STAGE5-3
美海は最終試合開始早々奇襲で一ラウンド取ることが出来なければ、勝利は厳しいと踏んでいた。
幾ら一ヶ月練習をしたとは言え、英太と零の地力と経験値には大きな差がある。
だからこそ、前半は情報収集に徹し最後に戦法を変え奇襲する作戦をとった。
急な変化に戸惑ってる内に畳みかけ、勢いのままラウンドを奪取する。
それが唯一の勝ち筋だと踏んでいた。
しかし零は奇襲を冷静に対処し、今日まで徹底的にたたき込んだ戦法にあっさり対応して見せた。
元々いつまでも通用するような戦い方ではないが、それでもギリギリ一ラウンドくらいは取れると思っていた。
それをこうも速く立て直されるなんて。
零に対する畏敬の念を感じながらも、一人悔しさから美海は歯噛みする。
はっきり言って勝利は絶望的な状況、英太はどんな思いでプレイしているのだろうと、美海はその表情を横から覗き込むようにそっと窺った。
彼はまだ諦めていなかった。
そもそも勝ち負けなんて些末ごとは、今は考えてもいないのだろう。
集中力を切らさず、ただ静かに相手の動きを観察し、隙を伺い闘志を燃やす。
そこに迷いや、恐怖など微塵もない。ただ純粋に勝機を探す本気の顔だった。
……頑張れ。
美海は自然と想っていた。
端から見ればただの学生同士、それもたかだかテレビゲームの野良試合。一体何をマジになってるんだと周りは笑うかもしれない。
しかし彼がこの日のために、どれだけ努力をしてきたか一番近くで見てきた。
本気で向き合い挑む彼を笑うことなんて出来るわけがない。
賢しげに授けた策はあっさりと破られた。後はもう英太自身の力を信じるしかない。
頑張れ! 頑張れ!
汗の滲む掌を強く握り、声無く想う少女の祈りを受けながら英太の操るリョウが動く。
キティの得意距離から脱出するため、英太のリョウはバックステップから即座に波動撃を放とうとする。
しかしもはや付き合ってやるつもりはないと言わんばかりに、零のキティは英太がコマンド入力を完了するよりも早く、突進ワザである、スパイラル·バレットで英太のリョウを蹴り飛ばす。
バックステップしたおかげで、当たりが浅くコンボにこそつながらなかったが、壁際に追い込まれ、逃げ場が無い。
ヒットポイントは残り僅か。もう一度攻撃をまともに食らえば、決着が付く。
虫の息のリョウにトドメを刺さんと、零のキティが迫る。
何をしても先を読まれ、ライフもボロボロ、もはや勝負ありと言っても過言ではないこの状況。
――どうすれば勝てる。
英太は殆ど死に体のこの状況でさらに意識深く潜らせたその時、少し前に零から言われた言葉を思い出した。
『私は君のその目に期待しているのだよ』
零はあの時そう言っていた。
その言葉の意味を、英太は未だ理解は出来ていない。
しかし自分に零が期待してくれる程の物があるというのなら、それに賭けてみたいと思った。
――見ろ。
見ろ! 観ろ! 視ろ! 覧ろ! みろ!
自身の目に意識を限界まで集中したその時、英太の視界から色が消えた。
時間の流れが遅くなったように感じる。
しかしそれだけ大きな世界の変化に、当の英太は全く気が付いていなかった。
今この瞬間必用な情報以外は全て遮断して排除する、それほどの集中力。
深淵へと至った意識は、勝利への道を探るべく、一秒を永遠へ引き延ばす程の早さで、過去の記憶を遡行する。
この一ヶ月ただひたすら修練に費やした。
その日々の中に、今この時を覆す一手を探す。
その最中自分の口角が、自然と上がっている事に気が付いた。
ああそうか。
以前、美海に零と付き合う為だけにそこまで努力するのか? と訪ねられた。
ゲームで零に勝って交際してもらう、その動機は変わらない筈なのにその時はなぜだかしっくりこなかった。
でも今解った。
零のことが好きで付き合いたい。
でもそのためだけに、指の皮がタコになるほど頑張ってきたわけじゃなかった。
今、俺はただ純粋に。
強者に挑み、追い詰められたこの状況、この瞬間、そして今までの日々全部。
それがただ心の底から楽しいのだ。
零が攻撃を繰り出す。英太に引導を渡す最後の一撃が届く。
その瞬間だった。
キィィン。
と、何か金属同士がぶつかるような、甲高い音が響く。
それは画面の中のリョウが、キティの放った一撃をはじき飛ばした音だった。
『ブッロキング』相手の攻撃がヒットする瞬間、ガードすることで相手の攻撃を防ぐのではなく弾く高等テクニック。
狙ってやったわけじゃない。勝つために出したある答えに従って行動したら、たまたまそうなっただけだ。
以前美海が格ゲーは三すくみで成り立っていると言っていた。
打撃は投げに強く、投げはガードに強く、ガードは打撃に強い。
つまりはジャンケンだとそう言っていた。ならば答えは簡単。
何せジャンケンには必勝法がある。
相手が手を出した後に、自分の手を出す。要は後出ししてしまえば必ず勝てる。
投げワザのモーションと、打撃ワザのモーションは当然違う。
つまり相手がモーションに入った瞬間、自分はそれに強いワザを出せば、絶対に打ち勝てる。
今、零は打撃ワザを打とうとした。
だからそれに強いガードをしたら、たまたまそれがブロッキングになった。それだけの事だった。
ブロッキングによって生まれた、一瞬の好機。
英太はそれを逃さなかった。
ブロッキングが成功したとほぼ同時に攻撃を入れ、そこからコンボに移行する。
リョウは流れるような連続ワザを繰り出すが、キティのライフを削り切るには至らず、ダウンさせるだけで終わる。
その起き上がりの瞬間、キティが打撃ワザのモーションに入るのが見えた。ガードすると、それがまたブロッキングになる。
すかさず一撃、後は体が勝手に動く。
必要以上に攻撃ボタンを連打しない、コマンド入力は丁寧に、耳にタコができるくらい言われた。
この一ヶ月、何十、何百と繰り返し刻みつけてきた連続コンボ。それをただ無心に打ち込み続ける。
そして――
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