STAGE3-6
「実を言うとね両親は私の夢をよく思っていないんだ」
そう言って零は僅かに目を伏せる。
たったそれだけの事だったが、その表情がくらくなったように見えた。
「プロゲーマーなんて職業と言えるかどうかも怪しいものより、もっとちゃんとしたものを目指してほしいと説得されてね。正直その時は挫けそうだったよ」
栄太は反射的にひどいと思った。いくら親だからって人の夢をそんな言い方はないじゃないかと。
しかし考えてみれば、英太自身、今日母親に言われたことだ。
ゲームなんてしてないで外に出ろ! そう言われて栄太は外へ放り出されている。
ゲームはただの娯楽。それ以上の価値はなく、それにかまけるなど怠惰の至り。
それが日本でのゲームに対する一般的な価値観だ。
日本はゲーム大国などと呼ばれる事もあるが、その立ち位置は現状著しく低い。
「しかしそんな中で祖父だけは私の夢に対して向き合ってくれたんだ」
祖父の事を口にしたとたん暗かった零の表情がわずかに柔らかくなる。
「空手道場の師範代で、質実剛健、自他共に厳しくテレビゲームなんて触ったこともないような人が、両親に夢を否定されて折れかけていた私を道場に呼び出してこう言った」
零はその場で背筋を伸ばすと、その表情をキリリと締める。
「誰も認めてくれず、誰も助けてくれず、妥協の許されない茨の道をおまえは進む覚悟があるのか? と。その言葉で私の覚悟は決まった」
姿勢を正したまま、零の目は揺らぎなくただまっすぐに前を見据えていた。
その視線の先にはきっと今も、祖父の姿があるのだろう。
「ゲームとは娯楽だ。誰もが分け隔てなく、気軽に楽しむことができ、身近にあるもの、そういうものであるべきだ。だが私にとってはそれだけじゃない」
誰に聞かせるわけではなく、ただ自身に刻まれたものを読み上げるように零はよどみなく言葉を紡ぐ。
「進むべき道であり、夢であり、そして祖父との約束でもある。この道を究める求道者となることを決めた、その瞬間から私にとってゲームとはそういうものだ……でもね」
その時零の口元が笑った。
しかしそれは楽しさから来るような物ではなく、何かを諦めそれを受け入れてしまったような、そんな空虚な微笑み。
「祖父に諭されてなお、私は求めてしまったんだろうな、同じ道を見て、同じ目標を目指す同士を」
「……それが、部を作った理由?」
「失望したかい?」
自嘲気味な零の問いに、英太は慌ててそれを否定する。
驚きこそしたが、零に対して失望などするはずもない。
それを分かってくれたのか、それともどちらでも構わないと思っているのか。
零はそれ以上そのことについて深く聞いてくる事はしなかった。
「だが結局、部に残ったのは川池君ただ一人だった……私は結局、自分の価値観を周りに押し付けてしまっただけだったのかもしれない」
その時、寂し気な笑みを浮かべながら零の瞳が儚げに揺れているように見えたのは気のせいだろうか?
今まで零のことをどこか特別な存在だと思っていた。
憧れながらも、神様のような自分とは違う遙か上の何かに。
しかし今、英太の目の前にいる小早川零はそのような大きな存在などではなく。
他の人と何も変わらない、ただ一人の女の子だった。
その後、店内のゲームをいくつか周ってから二人はゲームセンターを出た。
「英太君。今日は付き合ってくれて、ありがとう。おかげで楽しかったよ」
「いえいえ、むしろ俺の方こそすっげぇ楽しかったッス」
空はあかね色に変わり始めた頃合いで、そのうら寂しい光景はまるで今日の終わりを惜しんでいるようだった。
「そういえば、川池君から聞いたのだが、どうだい、特訓の方は?」
不意に来たその話題に、美海と零の二人が連絡を取り合っているとは知らなかった栄太は、思わず目を点にする。
「最近顔を出してはいないとは言え、仮にも私は部長だからね部の近況報告くらいは受けているさ。もっとも最近、川池君から聞くのは君の話ばかりだがね」
思いもよらなかった話になんだかこそばゆい気分になる栄太だったが、それはその次に続いた零の言葉ですぐに引っ込むことになる。
「まぁ、その九割がたは悪口なわけだが」
……ええ、分かっていましたとも。どうせそんなこったろうと思っていましよ。と栄太はさっきまでの気分とは一転して盛大にいじけることになった。
「まぁそう腐ってやるな。君も知っているだろう、彼女は素直じゃないのだ」
そんなことは零に言われなくても栄太だってうすうすわかってはいる。ただそれはそれとしてあんまりじゃないかと思わなくもない。
「それでどうだい? 私に勝つことは出来そうなのかい?」
「もちろん! って言いたいところっすけど正直まだまだ」
不意に投げられたその問いに、英太はそんなぼんやりとした返事を返した。
最初対戦してボコボコにされたときは何が何だか分からなかったが、にわか仕込みながらもゲームの知識と技術を身に着けた今は、あの時よりも零との力の差も自覚できるようになった。
その上、最初のゲームセンターで八十人切りをして見せたあの圧倒的なプレイングを見た後に、勝てると断言できるほど能天気にはなれなかった。
「そうか……それは少し残念だな」
何気ないその一言が、なんだか酷く寂しげに聞こえた気がしたのは。
あたりを照らす夕焼けのせいだろうか?
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