STAGE4-2


 輝く汗、轟く掛け声、飛ぶ正拳は槍のごとく。

 校内に併設された道場。その一角で英太と美海の二人はなぜだか空手部の部員に混ざり、型の練習を行っていた。


 型の練習を一通り終えると、今日は組み手行うとの事で、二人は邪魔にならないよう、道場の隅へと移動する。


「で、なんで急に空手なんだ?」

「あら、これだってれっきとしたゲームの鍛錬よ」


 僅かに乱れていた胴着を直しながら美海は存外真面目な顔でそう答えた。


「一対一で相手と向き合い腕を競うのは、格闘ゲームも現実の武術も同じ。集中力の維持や対戦感の向上のためにesうちではこうして空手部の練習に混ぜてもらってるの。実際プロ格ゲーマーの中にも同じ理由で、武道を嗜んでいる人はいるんだから」


 そう言われててみれば、零達と初めて会ったのもこの道場でだった。

 その時も鍛錬の一環として空手部の練習に混ぜてもらっていると、言っていった。


「何より、幾ら上達の為とは言え。いつもいつも同じ事の繰り返しじゃ、飽きちゃうじゃない。だから気分転換も兼ねてね。て、全部部長の受け売りだけど」

「ふぅん、なるほどね」


 確かにここ最近は部室での特訓にも閉塞感を感じることはあったし、たまにはこうして目先を変えてみるもの必用なことなのかもしれない。


 そんなことを話しているうちに組手の順番が二人に回ってくる。


「自分がゲームの中のキャラになったつもりで向かってきなさい。いい機会だし、間合いと駆け引きを、体で直接覚えるの」


 道場の片隅で互いに一礼して美海が構え、それに習って英太も素人なりにそれっぽい構えをとって空手部顧問の掛け声を合図に組手稽古が始まったのだった。



 組手が終わった後の、小休止の時間。


「いってぇ。少しはてかげんしろよなぁ」

「男のくせになっさけないわね。それくらいで泣き言言うんじゃないわよ」


 正拳突きを受け止めしびれる左手をさすりながら、不平を漏らすが。美海は容赦なく厳しい。


 組み手の結果はゲームの中と同様、英太の防戦一方で終わった。


 定期的に空手部の練習に参加しているだけ有ってか、少なからず心得があるらしく美海の動きは中々堂に入った物で栄太は受け流すのがやっとだった。


 そもそもの話。悔しいが、純粋な運動神経はどうやら美海の方が上の様な気がする。体格や腕力といった部分ではさすがに英太の方が勝るが、体の使い方は美海の方が明らかに上手い。


 なんだか男としての沽券が失われつつあるような気がして、一抹の危機感を覚えるが、しかし、そんなことで落ち込んでばかりもいられない。


 さっき美海は格ゲーも実際の武術も同じだと言っていた、だとすれば今の組み手の中にも何か上達のヒントがあるかもしれない。


「どうしたのよあんた。眉間に皺なんか寄せてさ」


 組み手の内容を思い出しながら、何か上達の手立てはないかと考えていると、美海が珍しい物でも見たかのようにそう訪ねた。


「いやなに。現状を打開するために。なんかねぇかと思案を巡らせてだな」

「あんたほど思案って言葉が似合わない、人間も珍しいわね」

「喧嘩売ってる?」


 言いながら抗議の視線を送ってやるが、暖簾に腕押し。特に気にした様子もなく、美海は胴着の下に着たTシャツをパタパタしながら、額にうっすらと浮かんだ汗を袖で拭った。


 初めて朝練の走り込みに参加した時も思ったが、美海はそんなスポーツマン的な動作が妙にしっくりくる。


 思えば型の練習をしたり、組み手をしたりと体を動かしている時の彼女は、心なしかいつもより生き生きしていた気がする。


 そんなことを考えながらぽけーっと美海のことを眺めていたら、その視線に気がついた美海が「何よ?」と怪訝そうな顔をし、何を思ったか、胸の前で手を交差して自身を庇うように体を捻った。


 まったくもって人聞きの悪いリアクションだが、そこに触れてもこっちが損をするだけの様な気がしたのであえて気にしないことにする。


「いや、川池って運動神経いいよなぁって思ってさ」

 とりあえず思ったことをそのまま言ってみると、美海は案外まんざらでもない顔をして。


「まあね。別に今だって体を動かすのは嫌いじゃないし」

「ふーん。前に何か体動かすスポーツでもやってたとか?」

「中学までは水泳をちょっとね。まぁ事故で怪我して続けられなくなちゃったんだけど」


 何気なく聞いた後で、失言だったかと後悔した。

 ひょっとしてあまり触れてほしくないような部分だったんじゃないかと、美海を窺うが彼女は寧ろ呆れたような顔をした。


「いらない心配してるみたいだけど、そんなの必要ないから。そりゃあ怪我したときはショックだったけど」


 言いながら美海がまるで何かを懐かしむように自身の右肩を撫でる。


「でも今の私には居場所があるもの。ねぇあんた、ゲーム大会を生で見に行ったことある? 町内のイベントみたいな奴じゃなくて、賞金が出るような大きい奴」


 その問いに英太は首を横に振った。

 ここ最近研究の為に大会の動画を何度か見たことはあったが、実際に足を運んだことは一度もない。


「あたしは一度だけ有るの。まだeS部に入るか悩んでるとき、部長に誘われて。結構すごいのよ。こんなおっきいモニターに試合映像が流されて、それをたくさんの人が見て、実況や解説までいて」


 身振り手振りまで交えて、当時の事を放す美海の姿はまるで子供のようだった。


「その大会は最終的に部長が優勝したんだけど。男女や歳で組み分けしない大会で勝ち上がっていく部長は格好良かったんだから」


 そりゃあの零さんなんだから格好良かっただろうよ。

 と心の中で同調しながら、英太はあるものを思い出していた。


 それは折しも鉢合わせ、成り行きで行動を共にすることになった、あの日。自身の夢について語った零の姿だった。


 プロのゲーマーになることが夢だと、その業界について語る零も、今目の前にいる美海と同じだった。


 希望に目を輝かせ、自身の夢と目標について無邪気に語る姿がそこにはあった。


「私も大会出場経験はまだないけど、いつかはあんな風になれたらって。それが今の私の目標」

「そうか……ちょっとうらやましいな」


 栄太がそうつぶやくと美海は怪訝な顔を彼に返した。


「なんて言うか、俺にはそういう夢とか目標とか、そういうものために何かに打ち込んだりみたいな、そういうのなかったからさ」

「え、なんか以外ね。あんたはむしろ後先考えず馬鹿みたいに突っ走るタイプだと思ってた」

「馬鹿は余計だろ、馬鹿は」


 思えば自分が今まで生きてきた中で夢や人生の目標と言えるようなものは正直、これと言ってなかったように思える。


 別に今までの人生がつまらないものだったというわけじゃない、好きなもの楽しい事はいくらでもある、でもそのために本気で打ち込みたいと思えるほど熱中したことはなかった。


 今を楽しく生きていられるのだからそれでいいかと、なんとなく生きてきた。

 別にそのことで悩んだり、悪いとも思ったことはなかったけれど、どこかで何かに向かって頑張る事に憧れていたような気がする。


「だから正直、今は楽しいんだ俺。零さんに勝つためにこうして川池とゲームの特訓してる毎日がさ、まぁ川池からしたらただ迷惑だっただけかもしれないけど。それでもありがとうな俺に付き合ってくれて。」


 これまでの行動に後悔は微塵もない、ただそれでも美海に対しては多少申し訳なかったかなと思う気持ちはある。


 突然現れて、ゲームの事を教えてくれと言われて、美海からすれば迷惑な話だったはずだ、実際栄太も最初の頃は拒絶されていた。


 それでも今はこうして自身の先生として色々教えてくれている。

 ありがとうの言葉は栄太の本心からのものだった。


「……」


 不意にコツンとこめかみの辺りに美海の拳が飛んできた。

 普段の怒りや照れ隠しで飛んでくるような勢いのあるものではなく、軽く小突くような優しい一撃。


 どうしたのかと美海の方を見てみれば彼女はそっぽを向いていて、その顔を見ることは出来なかった。


「ありがとうとか……急にそんなこと言うな、ウマシカ男」


 表情を見ることは出来なかったけれど、髪から除く耳は真っ赤になって、その声は明らかに照れている。


 ただそのことを指摘すると、今度は容赦ない一撃が飛んできそうだったので栄太はそのことに気が付いていないふりをした。

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