、轟音を立てて怪物が崩れ落ちる。それはまるで、自身の足を切り落とされたと錯覚しているかのような挙動だった。


 ざり、と砂利と氷雪を踏む音が戻ってくる。


 ______そして、銀閃が走る。


「__かッッた!! うわ硬くねこいつ!? この刃が通らねぇってよほどだぞ!?」

「レオ! 犯人は?」

「わりぃが逃げられた、包囲網なりなんなりに後任す! 十中八九マキャナーの関係者だクソ! とりあえずトランドルぶっ倒してアンノウン捕まえりゃ、チャンチャンだ。さっさと終わらせんぞ」


 現れたのは、先程駆け去っていった少年__レオニア。幻惑によってガラ空きになった感覚器官である目に斬りかかって痺れた手を振り、ルレットの前に退く。

 ついさっき駆け抜けて行った時には無傷だった彼には頬と口周りに血を擦った跡があり、その腕は何かを防御したようにズタズタに傷ついていた。


 ちらり、と。怪物を睨むレオニアは、尻餅をついたままのセベルに、一瞥。


「基本術象すら持ってねえのに霊瘴戦に出るとかアホか。死にたくなきゃ大人しくしてろ、黒いの」


 確かにセベルの髪は黒にも見えるが、本当の色は紺だ。ただ薄暮の視界が悪い中そんなところまで気にするわけもなく、レオニアはセベルに興味なさげに背を向け、それをカバーするようにルレットはセベルの背後に位置取る。


「ルレット」

「了解。グリフさん達には悪いけれど、遅滞から討伐にシフトだ」


 何かするつもりなのか端的に予告したレオニアは、連結させていた三節槍をヌンチャクのように回してほどき、口をひらく。ルレットの詠唱に被るように。


「【石袋は井戸へ】、【藁屋吹き飛べ】!」

「___【窮羊きゅうよう、空を踏み抜け】」


 レオニアの鍵言。それを皮切りに、レッドアンバーの色の雷電が槍に走る。

 唱えられた新たな幻惑は幻影に踊らされていた怪物を硬直させ、彼の雷霆を貫かせるための隙を生み出した。


 それは、熟練を感じさせる連携。


 未確認のトランドル。

 そのほとんどを硬質な殻で包まれた身体は、レオニアの落蓋の刃を通さない。ならば斬れないのなら斬れる部位を。


 殻に覆われておらず柔らかいであろう腹は、その多脚がゆえに軌跡が通らない。狙いは、脅威である切れ味を誇る鋏も静止し、幻の前に身動きを一切とれなくさせられた怪物の、殻に覆われぬ眼だ。先程は人間が瞼を瞑るように、甲殻の下に隠されてしまったその裸眼だ。


 幻惑によって無防備に晒されたそれを、外すわけも無い。


 切っ先は過たず深々と突き刺さり、瞬間。夜闇に包まれ始めていた辺りを照らすように、轟音と共に雷光が怪物を内から焼いていく。


「うーん…、やっぱり解析班に怒られるよねぇ……刃が通らないならこの手しかないんだけれど。…ま、その時はその時でいいか」


 多脚も力を失い潰れ、巨体ゆえの轟音が響き、トランドルがくずおれる。

 


「__」


 レオという少年が着いてからあっという間に、悪意のカタチが焦げ付いて動かなくなった。目まぐるしく変わる状況に目を白黒させていたセベルは、目の前の惨状を生み出した怪物から目が離れなかった。


 そんな様子を蚊帳の外にして焦げ付く身体が脱力したさまを確認した二人は、セベルに向きなおる。


「うん、あとはグリフさん達の到着を待ってかな。魔人狩りと思わしき人物が向かってくるまでもなく逃げに徹したのが不思議ではあるけれど…」

「それよかトランドルをウルル内に引き入れたのは誰がどうやってか、の方が問題だろ」

「まぁね。それはさておき、とりあえず夜間外出禁止令破りと今回の襲撃事件での事情聴取で、本部まで連行ってところ?」

「だな、あと犯人の追跡確認を__」


 三節槍は刃をしまいホルダーへ、ランタンは光を失うことなくただ影のみが落ち着いて、元のあるべき姿に戻っていく。


 各々の武器を下ろしたその時。



 ガラッ


 石が落ちる音。物が動く音。

 _____瓦礫が、転がる音。


 そんな要因はない、消え去ったはずの路地裏に、再び緊張が舞い戻る。


「――後ろ!!」

「ッ何!?」


 セベルの声が指し示した先には、斃れたはずのトランドルの影。

 全身が炭化し片目のがらんどうを晒した状態で起き上がり、隻眼でもってこちらを睨みつけて。


 挙げられた腕の____その、片方の鋏が無かった。


「ッレオ防御!!」

「チッ!!」

「_____ぇ」


 ルレットに引き倒されたセベルは、したたかに尻餅をつき2人の陰に入る。衝撃に傷口が一斉に合唱する。


 なくなったハサミの行方はすぐに分かった。

 意識に割って入る風切り音、重量のあるものが空気を押す圧。それは、三者の上空よりフープのように回転し飛来する。


「______!」


 一見ただ重量級で、装甲が硬いだけの投擲物。ただの物理なら障壁の壁が破られるはずもない。__なんてのは、嘘だった。


 それぞれの防御障壁をかすり、ブーメランのように怪物の足元へ帰っていく。その鋏は、保証された剛健のはずの盾や障壁を、バターを削るように引き裂いた。

 嫌な予感に飛び退いていたのが功を奏し、浅かれ深かれ各々は肌を切り裂かれるのみに終わる。


 ___保証された守りを貫かれた戦慄。


 しかしバディが息を呑んでいたのは数瞬、すぐさま動き出し、レオニアは再生しつつあるハサミを注意しながら再開する攻撃をいなしはじめる。


「コイツの『権能』は装甲だけじゃねぇのか」

「あぁもうサクゲツも感知してない新型ってこと…! 最悪だ。レオ、警戒! いつだって、霊礁がこちらの期待を守ったことなんてひとつもない!」


 ジャック=オゥ=ランタン。ルレットのランタンが投影する影は手を伸ばし、トランドルを架空の認識に落とす。

 手を繋ぎ、囲み、回り踊る影。焼き焦げてなお稼働する巨躯は、幻影の惑いにありながらも、酔気と酸気の息を吐く。


「_______、」


 どくどくと、頭で心臓が鳴っている。


 割れかけた頭が、氷礫に裂けた頬が、寒気が沁みるくせに熱くて仕方ない脇腹が、いまだ衝撃に痺れる腕が、我先にと押し寄せて痛覚を訴える。


 どくどくと、心臓が耳元で鳴っている。


 血に濡れて気持ち悪い服が、張り付いて傷を引っ掻き回す。熱が流れすぎた。


 戦気まとう2人の後ろで__ゆらり、と幽鬼が如く地を踏む。


「一度焼いたが効いたな。さっきより、やわい!」


 レオが焦げた甲羅を削り剥がすように斬り、その防御を崩しにかかる。怪物を相手取るその背中が、セベルの視界から離れない。


 くらくらしてしょうがない頭に、ぼんやりと言葉が浮かぶ。


 そう。一言だ。


 踏み固められた雪と、掘り起こされた石畳と土を敷く靴裏の感触がいやに強く感じる。

 ふらり、ふらり、ルレットの肩を追い越して。幻惑の維持にランタンを掲げていた彼女が、引き留めに声を上げる。


「っ君!? 駄目だ下がってて! それ以上出血したら___」


 3年前からずっと、常に抱える焦燥感。それは、真昼のような夜の記憶。夜闇を照らしてなお星に手を伸ばさんとする大火が浮き彫りにした小柄なシルエットが、ノイズをもって目の前のレオニアに被る。

 

 被る

 被る。


 目覚ましい橙色のフードの切れ端を視界に入れて、手の内に時計を浮かべた感覚を得て。


 ノイズが視界を占領していく。


「ッち、【身の程知らずを踊らせろ】!」


 セベルの肩を掴もうとするが、時期が被り幻惑がほどける。幾度目か分からない幻惑の起動の間に、手が届く範囲にもういない。


 ふわふわ浮世の意識に埋め尽くされるのは、目の前の存在に対しての否定。


(――――ダメだ)


 常に身を焼く焦燥感が、人格を持ったように身体を動かす。

 

 あれは、アレだけは、駄目だ。駄目だ、駄目だ、あれは生かしてはいけない。

 あれを歩かせるな。息を吐かせるな。その場に存在を許すな。

 じゃなきゃ、___


「ッエラーじゃないのか、この魔力値で!?」

「はぁっ!?」


 どこかで驚きの声が上がるのを海中に漂うように聞く。追いつくように肩に何かが乗った気がしたが、鈍い意識はそれを認めない。


 ボロボロの身体を乗っ取るような焦燥感が、相対するトランドルに、指をさす。



「――【銀壊アルバ】」



 指が重なるそこに顕れるのは、シルバーの魔力光。それは、曖昧とした形から輪郭が見える球へ、急速に形をなしていく。


 現界するは、塔のように巨大過ぎず、街灯のように矮小過ぎず、ちょうどあれを撃ち抜けるシルバーの光を。


 離れた呟きを拾ったのか、レオニアが反応する。魔力が動く気配にルレットが振り返る。

 意識薄弱のセベルはそれに気付かず、射砲台となる腕を、手を、指を伸ばし、望みを口にする。


「おいお前なにを___」


 指差し一撃。


 バランスボールを圧縮したような大きさの弾道が、空間を根こそぎにするような弾道が、軌道そばにあったペールグリーンの髪をさらった。

 

「__」


 寒気を巻き込み怪物の中心に向けて放たれたそれは、少しだけ下に逸れて着弾。蒸発音とともに、その装甲に大穴を空けた。

 溶けた蒼雪の通り道が向こう側に見えて、その跡は突き当たりの石壁の直前ですぼみ消えた。


「魔人て聞いてはいたが……燦忌指定サンキ並みて馬鹿があってたまるかよ」


 状況が、凍る。

 しかし怪物は今度こそ息絶えた。







「―――いま、の。まさか、ただの魔力弾って…言わないよね?」


 茫然とするルレット。引き攣った頬に負った裂傷を指で覆い、ブリキのようにたった今自らの顔の横すれすれを掠った軌道をした先――


 それを成した腕を降ろした彼女を、畏怖の視線でもって見上げた、


 ____その肩が、叩かれる。


 すとん。二者の間に、張り詰めた水面に油を混ぜたような軽薄な声が降ってくる。


「__すっごい轟音聞こえたんだけど、大丈夫? やっぱり遅かった感じ? ごめんねぇ、シャルルちゃんにゃ荷が重かったでしょ〜。…にしても破壊痕ヤバいね〜? うはは」

「雫徽章グリフ=アンク、ソレータ=フール現着ッス。報告にあったトランドルは大破、沈黙…うわぁ、もしかして新しいヤツっスか。ええぇ……ウルルの結界ちゃんと健在なのさっき確認した今じゃ、侵入経路で絶対会議踊るやつじゃないスかこれ。…つかグリフさん、装甲で遊ばないで仕事してください!」


 彼らは、ルレット達と同じブルーグレイを纏う二人組。胸の揃いの逆さ雫の徽章が、ロロの所属を示していた。


 薄っぺらく笑うのは、酸化した鉄血のサイドテールを靡かせ、トランドルの残骸をつつく青年__グリフ=アンク。

 ウンザリとした気苦労を窺わせるのは、大ぶりのサングラスと三つ編みの付け髪エクステをさげる少年__ソレータ=フール。

 それらの姿を認めたルレットが、思わずと言ったように名を呼ぶ。


「っソレータ、グリフ先輩!」

「はーい。状況どんな感じスか?」


 彼らは背後の残骸を一瞥し、その場の空気に目を走らせ、そしてルレットとレオニアに背を向ける。それはつまり、セベルに向かい合ったということだ。敵味方の一線を引いたような空気に、緊張が走る。


「介入後、本部への通信の後レオニアと合流、新型の装甲と鋭利性の権能に苦戦中アンノウンが…おそらく魔力弾、で撃破、現在に至ります。豊理レベルの威力ですが豊理反応はなし。魔力禁止区画エリアフィルターを無視出来た理由は不明。周囲の幻惑人払いは継続中です」

「了解。__グリフさん!」


 ソレータにひらひらと手を振ったグリフは、肩に纏う布きれから硝子珠を素早く千切り、やる気のない声色でのらりくらりと詠唱する。それは、パフォーマンスのように冗長としたものだった。

 揺らぐ魔力の気配。

 それは、攻撃かはたまた別のものか__何にしろセベルに対するアクションであるのは明白だった。


「へーい、【預かる誇りを死守すれど】【淘げる宝玉は焚べられる】__」

「!」


 彼らの到着に深海から浮上してきたように光が戻ったセベルは、貧血でふらつくも反射的に後ずさる。が、足元の雪解け水が波立てられるだけで擦れたのは誤差程度。

 くるりと弄んだ硝子珠はダークバイオレットの魔力光へ溶解し、セベルの四肢へその光が走る。


「__【廃棄処分の神風主義】♪」

「っ!?」


 __がくん。

 視界が急下降し、節々に痛みが走る。盾にと撰装を操作しようとしていた手は到底間に合わず、両手揃ってぐいっと後ろへ引かれる力が掛かる。

 絶対的に立ちくらみなどではなく地に跪いた要因に見やれば、ジャラリと鈍色をした無機質な枷鎖が、両脚両手首を繋ぐように拘束していた。


「こんなとこでいーい〜?」

「やりすぎな気もするっスけど。…改めて、要請に従い応援に現着。これより状況収束に__って!?」


 瞬間、一気に視界が明るくなる。終わりかけの薄暮ながら眩んだのはそれほどでもなかったが、目の前に拡大されるグリフの姿にフードを取られたことを気づく。元々吹っ飛んで取れかけていはいたが、すぐさま、ひったくるように首を振って顔を背けた。


「っ__」

「なぁんだ、異様に顔を見られたがらないから何かあるのかと思ったら、リストにも載ってない知らない顔じゃん」

「あぁもうグリフさん!」

「ごっめんごめーん。うはは、みぃーんなめっちゃボロボロじゃん。6番バディにゃ相当不利な感じのヤツだったぽいね〜っと、それはそれとしてこの装甲貰っていいと思う? ソレータ」

「いい素材になりそうでもダメっスよ。現場保存ッス。ニコラエール様に何言われるか。はぁ、無駄口叩かないでくださいっスもう」


 視線を遮る大ぶりのサングラスをいじり、ソレータが杖のような銃剣を石畳に突く。小石が飛び散り、グリフの靴に当たって止まった。


「んー、まぁ、聞いてた特徴と報告にも合致するから間違いねぇんスけど。でもまさかあの人・・・ほどの魔人が居たとは驚きッスわ」


 勝手するグリフに応えるソレータは、ルレットに同情の目を向けられていた。

 なんか、グリフって人に全員振り回されている日常が垣間見えた気が。


「さぁて会議じゃどうなるかねぇー? まぁとりま、本部に同行願うんだけど、返答如何?」

「ッ__」


 にっこりと笑うが、恐怖を感じるほどにまったくもって目が笑っていない。蛇に睨まれたような重圧がその場を呑む。


「ッごほ、は……本、部」


 締まる喉から言葉を絞り出し、単語を返す。


 示すものは、先程二人が言っていた『ロロの本部』か。


 ロロ。それはセベルにとって、手がかりであって気がかりでもある名前。

 所属員にのみ渡される個人の魔力認証入りの懐中時計を持っていなければ、辿り着けず日暮れまで迷わされる豊理術式がかけてあるという__白亜の根城。

 

「そ。まぁ中核戦力な魔人が狙われてるからには上はかなーり重く見てるらしくてね? イエスでもノーでも、はい も いいえ もしょっぴくからヨロ♫」


 それは、セベルから見た牙城__この街この地底を護る、空に夢見ゆる者の連盟拠点。このリフリに座するROLO本部への連行宣言。


「ッ―――…」


 逃げ去ろうとしようとも不恰好な錠が四肢を阻み、無理に立とうとすれば世界が回る。


 血が足りない。

 セベルは、身体の至る所の熱から落ちる赤を抱えて、濡れ雑巾が如くその場に溶ける。

 意識がない人間の倒れ方に、場に動揺が走る。


「およっ!?」

「右耳だけじゃないっスよ、この子、左脇腹と両腕にも負傷してる!」

治癒回復式ケーキ、いや本部に早く連れて行きましょう。内臓が傷付いているのなら、フェブリス様に任せた方がいいです」

「あトウセイちゃん? やっほー臨時バディ02、グリフだよ。トランドルを討伐したアンノウン確保〜。重傷だからとりま医務室空けといて! あとフェブリスさん空いてたら呼んどいてヨロ!」

「《えぇっ!? 通信切れたかと思えば急転すぎませんか、ってちょ__》」



 慌ただしくなる現場。

 薄暮が終わり、夜になる時。


 星が踊り始める頃には、静けさが戻っていた。






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