STAGE5-2
「最初の四戦は捨てなさい」
時は遡り一日前。
零との再戦を翌日に控えたその日、英太は美海に、放課後の部室で零と戦うためのアドバイスをもらっていた。
「今日までうんざりするほどあんたと、部長戦を想定して試合をしてきたわけだけど私が操作しているときと部長が操作するときでは、たとえ同じキャラでも違いが有るはずよ」
ゲームである以上、たとえどんな実力者が操作しようとも、キャラの性能が変わることはない。
素人だろうと、プロだろうとワザの威力があがったり速度があがったりなどは、絶対にしない。そう言う意味では、生身でやる競技より平等と言えるかもしれない。
しかし平等だからこそ、その戦い方は操る人物によって異なってくる。ワザを出すタイミング、戦いの組み立て方、好む戦法に、ちょっとした癖。
そう言った部分はたとえどれだけ真似しようと、同じ人間でない以上、完璧に再現出来る物じゃない。
「だからこそ、最初の四戦は見に徹してその違いを修正することに専念すること。欲を出さず、部長の戦い方を体で覚えるの、その上で最後の一試合に全力を注ぎ込む」
「理屈は分かるんだが……待ち戦法? だっけ、我慢できっかなぁ、俺」
波動撃などと言った、遠距離ワザを主軸に、距離を取り、自分からは積極的に攻めず、相手の隙を文字通り待つ。
攻めるより、守ること主軸に置いたカウンター重視の戦法だった。
その中でも二人が集中的に練習したのは、俗に『跳ば落と』と言われるもので。
遠距離ワザで相手のジャンプを誘発し、その瞬間。空中で無防備な相手を対空ワザで追撃する。文字通り、跳ばして落とす戦い方。
零の使用するキティの得意な間合いは近距離から中距離。その射程外から攻撃を仕掛けることでこちらのペースに持ち込もうという魂胆だ。
「あんた自分が勝ち方、拘れる身分だとでも思ってるわけ?」
不平を漏らす英太の発言を、美海は厳しい目つきで、ぴしゃりと切って捨てた。
「はっきり言って今日現在に至っても、あんたの実力は部長に遠く及ばない。真っ向から挑んだところで勝ち目はないわ」
それは英太自身分かっていることだ。零に勝つため、この一ヶ月走り続けてきた。
しかしそれでも、未だ零は遙か先にいる。元よりたった一ヶ月で追いつけるとは、思っていない。
「大丈夫よ。『跳ば落と』は古い戦法だけど、それでも奇襲として使えば一ラウンドとるくらいなきっと何とかなるはずよ。それに部長には及ばないけど、あんただって最初と比べれば上手くなってるし、自信持ちなさいよ、事実あたしとの戦績だって……」
良いながら、徐々に美海の口がへの字に曲がる。
実のところ、待ち戦法を取り入れてから、美海とは良い勝負が出来る様になっていた。英太の方が、先に十戦先取することもあるくらいに。
その度美海は機嫌が悪くなって、口を聞いてくれなくなったわけだが。
「ともかく!」
何か振り払うように、美海は声を張り、仕切り直す。
「勝負はラスト一戦! そこに全神経集中しなさい、以上ッ!」
美海のやけっぱちのような、指示を最後にその日はお開きとなった。
そして今、奇襲とは言え英太は零をあと一歩の所まで追い詰める所まで来た。
戦術がハマり、美海は小さくガッツポーズをするが、英太は静かに画面を油断なく見据える、集中し文字通り全身全霊で挑む今、喜んでいる余裕はない。
ダウンした零のキティに対して一気呵成に距離を詰める。体制を立て直される前に勝負を決めるためだ。
ダウンからの起き上がりざまに一撃。仮にガードが間に合ってもこのまま壁際まで追い込める、追い込みさえすれば壁コンボでガードの上から削りきることが出来る。
勝てる! 英太がそう確信した時だった。
キィィィィン!
金属同士を叩きつけたような、甲高い音が響く。
『ブロッキング』敵の攻撃を弾き後隙を無くす狙って出すのが難しい高等テクニック。
英太がまずいと思ったときにはもう遅く、後隙のなくなったキティの一撃がリョウをとらえ一方的に攻め込まれる。
あと一撃、あと一撃さえ届けばと英太も抵抗を試みるが、その焦りがかえって良くなかったか、結局そのまま流れを取り戻すことは出来なかった。
戦況はゼロ勝四敗で一ラウンド先取された崖っぷち。
とっておきの奇襲が文字通りはじき返され英太自身同様がなかったと言えば嘘になるがそれでも緊張の糸を今ここで、緩めるわけにはいかない。
ふーと息を吐いて、一挙手一投足、ほんの僅かな隙さえ逃すまい、意識を集中しモニターの中へと潜らせる。
二ラウンド目開始のゴングが鳴る。
開始早々英太は美海と練習したとおり距離をとって遠距離技を放つ。
しかしこれを零はガードポイントのある技でこれを打ち消した。
普通にガードするなら受けたキャラがノックバックを起こして、徐々に距離が離れていくが、この方法なら遠距離攻撃を防ぎながらも強引に前進し距離を詰められる。
言葉にするのは簡単だか、相手の攻撃に対して技の一瞬しか存在しないガードポイントを的確に被せるというの、普通にガードするのに比べて遙かに難しい高等テクニックだ。
しかし零はそれを二発、三発と英太が遠距離技を放つ度に連続で成功させ、徐々にその間合いを詰めてきていた。
徹底して遠距離攻撃に対してジャンプをしない零。
たった一度の攻防でこちらの狙いを完全に看破された。もう『跳ば落と』戦法は通用しない。
ならばと今度は突進技使って一気に距離を詰めにいく。
散々遠距離技を連打してからの突然の接近で奇襲を仕掛けたつもりだったがその瞬間、零のキティはあろうことかそれをジャンプで回避して見せると同時、隣に据わる零の方から技のコマンド入力する音を英太の耳がとらえる。
誘われた!
そう英太が気付いた時にはもう遅い。
キティの華麗な急降下蹴りが英太のリョウに炸裂する。
幾ら攻撃を察知出来ても、ここから幾ら何をしようとも、回避行動は取れない。そう言うタイミングで攻撃を入れられた。
英太は相手のワザにわざわざ辺りに行き、そこから連続攻撃の餌食となった。
ただコンボの入りが不十分だったのか、なんとか一瞬の隙をついてそこから脱出する。
栄太が追い詰められていくそんな中、対戦する二人の後ろで勝負を見守っていた、美海の表情が苦しげに歪んでいた。
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