STAGE4-3
「それじゃ、またね」
「おう、また明日な」
完全下校時刻となった校門前、栄太と美海の二人はそんなお決まりの挨拶をしてお互い逆の方向へと向かって歩き出した。
最初の曲がり角を曲がったところで栄太はその場に身を潜める。
三十分くらいそうしていたところで、そろそろいいかな? と曲がり角からひょいっと顔を覗「なにやってんのよ、あんた」
「うわっ! ビックリした!」
先ほど別れたはずの美海の姿がすぐ目の前にあり、栄太は思わずその場で驚愕の声を上げ、格ゲーキャラもかくやのバックステップを決めた。
「ど、どうして川池がここに?」
「それはこっちの台詞なんだけど? もう一度言うわよ、何やってんのよあんたは」
「え? いや、えーと、それはだなー」
とっさに何か言い訳を考えようとない頭を使って考えるが、栄太がその答えをはじき出すより先に美海が呆れたように大きなため息をついた。
「あんた、帰るとき毎度わざわざ家とは反対方向に行って私がいなくなるの待ってるでしょ? 気づいてないと思ったの」
「いや、別にそんなことは」
「朝あんたがいつも別れる方向とは逆の方から来てるのも知ってんの、往生際悪いことすんじゃないわよ」
どうやら完全に外堀は埋められているらしい。
しかしなんて答えたもんだろうかと栄太が思案していると。
「……何よ、そんなに私と一緒に歩くのが嫌なわけ」
「いや、それは違う!」
傷ついている様な美海の言葉に栄太は思わず反論し、もうごまかすべきじゃないと観念した。
「帰る時まで俺が一緒っていうのは川池に悪いんじゃないかと思って」
ゲームの指南をしてもらうようになる前から、登下校の時ちょくちょく美海の姿は見かけていて、彼女が実は近所に住んでいるらしいことはなんとなく分かっていた。
ただ彼女が栄太のことをあまりよく思ってはいないことは知っていたし、仮に今はそうじゃないにしても異性である自分と一緒に帰るというのは、成り行きだとしても美海からしたら不本意なのではないかと思った。
普段は一方的に指南してもらう立場なだけに、それ以外の部分で美海の迷惑になるようなことはなるべくしたくなかったのだが。
「なにそれバッカみたい。むしろこうして露骨に避けらてる方がよっぽど傷つくわよ」
「むぅ……ごめんなさい」
反論の余地もない正論にぐうの音も出ない栄太にまったくとでも言いたげにまた大きくため息をつくつと、美海は踵を返し歩き出した。
栄太がなんとなくその後ろ姿を見送っていると、彼女はジトーっとした目で振り返って。
「なにホゲーっとしてんのよ、さっさと帰るわよ」
「え、いやでも」
「なに? まだ言わせる気?」
「いえっ! 喜んでお供させていただきます!」
美海のその台詞に栄太は慌てて返事を返し、先を行くその背中を急いで追いかける。
「で? 具体的にあんたんちってどこにあるのよ?」
「ローストとセブンテゥエルブが斜向かいに並んでる交差点有るだろ? そこ右に曲がったら俺んち」
「あ~あそこ。確かに近所だわ」
なんとなく一緒に帰ることになって同じ道を二人で歩く。
先を歩く美海を一歩下がった位置で栄太がついていく。
一緒に帰るといってもゲームや零のこと以外で二人共通の話題というのはこれと言ってなく道中話が盛り上がったかといえばそういうわけでもなく。
こうなることは栄太にも予想はついていたし個人的には別に嫌ではなかったが、それだけにどうして美海が一生に帰ろうと言い出したのかが謎だった。
「……ねぇ、あんた本当に勝てると思ってるの?」
「ん? 何が?」
ふいに問われた質問の意味がつかめず、栄太が聞き返す。
「何がって、部長に決まってるでしょう。あんたにも見せたでしょうあの沢山のトロフィー」
そういわれて栄太の頭に浮かぶのはまだ栄太がゲームの特訓を始めて間もなかったころ、美海に見せてもらった数々の優勝トロフィー達。
零が部の発足を認めさせるために用意した部の実績であり、彼女の実力の証明でもある。
「あの人と比べれば相手にならないレベルの私にすらまともに勝てないあんたが、あの部長相手に本気で勝てると思ってるわけ?」
「そりゃあ、思ってるに決まってるだろ」
「なんでそんなこと言い切れるのよ? 何か根拠でもあるの? それともただの身の程知らず?」
歩みを止めることなく訪ねてくる美海の背中を追いかけながら栄太が答える。
「別に根拠なんてないし、うぬぼれてるつもりもねぇよ。ただあの時、言っただろう」
初めて美海と対戦したあの時、誓った。
美海や零が大切にしているものにいい加減な気持ちで踏み込んだりなんかしない。
「負けるつもりで勝負なんてしたら、俺は本気で向き合ったとは言えなくなっちまうだろ」
正直に言えばゲームと本気で向き合うということがどういう事なのかまだよくわかってはいない。
零のように大きな目標を掲げることも、美海のようについ感情的になってしまうほど真摯になることも栄太にはない。
ただそれでも後先のことなんて考えず、保身や外聞なんて全部蹴っ飛ばしてただ目の前にあるものに全身全霊で挑む。
負けた時のことなんて一切考えない、やるからには全力で勝ちに行くし、絶対勝てると信じる、それが栄太なりの本気で向き合うということだった。
「……」
不意に美海がその足を止める。
いったいどうしたのだろうと訝しがりながら、栄太もそれに合わせて足を止めると美海が問いかける。
「ねぇ、さっき道場で私が水泳を怪我でやめたって言ったの覚えてる?」
「え? ああ、覚えてるけど」
「あれね、本当は頑張れば復帰できたかもしれないの」
そう言って美海はまた自身の肩に触れる。
「だけど、頑張ってももうあの頃みたいに泳げないかもしれないってそんな現実と向きあうのが怖くて私は水泳から逃げた。今まであんたに散々偉そうなことを言ってきたけど、私は――」
「んなことねぇよ」
何か言い終えるよりも早く立ち止まる美海を走って追い抜き立ちふさがるように振り返ると、彼女は少しだけ驚いたような顔をしていた。
「何を言いたいのかは正直分からねぇけどさ。仮に川池が水泳から逃げたんだとしても今のお前には関係ないだろ」
過去の美海がどんな思いで水泳から離れ、どんな思いで今この場所にいるのか。それは栄太には想像することもできない。
ただそれでも、ゲームに真剣に向き合う気のない人が部に踏み入ってくることが許せないと憤っていた彼女も、零に対するあこがれを口にし、いつかは自分もああなりたいと目を輝かせて語っていた彼女もどれも嘘偽りのない本物だった。
たとえどんな経緯があろうとも、いま目の前にいる彼女がゲーム素人だった栄太をここまで導いてくれた先生であることは変わりようのない事実だ。
「過去に何があったとしても、今の川池の気持ちや言葉が全部嘘になるわけじゃない。そうだろう?」
そう言って栄太は美海へニッと笑って見せた。
「そっか……それもそうねッ」
立ち止まっていた美海は走り出し、栄太の横をすり抜けてまた彼の前に立ち歩きだした。横を走り抜けていった彼女の横顔はほんの少しだけ晴れ晴れとしていたような気がした。
「あ、ところでいいの? 例の交差点もう通りりすぎてるわよ」
「え? あっいっけね!」
言われて後ろを振り返ってみれば、いつも曲がる角を確かに通り過ぎている、話に夢中で気が付いていなかった。
「えっと、じゃまたな川池!」
慌ててもと来た道を戻っていく栄太。
その後ろ姿を静かに見つめて。
「ふふっ、バーカ」
微笑みながら嬉しそうに呟かれたその言葉は、走り去る栄太の耳には聞こえていなかった。
それから一週間が経ち、とうとう栄太と零が再戦する日がやってきた。
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