FINALSTAGE
electronic sports
「やっっったーーーッ!」
美海の歓喜の声に、ハッとする。
同時にとてつもない窒息感に見舞われ、まるでおぼれた直後のように、肺が空気を求め呼吸した。
息をすることすら忘れていたのだということに今更気が付く。
「ちょ、あんた大丈夫?」
そんな英太を心配し、声を掛け背中をさする美海に、大丈夫と制す。
勝負はどうなった?
つい先ほど事のはずなのに、試合をしているときの事がおぼろげではっきりしない。
息を整えながら、ゆっくりと顔を上げる。
テレビ画面の中で、勝利のポーズを決めるリョウの姿がそこにあった。
「あ?」
目の前にある事実を、イマイチ飲み込めず思わず気の抜けた声が漏れる。
勝った? ……のか? 俺……零さんに?
乾いた地面に水をやるように、ぼんやりとしていた頭にゆっくりとそれが実感として染み込んで、これは現実なのだと確信したその時。
「よっしゃぁうぁぁぁ~~~~」
栄太は空気の抜ける風船みたいな声を上げながら、その場に溶けた。
勝利したことに対する、歓喜の気持ちは当然あるが、それを凌駕するほどの精神的疲労感が堰をを切った様にどっと押し寄せたからだ。
「ねぇ、ほんとに大丈夫?」
「……あまいものがたべたい」
意識を保つのすら億劫に感じるほどの倦怠感の中、どうにかそれだけ口にする。
取りあえず美海が隠し持っていた、キットカッツ譲ってもらい、最低限の思考力を回復させる。
「……」
零の方を伺うと、彼女は黙って目を瞑り頭上を仰いでいた。
「私の負け、か……最後の連続ブロッキングは狙ってやったのかい?」
上を向いたまま零が静かに訪ねる。
「いや、正直あん時は無我夢中で」
あれをもう一度やれと言われても、絶対出来ない自信がある、それぐらいあの時は神がかった集中力だった。
「そうか……あー!」
突然の咆哮に栄太と美海の二人はそろって肩を跳ねさせた。
「ダメだな、やはり負けるのは悔しいな」
何も無い天井を見上げたまま噛みしめる様にそう呟く零は本当に悔しそうで、それはそれだけ彼女が英太に本気で向き合ってくれた証でもあるのだろう。
「まぁなんであれ、私は君との勝負に負けたわけだが。しかれば、私は約束を守らなければならないな」
「だめッ!」
英太が何か言うより速く、美海の制止が入る。
どれくらい速かったかというと。約束をまもら、の辺りですでに声を出していたくらいだ。
「だめです! 部長がこんなウマシカ男とつきっつ、付き合うなんて!」
「いやしかし、元々そう言う約束で」
「それでもだめと言ったらだめなんです!」
「……あーあのさぁ」
何やら盛り上がりを見せている女子二人に、微妙に締まらない栄太の声が割って入った。
「なんというか、こんなこというのはものすごく悪いんだけど」
締まらない声のまま、そんなことを言う英太に対し、女子二人はその意図が分からず、目を点にする。
「ごめんなさい、やっぱ付き合うっていう話は無しで」
「は、はぁぁぁぁぁぁぁ!」
しれっととんでもない事を言われ、美海が不満と困惑が混ざったような声を上げる。
「どういうことよそれ! だってあんた最初に」
「いやまぁ、俺も最初はそのつもりだったけど一回、完膚無いまで負かされた奴が。泣きの一回で勝っといて付き合ってくださいなんていうのは、その、やっぱり違うよなって」
「そう、かもしれないけど。でも、あんたはそのためにあんなに」
頑張ってたじゃない。と言う言葉は声にはならなかった。
彼女がを言い切るよりも早く英太が「だから」とその言葉を断ち切ったからだ。
英太はおもむろに立ち上がると、自身のポケットから折りたたんだA4用紙を一枚取り出し、それを零へ差し出した。
「もし勝ったご褒美に、何か一つお願いを聞いてもらえるなら、これを受け取ってもらえませんか?」
零は差し出されたそれを受け取り、開いて中に書かれていた内容を確認する。
私は[electronic·Sports]部への入部を希望します
二年三組 橋本英太
「いや、実は前々から考えてはいたんっすよ。もし本気で零さんと付き合うのなら、ハンデなんて無しであなたに勝てるくらいにならないといけないんじゃないかって、だから」
英太はその場で深々と頭を下げる。
「俺をこの部活に入れて下さい。そんで次、零さんと戦うときには、ハンデなんて無くても勝てるくらい強くなって見せます。そんでその暁には……」
英太はそのままその場にひざまずき、零のことを見上げて。
「俺と結婚してください」
その時、再び時間が止まった。
「…………てっなんでそーなるの!」
今回もいち早く停止した時間軸から帰還した美海が、二昔前くらい前のツッコミを入れながら食って掛かる。
「なんで部活への入部希望しながら、流れで婚約申し込んでんのよ。いや、自分で言ってて訳わかんないけど。ほんとなんでそうなんのよ!」
「何でって。今回は諦めるけど。俺が零さんにふさわしい男になったら、その時はあらためて」
「だからって、どうして一足飛びに婚約になんのよ!」
「それは、それくらいの覚悟が俺にはあるって言うことでだな」
「あんたほんとに何言ってんの? ああもう! 返せ! さっきまで私が抱いていた感慨とか色々返しなさいよ、このウマシカ男」
「そっちこそ、なに言ってんだか分かんねぇよ」
そんなどこかで見たようなやり取りを二人がやっていると、どこからか笑い声が聞こえてきた。
声のした方を見れば、零がお腹を押さえて大爆笑していた。
何がそんなにツボに入ったのか、目に涙まで浮かべている。
「本当に、君は愉快な人だな」
「ありがとうござます!」
「だからあんたはだぁってろ、ウマシカ!」
瞳に浮かんだ涙を拭い、息を整えて改めて零が口を開く。
「良いだろう、その提案受けよう」
「本当ですか!」
「あーもう! なんとなく、そんな気はしてましたけど。本気ですか部長!」
もはややけっぱちのようなツッコミを美海が入れるが、案の定零は特に気にする様子もない。
「ああ。彼が本気の以上私も本気で答えなければならないからな。ただし。今回も一つ条件を出そう」
そう言うと零は、アケコンではない普通のコントローラーを手に取り、英太へと差し出した。
初めて、ここで勝負の約束をしたあの時のように。
「期限は私がこの学園にいる間。それまでにハンデ無しで私に勝ってみろ。それが条件だ」
あの時の様に不敵な笑みを浮かべ、コントローラーを差し出す零。
ならば自分もあの時の様に。
「ええ、必ず。勝ってみせます」
言って英太は握手をするように、そのコントローラーを手に取った。
「なぁ英太君。君は
「競技、ですよね?」
突然の問いに戸惑いながらも答える。
「正解だ。だが実はその言葉にはもう一つ『楽しむ』と言う意味がある。厳密にはスポーツの語源となった言葉が、だがね。私はコンピューターゲームで『競い』そしてそれを『楽しむ』仲間を求めてこの部活を作ったんだ」
そこで零はいつもの不敵な笑みとは違う、朗らかな笑みを浮かべた。
見た物を思わずドキッとさせてしまうような、そんな美しく優しげな笑顔。
「ようこそ。
それが一人の少年の、血と汗と電子に満ちた青春の日々が始まった瞬間であった。
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