STAGE4
STAGE4-1
朝六時、栄太は目を覚ますと簡単に朝食と身支度を済ませて家をでる、学校につくなり美海と学校の外周を走り込み。
始めた当初は学校五周を終えたころには息も絶え絶えだったが、ここ数週間の繰り返しですっかり体に馴染んだのか、今では終わった瞬間へたりこむなんて醜態をさらすこともない。
学校が終われば部室での本格的なゲームの特訓。
「そこ、脳死でボタンを連打しない! 攻撃するときはしっかりボタン押した回数をカウントする癖をつけなさい!」
「はいっ!」
「コマンド入力は流れでなんとなくやらない! 慣れないうちは合間合間に一瞬間を置くくらいのイメージでいいから、一つ一つ丁寧に入力!」
「はいっ!」
そんな美海の指導を交えた十先形式での実践練習を終えたら、後はひたすらトレーニングモードでのコマンド練習とネット対戦を最終下校時間ぎりぎりまで繰り返し、家に帰った後も借りた機材でひたすら練習。
零達と出会う前、ただの帰宅部だった頃からは考えられないような一日。そんな日々を繰り返して春も過ぎ去った五月の半ば、零と栄太の再選まで一週間を切ろうとしていた。
「あークソッ!」
「はい、私の勝ち♪ 近づかれたら昇竜で甘える癖なんとかしろって言ってんでしょ。昇竜や波動は確定狙える時以外は極力打たない。あと、もっと間合いを意識する、数ミリ単位で有利不利変わるし、見誤って技がスカッたりしたら目も当てられないわよ」
もはや敗戦した後の恒例行事になっている、美海からのダメ出しが耳に刺さる。
美海との十先形式練習開始してから、それ以前と比べれば、腕を上げた実感はあった。
必殺のコマンド入力は、目を瞑って百発百中とは行かないが、それでも対戦中でもほぼ狙った技を出せるるくらいには、精度は上がったし。
それに併せて、コンボもなんとか実戦で使える程度にはなった。実際、美海との対戦成績も良くなって、一時であれば勝ち越すことだってある。
しかしそれでも勝てない。最後には逆転され、結局は先に十勝されてしまう。
素人と玄人の絶対的な壁のような物が、目の前にへだったている様な感覚。
このままでは勝てない。それははっきりと分かっているが、その壁をどうしても超えられないでいる。
「何が足りねぇんだろうな~」
焦りから、思わずそんな台詞が口を突く。
「そんなもん経験と練習量としか言いようが無いわよ。だからこそこうして、練習に付き合ってあげてるわけだし」
十先練習の内容は英太はリョウ、美海が零の持ちキャラであるキティを使い、ひたすら試合をするという単純な物だ。
キティは飛び道具が無い代わりに、スピードが速く手数も多い。いかにして相手の懐に潜り込むかが重要なインファイター。
逆に対峙する側は、いかに懐に入れず有利な距離を維持して戦うかがキモになる。当然練習もこのことを意識した、物になるが、まぁこれが上手くいかない。
なんせ間合いの管理もただ距離を取ればいいというわけじゃない。
たとえば、キティにはジャンプ状態から急降下して蹴りを入れる『キャノンスマッシュ』というワザがある。
主に相手のワザを回避した上で反撃をしたり、離れた相手との距離を詰めたりするときに使う技だが実はガードしたときヒットした場所によって確定で反撃できるかどうかが変わる。
離れた位置でガードした場合ヒットする場所がキャラの腰より下になり反撃しても相手のガードが間に合ってしまう。
逆に距離を詰めて技を受けると、攻撃が腰より上にヒットして相手がガード体制になるよりも早くカウンターする事が出来る。
そんな具合に、同じワザを受けるにしても数ミリ変わるだけで、その後の出来ることが変わってくる、だからこそ間合いの調整が重要になってくる。
距離を詰めて戦おうとする相手に対して、その行動を先読みし、付かず離れずミリ単位の間合いを意識、その上で反撃が可能か否かを判断し、正確なコマンド入力で適切なワザを繰り出す。
それだけのことを瞬時に行わないといけないわけだが、当然これだけのことを常に頭で考えながら出来ることではなく、格ゲーの実力者達は膨大な練習量と経験でそれを体に覚えさせる。
しかし英太にはそれが出来るだけの、経験も実力も無く。さらにはそれを補うだけの時間も無いのが現実だった。
零との再選まで残り一週間ほど、正直焦りを感じないと言えば噓になる。
「まっ、無い頭使って考えてもしょうがないわよ。今はやれることをただひたすらやってればいいのよ、ウマシカ頭らしく」
「それもそうだな……シッやるか!」
美海の一言余計な励ましの言葉を受けて、栄太が気を取り直すと。アケコンのスティックを握ろうとしたとき左手に鋭い痛みが走った。
痛みの走った左手を見ると、スティックを挟んでいた薬指の根元にできていたマメが破れて皮がむけてしまっていた。
マメ自体は前からできていて多少の痛みを感じながらもだましだましやってきたが、いよいよ限界に迎えてしまったらしい。
さすがにこの状態じゃゲームのプレイに支障が出る。保健室でばんそうこうでも貰ってくるべきだろうか。
そんなことを考えていると異変に気が付いた美海が横から栄太の手元を覗き込む。
「あらら、マメ破けちゃってるじゃない。ちょっとまってなさい」
そう言うと美海は自信のバックをあさり絆創膏を取り出すと、それをマメが破れた場所に巻き付けてくれた。
飾り気のない肌色の絆創膏だった。
「応急措置だけど、これで少しはマシになるでしょ」
「おう、サンキュウ。助かったよ」
「別に、たまたま持ってたってだけよ」
そういって美海はいつものようにフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
一月近く付き合ってこれが彼女の照れ隠しだということはもうなんとなく分かっている。
「にしても、よくやるわよねぇ」
逸らしたまま、彼女は言葉を続けた。
「毎日毎日練習して、指にマメまで作っちゃってさ」
「そりゃこれくらいしないと、零さんには勝てないからな」
「ふーん、そこまでして部長と付き合いたいんだ」
「え?」
言葉の意味をとっさに理解することが出来ず思わず、疑問の声を上げる栄太だったが、それに対して寧ろこっちの方が分からないとでも言いたげな顔を美海が浮かべて。
「え? って、あんたは部長と付き合うために対戦するんでしょうが。私なにかおかしなこと言った?」
「あーいや、別になにも。うん、その通りだ」
美海の言う通り自分は零と交際するために彼女とゲームで対戦し勝つことを目標にこれまで特訓を続けてきた。
零への想いは変わっていないしむしろここ数週間でその思いはさらに強くなったまである。
だから美海の言っていることは何も間違ってはいない。
でもなぜだか一瞬、そうじゃないと無意識のうちに否定してしまっていた。
零と付き合いたいという以外の目的なんて何もないはずなのに、なんだかしっくりこないというか、なんと言うか……まぁいいか。
「で? これからどうする? 十先は今日の分もう終わったし。コマンド練習か? それともオンラインで野良試合か?」
栄太は切り替えて絆創膏をまいた手で改めてコントローラーのスティックを握るが、それに対して美海はおもむろに席を立ち。
「いや、今日は少し趣向を変えましょう」
そう言って美海はおもむろに部室の出入り口へ向かうと、その扉を開いた。
「おい、どっか行くのか?」
「いいからついて来なさい」
美海は背中越しに振り返り。
「戦いの間合いって奴を、あんたの体に教えてあげるわ」
そう、何やら不穏な事を口にして美海は部室の外へと出て行った。
その一連の行動を不思議に思いながらも、英太は言われたとおり、その後について部室を出た。
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